合理的だわ
そんなフィリアを見ながら俺はある疑惑について聞いてみた。
「……あの噂、本当なのですか?」
そこでおそるおそる俺がフィリアに問いかける。
メイベルは黙って、俺の話に耳をそばだてる。
俺は緊張したりごくりとつばを飲み込んでから、
「何でも、姫を取り戻すために、昔山一つけし飛ばしたとか。口から岩をも溶かす火を吹くとか、氷付けにしようとすると、その氷を一瞬で打ち砕いて外にでてくるとか、この国の一般人一人が、他の国の人間三百人に相当するとか」
「あー、まぁ、そういう話はあるけれど、違うわよ? 少なくとも私は口から火をふけないし。メイベルはそういう人見た?」
「見た事はないかな。ふざけて魔法で火を口から噴出して、岩に見立てた氷みたいなものを溶かして遊んでいるのは見たけれど」
それを聞きながら俺はほっと安堵の溜息をついた。
「噂の原因はそれか。良かった、現実は違うよな……待てよ、確かあの家……」
先ほどの民家の惨状を思い出して、俺は、話の矛盾に気づく。
全てがただの噂ではないと。と、ここ暫く戻っていなかったフィリアが、
「そういえばまた家が壊れたらしいわね」
「仲が良いのはいいけれどあれは止めて欲しいって奥さんが嘆いてたから。カナタ、どうしたの? 顔が青いよ?」
やはりここの国の人間は恐ろしいと思いつつ、メイベルたちの機嫌を悪くしても仕方がないので俺は、
「メイベル、いや、うん、あれだけの力があるから、クロさんも簡単にた押さえるとか?」
「うーん、師匠が言うには、三人くらいは必要かなって言っていたけれど。そうですよね?」
「あ、うん、そうだね、三人ぐらいいればクロは取り押さえられるんじゃないかな?」
こともなげに告げるフィリアに、俺は呟く。
「一般人に取り押さえられる魔王?」
「世の中広いからそういうこともあるでしょう?」
フィリアが肩をすくめる。
そういう問題でない気がした俺だが、一応クロは自称魔王なので、本当かどうかは分らないと俺はその話を片付ける。
ついでに焼き菓子に手を伸ばして口に含むと、甘くて芳醇な果物の香りがした。
思いの他美味しくて、カナタがパクパク食べていると、メイベルがそれを見て、
「私もクロさんにお菓子の作り方を教わろうかな?」
「メイベルなら大歓迎ですよ、僕も」
「本当ですか! 早速後で教えてくださいね」
「いいですよ、じゃあ今度はチョコレートケーキでも作りましょうか」
それに目を輝かせるメイベル。
その姿は仲の良い兄弟か何かに見えて、俺は何だか胸がちくちくする。
何でだろうと俺が思っているとそこで、フィリアが真剣な雰囲気で話し始めた。
「所で最近この辺で不穏な話を聞いてね。悪い奴らが集まって、国家転覆を狙っているらしい。それで、まずはこの辺を治めている貴族、ミラルダ家を倒そうとしているらしい。と、いうわけで、賞金首がいるからついでに倒して捕まえてらっしゃい、メイベル」
「はい、分りました師匠」
そんなお使いでも頼むような感じで、とんでもない事が要求されて、俺はえっと思ってメイベルとフィリアを見て、
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ、メイベルはその程度の輩に負けないくらい強いもの」
「いえ、ですが……」
「じゃ貴方もお手伝いしてみる?」
挑戦的にフィリアが笑う。
いかにも俺を軽く見ているようなその言動。
いつもならそれには乗らない俺が、その時はどうしてメイベル一人にそんな危険な目にあわせようとするんだという憤りがあったのだと後から俺は思う。
だから即座にフィリアを睨みつけるようにして、
「ええ、お手伝いさせて頂きます」
「そう、精々邪魔をしないようにね?」
「! もちろんですとも」
「ふふ、だそうよ、メイベル、どうする?」
そこでメイベルは俺を不思議そうに見て、すぐに本当に嬉しそうににこりと微笑み、
「カナタの事は私が守るから安心してね?」
「え? あ、はい、そうですね」
そう言われて、自分が守る立場じゃないのかと俺は思うけれど、そういえ攫われそうになっている所をメイベルに助けられたのを今更ながら俺は思い出す。
これでは、守るといわれても仕方がないよなと悲しく俺が思っていると、そこでフィリアが、
「そういえば、帰ってくる時、アールの国の王子が家出したって大騒動になっていたわね」
「そうなんですか師匠」
「うん、お土産に、りんごパイを買ったら、何だか騒がしいから店主に聞いたらその時丁度逃げ出したんだって。確か、その国の第二王子で、確か名前は……カナ、カナ……カナブン王子だったかしら」
俺は、俺は虫か、とか、二文字も合っているのに最後を間違うんだよとか、そもそも文字が一つ増えているだろうとか、突っ込みたい衝動を必死に抑えた。
だがここで叫んだら一間の終わりである。
そもそも俺は第二王子なので、見つけてきた人間には多額の報奨金が出るだろう。
しかもメイベル達は賞金首を捕まえるのを生業としているのである。
それを考えれば、名前を間違われるのは幸運だと思える俺だが、そこでメイベルが、
「カナブン王子? そんな名前でしたっけ」
「そうだったと思う。カナブン王子。でも変な名前だと思わない、メイベル」
それは名前が間違っているからですと俺は言いたかった。
けれど言えないのでぐっとこらえる。と、
「でも虫の名前を王子に普通つけるかな?」
「うーん、何となくおかしい気はするんだけれど、何分、離れた国の事だし、ここまで逃げてこないと思ううけれど」
「そうですよね、師匠よりも足が速いことになりますものね」
「うーん、あの後野党狩りにもちょっと参加してきたから、ぎりぎりここまで逃げてこれるかもしれないけれど……そんな偶然はないでしょうね」
それもそうですねと笑うメイベルとフィリア。
それを聞きながら俺は胸をそっと撫で下ろした。
ばれなくて良かったと思っていると、そこでクロが俺に話を振ってくる。
「カナタ君は僕に何の用だったんだい?」
「あ、いえ、部屋を貸していただければと」
「そうかい? じゃあ、一部屋2ゴールだよ」
「え! そんなに安くて良いのですか?」
「ん? まあ空いているよりは人が住んでいた方が家が傷みにくいし、それに君をメイベルは気に入ったみたいだから、ここに入れてもいいかなって」
「ありがとうございます」
「鍵は後ででいいかな。メイベルはもうすぐに行くようですから」
「行く? 何処へ?」
クロのその話で、何処に行くのかと俺は問いかけてしまうも、メイベルが、
「さっき不穏な輩を倒しに行くって言ったでしょう? ここ周辺で怪しい場所全部しらみつぶしに潰してくれば良いの」
「……え?」
「まったく何度潰してもあの辺に悪い奴らが集まるのよね。ま、一度叩けば二度と逆らってこないから楽だけれど」
「え?」
「……何がそんな不思議なのカナタ」
「ええっと、まずは場所の特定とか、聞き込みとか」
「面倒じゃない。その時間をアジトを潰すのに使った方が合理的だわ」
「合理的……合理的、か?」
「そうよ、20くらいのアジトは、2時間もあれば潰せるし」
「移動時間を全体として一時間と考えて、一つあたり三分で潰すのか?」
「そんなにかからないと思うけれど、大体それくらいかな」
俺はそこで考えるのを止めた。
荷馬車を壊すようなメイベルの力を持ってすれば、そして近所のおじさん達の家が吹き飛ぶような力を持っている住人達がいるのなら、もしかしたならその程度造作のない事なのかもしれないから。
そうなると本格的に俺は足手まといかもしれないが。
メイベルが空になった紅茶のグラスを、クロに渡す。
「じゃあ行きましょう! カナタ」
「え! わかりました」
手を引かれて、そんな狂気のような疑問も、メイベルの手の温かさと柔らかさにかき消されてしまう俺だった。