■第9話 原稿用紙が入った茶封筒を
数日後。
イツキはいつもより2時間早く家を出て、早朝のまだ静かな住宅街を学校指定
カバンを抱きしめる様に大切にかかえて全速力で走っていた。
そんな早朝に制服に着替えてリビングに下りてきた息子の姿に母親は驚き、
壁に掛かった時計をまじまじと見つめる。 思わず壁から時計をはずし裏面の
乾電池を一旦取り外し再びセットしたりして、時計の針が正確に時を刻んでいる
のか確かめている。
『・・・今日は早く行かなきゃなんねーから。』
母の必要以上に驚き慌てる姿を目に、ボソっと照れくさそうに呟いたイツキ。
すると、『早く言いなさいよ!お弁当間に合わないでしょ。』 今丁度炊飯器の
ボタンを押そうと伸ばしていた指先を方向転換してイツキに突き付けた母。
『購買でパン買うからいい。 ・・・んじゃ、いてきま。』
そう背中で言うと、玄関ドアを乱暴に開け放して飛び出したのだった。
昨夜、第2章の第1話を書き上げたイツキ。
あれからミコトの感想文を何度も何度も読み返していた。
胸に込み上げる ”書きたい欲 ”を全て8Bの丸いペン先に乗せた。
書き終った後もしつこいくらいに推敲を重ね、やっとの事で出来上がったその
一話。
飛び込んだ早朝の2-Bの教室には、当たり前だが誰もいない。
運動系部活の朝練すらまだ行われていないこんな時間に、イツキはひとり満足
気な表情でひっそりと静寂に包まれる教室に足を踏み入れた。
まっすぐミコトの席に進む。 教室の窓から差し込むまだ初々しい朝陽が
イツキの横顔を照らし、踵を擦って歩く足音はやけに反響して響き渡る。
カバンを机上に置いてバックルをカチャリとはずしかぶせ部分をめくる。
その中から慎重にそれを取り出すと、一度両手の平で挟んで掴みまるで拝む
ようにして念を込めた。
(読者サマ・・・ 今回も、どうぞヨロシクたのむ!!)
そして、その原稿用紙が入った茶封筒をミコトの机の奥に注意深く差し込む。
ニヤリ。どこか得意顔で口角をきゅっと上げてほくそ笑んだ。
まるで儀式の様に仰々しくそれを済ませると、そのまま自席に着いてまだまだ
始業までゆうに1時間半はある、そのなにもする事がない余った時間をどうし
ようか考えた。 次第に緊張感がほぐれてゆくと、早起きしすぎた為に急激に
睡魔に襲われイツキは思い切り机に突っ伏す。
『あー・・・ ねみぃ。』 時間まで寝て過ごそうと思い目を瞑って一気に
心地良い眠りの世界に堕ちかけ、突然ガバっと体を起こす。
(オレが早く来た日に原稿があるのは・・・ マズいか。)
自分が作者だと勘付かれるような行動は慎まなければならない。
決して知られてはいけない、気付かれる訳にはいかないトップシークレット
なのだ。
すると、何処で時間をつぶそうか悩むイツキ。 部活をやっている人間なら
部室という手もあるが、気怠さを最大限気取っているグループの曲がりなり
にも一員であるイツキには勿論所属しているそれもあるはず無く、早朝のどの
教室も施錠されていて入れそうな所は見当たらない。
気怠く教室を抜け出して、廊下をただ闇雲にウロウロと歩いていた。
ダルい、眠い、やる事がない。 その前に、行く場所が無い。 自宅に一旦
帰るのは激しく面倒くさい、自転車ならまだしも徒歩通学のイツキ。
ベッドで横になれる理想的環境の保健室の前で立ち止まり引き戸に指を掛ける
も当たり前だが開く気配すら無い。
(どーしたモンか・・・。)
すると、イツキの脳裏に ”そこ ”が思い浮かんだ。
それは南棟の階段を上り切った場所。 屋上へと続くその階段の先は普段は
出入禁止となっていて外へは出られない。 よって誰も近寄らない場所に
なっていた。
踵を引き摺りながら南棟へ向かい、階段をダルそうに眠そうに一段ずつ上がる
と屋上への扉が見えた。 ”出入禁止 ”と張り紙がされ、勿論しっかり施錠
されているその重厚な扉。 階下からは死角になっているその階段踊り場の
壁に背をつけ、イツキは腰をおろして座った。 体育座りの体勢で膝を抱え
静かに目を瞑ると、あっという間に眠りに堕ちた。
始業チャイムが遠く廊下向こうで鳴り響いている音に、細く目をしばたかせて
大きく伸びをし、ふと周りを見渡す。
(あれ・・・ ここドコだっけ・・・?)
大きな大きなあくびをしながら寝惚け眼でキョロキョロと辺りを見渡し、
”そこ ”で仮眠していた事を思い出した。
『やっべ!遅刻じゃん・・・。』 大慌てでカバンを引っ掴み教室へと駆けた。




