番外編-1
さて、メイベルとその……婚約した俺は、今日も今日とてクロさんのいる時計店に来ていたのだが、
「師匠、次の試練は何ですか!」
「そうね……折角だからそこにいるカナタ君も連れてちょっとピクニックにでも行きましょうか」
「あ、いいですね~、そうしましょう!」
メイベルとその師匠であるフィリアが楽しそうにそんな約束をしている。
もちろん俺とて美人で可愛くて大好きなその……恋人ではあるけれど、この人達がこれだけ嬉しそうな“ピクニック”とはどんな修業なのだろう。
ピクニックとは、俺のイメージではお花畑に布を敷いて、そのうえでサンドイッチを食べたり、紅茶を飲んだりして雑談をする……そんなものである。
だが彼女達の言う“ピクニック”とは、岩山がそびえる場所に向かい次々とそれを素手で破壊するのを競い合い、その時に出来た大量の岩の山というかがれきの上に布を引き、お酒を片手に乾杯し……その破壊の中で生き残った一輪の花にわびとさびを感じとるという……。
俺はそれらの光景がありありと目の前に思い浮かべられたので、俺はそれ以上のの恐怖に心が耐えきれず考えるのを止めた。
代わりにすがるようにメイベルに、
「メイベル、ピクニックは止めよう。恐ろしすぎる」
「え? カナタの国のピクニックって、そんな恐ろしい物なの?」
「あ、いや、えっと……修行の話をしていたんだよね?」
「? 修行にピクニックは無いよ? ピクニックはピクニックだよ。カナタは面白いね」
と、メイベルに笑われてしまった。
どうやら俺の想像するピクニックと同じ……なのかもしれない。
そうおもっていると外から一匹の猫がこの店の前にやってきた。
「にゃ~」
「あ~、今扉を開けるから待ってくれ」
俺がそういいながら扉を開けると仲に猫が入ってくる。
これはここの店の店主のペットである。
ペットな猫である。
このナルと名付けられた猫。
その正体は、ごにょごにょなわけだが、俺が倒したので抱きあげても大人しいし、顎の下を撫ぜてもごろごろ言うし、それはもうにゃーにゃーと……。
これって本当にただの猫だよな? 危険な魔物ではないよな?
そう思ってじっと見つめると、ナルがにゃ~と鳴いた。
何処からどう見てもただの癒し系の猫にしか見えない。
俺が真剣にそれをみているとそこで、
「おや、カナタ君はその猫がお気に入りかな?」
「クロさん。……ナルが猫にしか見えなくて」
「それは猫だからね」
相変わらずにこにこと笑顔でそう告げるクロ。
大昔に“魔王”と呼ばれるだけあって巨大な力を持っているんだなと思いながら、
「俺もまた魔法の訓練を……近ごろの若者用に優しくお願いします」
「ん? 少しきつめでもカナタ君は大丈夫だと思うんだけれどな……」
「この前、キツメにされた時俺はもう無理だと思いました! 無理です!」
師匠になって欲しいと自分から言い出したけれど、クロの要求は俺にとって“的確”過ぎて、本当にぎりぎり勝利できるような……いやよそう、考えるのを止めておこう。
悪夢のような記憶が呼び覚まされそうな気がして俺は別の話をクロに振る。
「先ほど、フィリアさんとメイベルがピクニックに行きたいといっていたのですが……」
「あー、いいですね。今日は天気もいいですし、東の方に“レテ花”の群生が見ごろらしいですよ? 人が多いかもしれませんが……」
そこでメイベルが、はいっと手を上げる。
「人が少ない“レテ花”の群生場所を私は知っています」
「じゃあそこにしようか」
クロがメイベルの言葉にそう答える。
そして何か食べる物を持っていこうという話になり、そこでメイベルの師匠であるフィリアが、
「たこさんウィンナーが欲しいわ」
「分かりました、いっぱい作りますね」
「これからもいっぱい作ってくれると嬉しいわ。むしろ一緒に住んで!」
「うーん、僕はここが心地いいので無理ですね」
にっこり笑って結婚のお断りをするクロ。
フィリアは何時も通り積極的だが、何時も通り振られ、何時も通りに怒ったようにクロの持ってきたお茶を一気に飲み干した。
「おかわり」
「はい」
それにクロはにこにこと嬉しそうにお代りを淹れに行ってしまう。
もうこの二人の関係はよく分からないというか、もう諦めた方が良い気もするのだけれど、フィリアは諦めきれないらしく恨めしそうにクロを見ている。
そしてクロもフィリアの事を気に入っているらしい。
でもくっつかないという良く分からない関係なのだ。
何だかなと思っているとそこでクロが、
「そういえばカナタ君、君が借りてた部屋に君の国から郵便物が昨日届いていたよ」
「え? 城ではなくこの部屋に、ですか?」
「うん、郵便配達人が入れているのを見たから、確かだと思うよ。見てきたらどうだい?」
そう促されて俺は、未だに借りたままのクロの上の部屋に向かう。
玄関口につけられたポスト。
そこを開くと一通の手紙……ピンクの花がらでハートマークの封蝋がされている。
こういう悪趣味な事をするのはあいつだなと思いながら開くとそこに走っていたのは一通の手紙で……俺はそれを読んで凍りついたのだった。




