行き止まりに
その付けた印を追いかけていくと、行き止まりに出てしまう。
「ここより上に行くにはどうしたらいい、メイベル」
「あいつは何処にいるの?」
「この真上かな」
そう俺は白い天井を指差す。
するとメイベルはにやっと笑い、
「だったらこの天井を壊して上の階に行ったほうが早いよね」
「……ここは絵が描かれていないから良いか」
「うん、ついでに以前壊した時に、安価なもので作り直しているからここだと大丈夫なの」
「……誰が壊したんだ?」
「お母様が夫婦喧嘩で」
豪快なお母様だなとメイベルを見ながら思って、俺は自分の母を思い出す。
女性というものは気が強くて過激なのかもしれない、そう、ついでに自分の周りにいた幼馴染の姫を思い出して、理想の女の子はいないんだなと俺は少し悲しくなったのだった。
天井をぶち破り、そのまま下の階からメイベルが跳ね上がる。
もちろん俺の腕を掴んでだ。
ぶち破ると同時に、俺とメイベルは広い場所に出る。
大きさと周りの状態から、舞踏会の開かれるような場所に感じられる。
そして離れた場所で、黒ローブの魔法使いが何やらやっていた。
五つほどの魔力のこもったナイフを地面に突き立てて、それによって生じた円陣に入り込んだ彼の足元から、細かな模様が時折青白く発行しながら見て取れる。
その微細で精密な様子に、それを読み取ったカナタは驚く。
「なるほど、こうしてこうすると……こうなると」
「カナタ、あの魔法が分るの?」
「うん、説明すると長くなるけれど……」
「じゃあいいや。それよりもさくさくあいつを倒して、召喚をやめさせないと」
あっさりとメイベルに説明を省かれた俺は、少しだけ脱力した。
けれどそこでメイベルが俺の肩を軽く叩いて、
「じゃあ行きましょう、カナタ。そしてデートしよう?」
メイベルに甘えるように言われて、そして初デートという響きに憧れて俺の機嫌がすぐに直った。
そして俺とメイベルは走り、けれど、
「少し遅かったな」
そう黒ローブの男が笑う。
同時に彼の使っていた円陣から光と共に黒い何かが噴出すと同時に、その濁流に流された男が弾き飛ばされる。
「うがぁあああ、ごうっ」
壁に叩きつけられて気絶する黒ローブ男。
けれどそちらを気にしている余裕はなかった。
この黒い霧のようなその気体が発する魔力にかなたは冷や汗が浮かぶ。
今まで出会った何かの中で、多分これから現れるそれは一番強い。
メイベルも冷や汗を垂らしてその様子を見守っている。
そこで、その黒い靄のようなものを収束していく。
何て恐ろしいものを飼っていたんですかクロさん、と俺は心の中で毒付きながら、現れるそれを待つ。
やがて、一つのものを形作ると同時にその黒いもやが発散される。
大きな咆哮が聞こえた。
「ぐあぁあああああがぁ」
肉食獣としか思えないような、獣の咆哮。
そこに現れたのは動物園でカナタが見た事のあるトラを大きくしたような魔物だったのだった。
魔物とは。
ようは魔力で作られ、魔法を使う怪物の総称である。
またの名を精霊とも言うが、この魔物と精霊の違いは、人に害をなすかどうかによって分けられているのみである。
そういった魔物も低級から上級まで分けられており、人の歴史の中で幾度となく恐ろしい強さの魔物が現れ、数多の都市や国が崩壊していた。
同時にそれを倒した英雄の話も語り継がれており、その一つに“青き閃光拳”があったりする。
つまりメイベルが習っている拳であるわけだが、
「つまり、私の出番というわけね!」
メイベルが元気良く叫んでいたのだが、それを見た俺が、
「メイベル、本気で自分で突っ込んで行って勝てると思っているのか?」
「……自信はないけれどやるしかないでしょう? こんなのを放ってはおけないわ」
そう叫んだ所で、魔物攻撃がカナタ達に降り注ぐ。
目の前に過ぎった虫を、燃やして消し去るように、魔物の口から炎が吐かれる。
その眩しさと熱さに、俺はぞっとする。
良く見れば床に敷かれた石がどろりと溶け落ちて赤い輝きを発していた。
一体どれほど高温なんだよと俺は不安を覚えながら目の前の魔物を睨みつける。
これを外に出してはいけない。
「……メイベルは時間を稼いでくれないか?」
「カナタに何か考えがあるの?」
「一応無力化する程度に弱まらせる事はできる。それにいざとなれば、クロさんもフィリアさんもいる。だから試すだけで良い」
そう俺は言うも、本気を出さないとこの魔物無力は無理だとカナタ自身感じていた。
そもそもクロが殺さない程度にというが今のカナタでは無力化が精一杯だ。
そこでメイベルが走り出す。
わざとその魔物に近づいて行きながら、その炎を直前で避けて壁際へと走る。
追い詰められたかのように見せ付けながら、すぐさま壁を蹴り別方向に走る。
それを繰り返して、たまに吐き出される炎を拳で振り払う。
あの拳は万能だなと思いつつその魔物が、炎が得意なのだと気づく。
そうであれば、あの炎を封じ込める意味合いも含めて凍らせるような魔法の方がいいだろうと思いつつ、魔法を組み立て始める。
そのままでは単純なものでも、増幅して複雑にくみ上げれば、強くて効果的な魔法が出来上がる。
腕につけた腕輪をさっと両手で触れて魔力を通して、俺の持つ腕輪を全て使って、魔法を組み立てる。
「“魔法陣、結合”」
その言葉と共に、俺の周りに七つほど魔法陣が浮かび、そこから木の根のような模様が俺へと伸び、其々にも、お互いにその木の根のような模様が繋がっていく。
やがてその全てが繋がり、微かな白い燐光を発し始めて、それも俺から特に強い光が閃光のように走る。
言葉を紡いでいき、自身の内にある魔力を制御して、一つの形を作り上げていく。
そうやって俺が魔法を使おうとしている間、メイベルはその魔物を気を引く。
けれどちらりと見るとカナタが展開している魔法に舌を巻く。
それは、先ほどの黒ローブとは比較にならない精緻なものだった。
呼び出すだけなら楽だけれどもそれを如何にかするにはもっと強い力が必要だった、という事かと思いながら、俺に負けずに頑張ろうと思い、メイベルはその魔物に手を加える。
「とりゃあああ」
「ぐごりょにゃあああああああ」
変な鳴き声をあげて、魔物が横に傾く。
けれどそれだけだった。
「お師匠様ならきっと一撃なんだろうな。私はまだまだ未熟ねっと」
メイベルが怒りに任せて打ち出された魔物の前足から放たれた打撃を避ける。
それでも伝説とも言われている“青き閃光拳”を学ぶ弟子として、この程度でやられるようでは困るのだ。
だからメイベルはかけて、魔物の気を引く。
けれどそこで、先ほど吹き飛ばされた黒ローブが目に入る。
あちらに行くのはまずいと、メイベルは別方向に飛んだのだが、
「! どうして私を追わないの!」
魔物が気絶している黒ローブへと顔を向け、そして、
「危ない!」
メイベルはかけてその黒ローブを連れてその場を去ろうとする。
けれどそれは少し遅く、大きくその魔物は口を開けてメイベル達に向かって炎を吐き出そうとしたのだった。
自分が絶体絶命だとメイベルは目を瞑る。
けれど何時まで待ってもその炎はメイベルを襲わない。
メイベルがうっすらと瞳を開くと、目の前で炎が氷付けされていた。
炎に当たれば氷は解けるだろうから、この炎に包み込まれた透き通ったものは、氷以外の何かなのだろう。
そこで俺がメイベルに近づいてくる。
「メイベル、大丈夫だった?」
まさか炎の前に躍り出て庇おうとする……否、連れ出そうとして失敗して炎に巻かれようとするとは俺は予想だにしなかった。
だから心配で近づいて、自分の目でメイベルの様子を見ようと思ったのだ。
そして近づいてメイベルのようを見ると、大した怪我はない。
「良かった、メイベルに炎が迫っていたから」
「うん、私も絶体絶命だと思った。カナタが助けてくれて、凄く嬉しい」
お礼を言われた俺は少し気恥ずかしい。
確かに助けたのは事実だけれど、俺の力を当たり前の行動のように思っている人が多かったから。
そこでメイベルは俺の使った魔法の様子を見る。
確かに徐々に炎の威力は衰え、魔物自体が弱まっているようだが。
「この魔法、どんな魔法なの?」
「この魔法は対象物を捕らえて、徐々に魔力を奪うものなんだ。そしてその魔力は最終的に魔力を結晶化させた石になる。……もっとも人間にかかった時危険だから、周りに人がいなくて対象の魔物が強い場合に限るけれどね」
「でもこんな強い魔物を拘束するなんて……カナタは、凄い魔法使いなんだね」
「面と向かってそう言われると照れるけれど、一応、国では最強って言われてたんだ。魔法の能力だけは」
メイベルに俺は笑う。
けれど持ち前の温厚で真面目な性格のためか、良く貧乏くじを引かされていた。
こういった魔物退治だったり大変な事件だったり。
そして今回の……口から火を吐いたり、山をぶち壊すという恐ろしい化け物姫との……。
けれど実際に会ってみれば、ちょっと、いや、かなり活発なだけで、メイベルは優しい。
物事に対してもあっさりしていて気丈だ。
見た目だってとても可愛らしい美人。
しかもデートの約束をして。
そうそう、俺はメイベルに好きだと言ってしまったんだと今更ながら思い出して顔を赤くした。
そんな俺を見てメイベルが、
「カナタ、どうして顔を赤くしているの?」
「え? いや、その……初デートだから」
「そ、そうなんだ。カナタは結構モテそうなのに」
「……女の子は口が上手い男じゃないとなびいてくれないんだ」
「でもカナタは私がいるから、他は必要ないよね。ちなみに私も初デートなんだよ?」
メイベルも初めてのデートだと聞いて、何だか俺もうれしくなってしまう。
だから、ここに来て良かったと、そして俺がここにきた理由について話そうとした所で……それは起った。
俺が封じたその透明な氷のようなものに亀裂が入る。
みれは半分くらいの大きさになっているけれど、まだ魔力は健在らしく、俺の張ったそれを壊そうとしている。
まさかこれを壊されると思わなかった俺は、ぎょっとしてその魔物を見て、すぐに魔法を使おうと自身の魔道具に触れようとして……。
そこでメイベルが魔物に駆けて行く。
「メイベル!」
「これくらい弱っているなら、私にだってどうにでもなるわ! 行け、私の全力」
メイベルが叫んで、拳を振るう。
その拳に青い輝きが見えて、ああ、これがあの“青き閃光拳”の由来であり、もしかしてようやくメイベルはその業を会得できたのではないかと俺は思う。
そしてその拳が魔物へと放たれて、
「みぎゃあああああ」
トラのような魔物が大きな悲鳴を上げる。
そしてその魔物はみるみると小さく縮んでいって、
「……猫?」
大きな、俺達を見下ろし威嚇したトラのような魔物は、茶色い毛並みの可愛い子猫に変わっていたのだった。




