■第11話 ”そう ”確信する点
イツキとふたり放課後の教室で顔を突き合わせて第2話を読み耽り、夢見心地
のままうっとりした面持ちで自宅へ向け自転車のペダルを漕いでいたミコト。
真っ赤な夕陽に照らされたミコトの自転車に跨るシルエットが、乾いたグレー
のアスファルトにしっとりと落ち伸びている。 生ぬるい風にショートボブの
黒髪がやさしくなびく。 じんわり熱を帯びて震えるミコトの胸の内を表す様に
自転車は小さな砂利を弾きながら、やわらかい橙色の帰路をゆっくり穏やかに
進んでいた。
すると、通学路を抜け駅前に差し掛かったあたり、夕方の帰宅ラッシュで少し
渋滞する大通り交差点で信号待ちをする学ランの背中が目に入った。
スっと伸びた背筋、短い黒髪、片手に持ったサブバックから覗く文庫本。
決して存在を過剰に主張するような目立つ背中ではないのに、なんだか夕暮れの
そこに際立って見えて、ミコトはすぐさまそれが誰か見当が付いた。
『ミスギ君~・・・?』 静かに自転車のブレーキを掛けて両足で支えて止まり、
斜め後方から覗き込むように声をかけるとその学ランは小さく驚いて振り返る。
『ぁ、サエジマさん・・・。』
きっちり几帳面に首までボタンを閉めた学ラン、きれいに磨かれた黒色の
ローファー、細縁メガネの奥の切れ長の目がやさしく微笑む。
『今、帰り?』 ミコトへ向けて発せられた声色は物腰やわらかくて耳に
心地よい。
ミスギ ソウスケはミコトのクラスメイトであり、高1でも同じクラスだった。
勉強が出来て責任感があって穏やかで、誰もが納得する ”学級委員タイプ ”。
その分運動の分野はあまり得意では無さそうだったが、なんでも一生懸命に
取り組む姿にソウスケの事を悪く言う人間など一人もいなかった。
そのソウスケの姿に、ふと、高1の当時のことを思い出したミコト。
読書が好きでちょくちょく図書室に通っていたミコトは、放課後には高確率で
ソウスケを見掛けた。 ひと気の無い奥の方の机でひとり静かに本に目を落と
す横顔を何度となく見ていたのだった。
あまりによく見掛けるものだから、ミコトは思わず話し掛けたことがあった。
『いっつもここで本読んでるよね・・・?』
後方から急に話し掛けられて、驚いてビクっとソウスケの体が跳ねた。
誰しも息をひそめる粛然たるその空間に、突然通常ボリュームのソプラノの声が
響き渡り図書室にいた生徒が一斉に目を向ける。 貸出カウンターにいた上級生
の図書委員に嫌味っぽく咳払いまでされ、ミコトは慌てて口許に手を遣って肩を
すくめ、バツが悪そうに眉根をひそめて小さく謝った。
すると、ソウスケは可笑しそうに小さく声を殺してクククと笑う。
『サエジマさんも、いっつも来てるよね?』
その会話を交わして以来たまに見掛けると声を掛け合っていたふたりだったが、
だからといって別段なにがあるという訳でもなかった。
互い ”読書好きのクラスメイト ”という印象なだけだったのだ。
しかし今、ミコトは ”そこ ”に引っ掛かりを覚えていた。
当時交わした会話の内容など勿論覚えてなどいないけれど、ソウスケと話したと
すれば読書に関する話だった気がする。
”活字中毒なんだ ”と言って照れくさそうに笑っていたソウスケを思い出して
いた。 あの頃、ミコトも自分の事を話していたはずで。
(恋愛モノが好き、って・・・
・・・アタシ、もしかしたら話してたかも・・・。)
そう思いはじめたらもう止められなくなっていた。
すべて合致する気がする。
優等生で穏やかでやさしくて、読書好き。 ミコトが本好きというのも知って
いるのがソウスケなのだ。
そして、一番の ”そう ”確信する点、それは。
”三 杉 ”
作者のペンネーム ”three ”
ミスギのミは漢数字の ”三 ”なのだ。
ミコトは思わず自転車から下りて、オレンジ色の夕陽に照らされるソウスケの
横顔をなにも言えずにじっと見つめた。




