もっと私を褒め称えなさい!
ウェーブのかかった茶色い長い髪。その瞳は緑色で自信に満ち溢れている。
「久しぶりの我が家だわ! もう、色々面倒ごとに巻き込まれて……」
「師匠、お久しぶりです!」
「おう、我が弟子メイベル! 元気にしてた?」
「はい! 賞金首も何匹も集めて、全部で……」
メイベルが、カイの所持金の数十倍のお金を口にした。
え、あいつらを狩っていくとそんなにお金になるの! と、俺は驚いて、次に資金が尽きる前に自分もお手伝いをするか、その賞金首を倒すために一人で頑張るかと真剣に考える。
何分持ってきた路銀はいずれ底をつくので、どこかでアルバイトか何かをしなければならないと思っていたのだ。
そう真剣に悩みだした俺を見て、そのメイベルの師匠はふーんと意味深に笑って、
「へー、メイベルも彼氏を連れてくる年頃になったか!」
「もう、師匠もクロさんも止めて下さいよ。カナタ、この人が師匠のフィリアさん! 私の憧れの人!」
「ちょっと、メイベル止めて。そう言われると恥ずかしいじゃない」
「いいじゃないですか。大体カナタは、彼氏じゃなくて、うちに居候できないかと思って連れてきたんです」
「あら、そうなの? でもメイベル、カナタ君の顔とか好みじゃない?」
「……師匠、冗談も程ほどにして下さい」
メイベルは間を置いて答えていた。
もしかして脈ありかと俺は微かな期待を覚えたのだが、メイベルの様子からそれはなさそうだ。
まあそうだろうなと俺は思いながら、メイベルの師匠フィリアさんを見る。
胸は大きく、腰はほっそりしていて腕も一般的な女性の太さと同じだ。
しかもこの師匠も美人だしと俺は思っていると、フィリアがそんな俺に気付いて、
「そういえばカナタ君だったかな。さっきから私の顔をじっと見ていて、どうしたの?」
「いえ、メイベルの師匠と言っていたのでもっと……」
「もっと?」
「筋肉隆々の人なのかと。意外に細身でスタイルもいい美女でしたので驚きまして」
「あら、口が上手いのね、貴方。もっと私を褒め称えなさい!」
そう腰に手を当てて悪戯っぽく笑う彼女。
それを見ながらこの人がメイベルの師匠か、と思いながら、やっぱりメイベルよりも凄いのかと思ってしまう。
この見た目はいわゆる偽者なのだ。
彼女が本気を出した瞬間……、待てよ? その瞬間マッチョになって全てのものを破壊しつくすとか?
そう考えて、カナタは真っ青い顔をして、小刻みに震えだした。
それを見たメイベルが、
「大丈夫? カナタ。どうしたの?」
「んん? 大方私が、マッチョか何かになってそこら辺を破壊し始めるのを想像でもしたんでしょう」
俺の想像をぴたりと当てるフィリアに、更に俺は恐怖を覚える。
まさか彼女は心を読む能力でもあるのだろうか。
色々と後ろ暗い事のある俺は、必死に何も考えないようにと自分に言い聞かせていると、マッチョと聞いたメイベルが怒ったようにカナタに顔を近づけて、
「カナタ、それは流石に酷いよ! 師匠は私が羨むくらいのあのスタイルをずっと保っているのよ! 大体そんな怖い事になるわけがないじゃない、常識的に考えて」
すでに常識では考えられないような状況に陥っているのですがと俺が思っているとそこでフィリアが、
「まあまあ、大抵メイベルとか私の力を知ったばかりの人はそう想像するのよね。ま、どこかの国にはそういった筋肉もりもりにする魔法もあるんだけれど……メイベル、そんな風にカナタ君に顔を近づけるのはかわいそうだから、やめてあげなさい?」
フィリアが楽しそうに笑っている。
ちなみに俺はメイベルの可愛い顔がそれこそキスしに迫ってくるのかと思うくらい近づいて、それだけで顔を赤くしていた。
そしてそんな俺に気づいて、
「何で青くなったと思ったら赤くなっているの? カナタは」
「メイベル、そこは聞いちゃかわいそうよ、ね? カナタ君?」
そう言いながらフィリアも俺に話を振ってくる。
綺麗な女性二人にカナタは完全に遊ばれていた。
それが分って悔しいのだが、これ以上抵抗しても同じような結果が目に見えているので、俺は話を逸らす事にした。
「と、所で、その、フィリアさんは一体何者なんですか? メイベルのあの力といい……」
「あれ? メイベル、彼氏に私の話をしていないの?」
「彼氏じゃないんです、カナタは。賞金首に誘拐されていた所を私が助けたんです」
「賞金首、ね。誘拐かー。じゃあ相当良い所のお坊ちゃんなのかな? カナタ君は」
すっとフィリアが目を細めてい抜くような視線を俺は感じる。
自分の正体が、引きづり出されるような感覚を覚えて黙ってしまう俺。
無意識の内に俺はフィリアを睨みつけており、それに更にフィリアは面白そうに瞳を揺らしたのだが、そこでメイベルが、
「カナタ、貴族か何かなの?」
「え、あ、うん……でも色々あって家出を……」
「皆心配していると思うよ? 突然いなくなったら」
「書置きしてきたから大丈夫だよ。それに……自分の力を試してみたいというか、そんな感じで」
「そっか……自分の力、試してみたいものね」
メイベルが何処か優しげな響きで同意する。
そんなメイベルに俺は心惹かれるものを感じるが、そこでフィリアが二人の頭をわしゃわしゃ撫でて、
「頑張ってやってみるといいわ! それがどんな結果であれ貴方達の経験よ!」
「もう師匠、突然するからびっくりしたじゃないですか」
「ふふ、それでカナタ君は私の正体が知りたいんだったわね?」
「はい、あれだけの強さを持つメイベルの師匠はいったい何者なのだろうと」
「ふふふ、私はね、“青き閃光拳”の第25代目継承者“戦慄のフィリア”よ!」
「“青き閃光拳”……まさか伝説の、その拳は一撃で城壁を壊し、二げきで敵城を打ち砕き、三度振るえば全てを終わらせる事が出来るといわれている、あの!」
そんな何処かの少年の読み物のような事を口走るが、けれどそれが現実に実在しているのは有名な話だった。
先の大戦も含めて歴史上の有名な出来事に顔を出し、何処かへとその消息は突然消える、そんな存在である。
まさかそんな人間にこんな場所であうと思っていなかった俺は目を丸くした。
「凄いですね、メイベルはその弟子だし……あの、弟子ってメイベル以外にとっていますか?」
「いや。私が気に入るかどうかと、身体的な才能かな」
「俺も弟子にしてもらえませんか! そんな力、俺も欲しいです!」
「そうなの? じゃあ1トン位の岩を砂粒にして頂戴? 話はそれからよ」
「え?」
俺は、その言葉に冗談かと思った。
けれど、フィリアの様子に、冗談を言っているようには見えなくて、と、そこで、
「ああ、言い忘れていた事があったわ」
「そ、そうですよね流石にそれは……」
「一瞬で砂粒にしないと駄目よ?」
「ハードルが上がった!? 無理です! 本当にそれは無理です!」
「あら、メイベルはやって見せたわよ? ね、メイベル」
「はい、そうですね。でも、カナタ、そんな事も出来ないの?」
「いやいや、無理です、普通に無理。そもそもどうやって一瞬で砂粒にするんですか」
「打ち込んだその一瞬にその周辺を瞬時に何発も拳を打ちつければ出来ますよね師匠?」
「ふふ、まだまだ甘いわねメイベルは。一発打ち込んで少し振動させてやれば一瞬で砂粒の亀裂が入るわよ?」
「く、やはり私はまだ未熟者のようです。この拳も青く光りませんし」
「大丈夫、メイベルには才能があるもの! 私が保証するわ!」
「師匠!」
「メイベル!」
熱き師匠と弟子の抱擁。
多分とても感動的なシーンなんだろうなと俺は、ぼんやりと現実逃避をしながら思う。
そこで、クロが紅茶をお盆に載せて現れたのだった。