よくある異世界奴隷事情を現実的に考えてみた
「ねぇ、お兄ちゃん。このラノベ読んでみたんだけどさ」
妹のミサが見せてきたのは大型小説投稿サイト《小説家になってみよう》で累計ランキングに乗っている小説だった。
「異世界奴隷ハーレムで最強パーティを組んでみた」
うん。僕の嫌いなテンプレコテコテ小説の一つだ。なってみようではこんな感じのテンプレ小説がゴロゴロしている。ほとんどの文がコピペなのか疑うような駄作も多いが、中には玉も混じっていたりする。
妹は軽度のラノベ読みで、お金が無いからとこんなサイトに入り浸っている。それでたまに気になった事を僕に聞いてくるのだ。
「この小説がどうかしたのか?」
「うん、えーっとこの部分なんだけどね?」
妹が指さしたのは主人公がヒロインを家族のように扱って、テンプレ通りに惚れられている部分だった。
「なんで惚れたの?」
直球な問いだった。
そこは奴隷系のラノベでは触れてはいけない部分だというのに……。そう思いながら、僕も直球で返す。
「テンプレだからだよ」
「それだけ?」
「それだけだよ」
訝しむ妹に詳しく説明をしていく。
「なあ、妹よ。クラスの中で目立たない普通の男を一人思い浮かべてみてくれ」
うん、と妹は目を閉じて誰かさんを思い浮かべている。
「いいか?お前はクラスの中では爪弾きものだ。パシリにされたり、いじめられたりしている。でもそれはちゃんと理由があってのことだ。お前が犯罪をしたり、お前をいじめる人たちに多大な借金をしていたり。
しかし、その男がお前を助けてくれた。なぜかと理由を聞けば『気分が悪かったから』とかそんな曖昧な理由だ。
さて妹、どう思う?」
「え?普通に気持ち悪いんだけど?」
「つまりはそういうことだよ」
妹は目を開いて首をかしげる。
「よくある奴隷を買ってハーレムを作るテンプレラノベ。その多くは『日本人として奴隷の扱いが気に食わなかった』みたいな理由で優しくしたり反発したりする。
んで、大体の主人公の容姿は凡人」
これで惚れられるわけが無いだろう。酷くて便利なやつと思われ、良くて善い人というだけ。
こんなんで惚れられてたら非モテ男などはこの世からなくなっている。
「だってさ、考えても見てくれよ。
いきなりやってきて、自分を金で買って、よく分からない理由で優しくするんだよ?
奴隷制度が一般的な世界で、だ。優しいとか云々以前に不気味に写るに決まってるだろ」
これが幼少ならまだ刷り込みで理由が付けられる。しかし普通に見たら、一般常識も持たない変な男が自分を金で買うんだ。恐怖を覚えるのが先だろう。
「しかも、だ。いきなり奴隷から解放したりする小説も多い。
僕はこれも信じられないと思うよ。奴隷の扱いが常識として根付いている世界で、いきなり奴隷を解放するんだよ?
奴隷側だって何か裏を疑うさ。なのに、ラノベの多くではそれが無い。
なんで?と聞いて、曖昧な答えが返ってきて、そのままこの人優しい!ついて行こう!
現実的にあると思う?」
「無い、かな?私だったら曖昧な答えだと信じられなくて、裏を疑っちゃうかな」
「つまり、結論として奴隷の子はヒロインだから、テンプレ通り主人公に惚れるんだよ」
ーーーヒロインだから主人公に惚れるのは前提。
ーーーヒロインだからテンプレには逆らえない。
ーーーヒロインだから主人公を盲目的に信じる。
「これがプロや経験者の書いたものだったら違和感をうまくごまかすこともできる。
だけどね、キャラが可愛かったり、面白い展開があったりという点で人気が出た小説だと誰もその部分を気にしないんだ。作者自身もね。
作品が長くなると、違和感を覚えた人は序盤だけ読んで離れてしまう。結果、その作品に肯定的な人だけが感想を書いたりするようになる。
そうなれば、作者は批判されることが無くなって、どんどん設定や展開をテンプレに頼るようになる。それに付いて行くのは軽い気持ちで読んでるライトユーザーだけ。他は惰性で読んでる人ぐらい」
そう言って、手を横に広げる。
「ほーら、駄作の出来上がり」
まあ、こう言うのはどんなテンプレ作品にも言えることなのだけれど。
小説を書く敷居が低いから、玉石混淆になる。そして多くのユーザーは石に慣れているから気にならない。自分の小説に対する価値観がしっかりと出来上がっている人はこのサイトには少ないのだ。
「ま、本当に面白い作品を読みたいなら書籍化作品を探してみて、展開をざっと把握、好みに合うかを確認って順序を経るといいよ。
それがダメだったら検索で適当に掘りあてるしか無いね。それもダメなら、もうラノベ買った方が時間の無駄が少ないよ」
妥協しても良いならば、石の部分には見て見ぬ振りをする。そしたら他のユーザーと同じように読めるだろう。
他には百万字を超えた小説を読むというのもある。それらの作品は、序盤こそイライラすることもあるが、後半になれば作者の文章力が上がったり、作風に慣れたりして楽しめるようになる。
「ま、ぶっちゃけた話、一部の本当に面白い作品以外は殆どコピペばかりだから、雰囲気だけ楽しんどけば良いと思うよ。
累計ランキングも人の目に付いたか付いて無いかの違いでのし上がれた作品が殆どだから。特に150位から下は結構変動しやすいし、当てにならないよ」
僕はそう言って自分のPCに向き直る。そして再び面白そうな小説を探してネットの海をたゆたい出した。
とまあ、こんな感じです。
個人的には奴隷解放運動する作品も苦手です。
力のある人が弱者に力を貸して革命しても説得力を感じないからです。
弱者が結託して奴隷制を排除したり、政権を倒すから市民の人権というものが出来上がるわけです。そこに強くて上位の立場の主人公がそのまま関わっていくのは、テンプレとしてはアリだけど、現実的にはあり得ないなあと。
じゃあ主人公いなくなったらどうすんの?とか
経済や文化が奴隷を必要としない水準まで達していないのに無理矢理奴隷制排除してどうすんの?とか
その辺まで考えてない作品が多いのは残念です。
主人公自身がわざと奴隷の立場になって奴隷解放の運動をするって趣旨の小説とかどこかに転がってませんかね?