番外編-8
さて、見事にデート権を嫌がるクロから奪ったフィリア。
その手腕にある種の感嘆の様な物を覚えていた俺だったりするのは置いておいて。
「まったくそんな所じゃないかなと思っていたのよ」
フィリアがクロに、お茶をついでもらった茶色い木製のカップを貰いながら言う。
それにクロが目を瞬かせて不思議そうにフィリアを見て、
「どうしてですか?」
「だって、クロは私に好意を持っているのは確実だったし。それでもokを出さなかったから、どんな事情がありそうかを幾つか考えていたのよね」
「なるほど」
「それで事情が、今回クロが話してくれたので分かったわけ」
「そうですか……相変わらずフィリアは自信家ですね」
「そうよ、私はこんな性格よ。でも、相手が私をどう思っているのかくらい、私だって様子見はするわ。……こう見えても貴方に対しては憶病なのよ? 私」
そう言って笑うと珍しくクロは驚いた様な顔をして、次に微笑み、
「本当にフィリアには僕は翻弄されっぱなしですね」
「このまま私の物になってくれると嬉しいんだけれどね」
「ちょっとまだ無理ですね」
「……死んだ聖女が私のライバルか。クロも随分と長い片思いをしていたわね」
「そうですね、相手がいないんですからね、ずっと」
「でも相手が死んでいる時のパターンで、対抗手段その1が有効なのはよかっわ。他にもどういう手を使おうか、考えていたから。でもこれからはそれ一筋でどうにかなるわね」
「……お手柔らかにお願いいたします」
クロはもう諦めたらしく、フィリアにそう答えている。
それにフィリアはご機嫌だ。
関係を一歩前進させられたからなのかもしれない。
そうある種の微笑ましさを思って見ていると、俺はメイベルに服を引っ張られる。
「ねえ、カナタは私が死んでしまったらどうする?」
「え?」
「不慮の事故みたいなこう、魔物に殺されたりとか」
「縁起でもないな。……でも、その、大丈夫だと思う。だって、メイベルは俺が守るから」
「……」
「まだ魔法もクロさんほど強くはないけれど、多分これからもっと強くなるから……というかその、それで、えっと……大好きなメイベルくらいは俺が自分の手で守りたいというか……」
素直にメイベルへの気持ちを俺は口にした。
だが口にしてみれば、とても恥ずかしい。
否、そもそも今はメイベルを守れるくらいまで自分が強いかというと自信もないしというか、今すごく恥ずかしい台詞を言ってしまった気がするわけで……。
頭が恥ずかしさで沸騰しそうだ。
本心ではあるけれどこれはこう、口には出さずに内面に火ぅそりとしまっておきたいような物体である。
それを俺は……するとそこでメイベルは真剣な表情で俺の手を握って、
「カナタが私の事を大好きなのは分かったわ」
「う、うん。そうなんだ……」
「だから私ももっと強くなって、カナタを守るね。大好きだから!」
にこりと嬉しそうに笑ってメイベルが俺に言う。
可愛い。
俺の恋人はなんて可愛いんだ。
くらくらしながら俺は、先ほど貰った飲み物を一口。
少しでも頭が冷えれば良いと思っていたのだけれど、そこで、
「……ここまで仲がよいとは思わなかった」
「エリト、何でそんな引いたように……」
「まさか友人の惚気とバカップルぶりを見せつけられるとは思わなかったものでね」
「悪かったな」
「いや、いい。この状況も話せば説得に使えるだろうし」
エリトが何かを算段しているようだった。
しかもちらりとクロとフィリアを見て、珍しくエリトは頬笑み、
「まあ、監視の意味も込めてずっと我々はあの魔王を追い続けていたわけだが……昔の伝承しか知らないのと、あまりにも時間がたちすぎているので、監視し続けていると妙な親近感がわいてきたのも事実だったりする」
「どういう事だ?」
「敵であるはずだけれど、色々と観察をしていると結構いい事もしていてね。だから……そろそろ彼も幸せになってもいいのではと思って見守っている部分もある」
「そう、なのか?」
「そうだったりする。ただ表向きは監視だね。彼の力が何時……たがが外れるか分からないからね」
そう言って、エリトが本心かららしく微笑む。
ようやく目的が果たせたのだろうかと思って俺が見ているとエリトが振り返り、
「それに、本当にカナタに恋人が出来ているのだろうかという疑問もあったから、ここで確認できてよかった。カナタは何も変わっていないようだからね」
「それはちょっとひどいんじゃないのか? 俺だって恋人の一人や二人……」
「そうかそうか。とりあえず洗脳されたりハ二―トラップに引っ掛かったり魔法をかけられたりしたわけではない事も分かったし、僕の役目は終わりだね」
そういえばエリトには魔法攻撃が全く効かないと同時に周囲にも多少影響を与えるはずだった。
それで俺の様子をエリトは見に来たのかもしれなかった。
幾つも理由があって混乱しそうになるが、エリトは俺の味方であるのは確からしい。
そう思いながらサンドイッチに手を伸ばす。
ハムとチーズ、レタスを挟んだ物だったが、素朴なそれがやけに美味しく俺には感じられる。
遠くの方では俺達が住んでいる町と城が見える。
風が心地よく空も青い。
雲が遠くの方で綿菓子の様に浮かんでいて、ゆるやかに流れていくのが見える。
人の声もここではほとんどしない。
「ここ、いい場所だな」
「でしょ、特等席なの。以前ここに定期的に発生する、リスの魔物を倒している時に見つけたの」
「そうなのか……定期的に発生する、魔物?」
今とても不穏な事をメイベルは言った気がして俺は聞き返した。
するとメイベルは首をかしげて、
「ここ有名なんだよ? 花見の席にも出るし」
「……魔物が?」
「うん」
何て事の無い様にメイベルが頷いてそこで、離れた場所で悲鳴の様な物が聞こえたのだった。




