月が綺麗だね
月が輝く雲ひとつない星空。
「月が綺麗だね、カナタ」
「そうだな。じゃあこのまま、天体観測に行かないか、メイベル」
「うーん、でもお師匠様が折角話をつけてきてくれているんだし、私も準備してきたし」
そう言いながらメイベルが見上げるそのお屋敷はとても大きかった。
カナタが見た限り、普通の家の数十倍もあり柵に囲まれた庭に植えられた木々が黒い影を落として生い茂っている。
何かが紛れ込むには丁度いい。
きっとこの何処かに昼間の奴らが紛れ込んでいるのだろうと思ってそこで、門の前までやってくる。
中から鍵がかけられており、細やかな植物の装飾が施されたその扉には魔法がかけられており、魔法攻撃への耐性が更に強化されている。
さすが貴族の屋敷といった風だが、そこでその扉が左右に開く。
「お待ちしておりました、メイドのマリアです。カナタ様とメイベル様ですね。ご主人がお待ちです」
そう、長い黒いスカートのメイドが一礼して、カナタ達を屋敷へと招きいれ、
「本日は、この屋敷のご主人様達は夫婦揃って旅行中でして、この屋敷には……現当主のお嬢様一人となっております」
「じゃあそのお嬢様にお話を?」
「お嬢様はすでにお休みでして、こちらでおもてなしを、と。時間まではこちらの客室で紅茶とお菓子を用意します」
「ご丁寧にありがとうございます」
「はい、では失礼します」
そうマリアと言うメイドは挨拶をして、俺とメイベルは椅子に座ろうとして、はっとする。
部屋を出て行こうとするマリアに俺は、
「あの、先に宝物庫に案内していただけますか?」
「そうですか、分りました。では紅茶は後ででよろしいですか?」
「はい」
そうして宝物庫に案内してもらいすぐ傍に廊下にガラス窓のある空き室を見つける。
「ここに隠れて様子を見ながら、やつらを待たないか?」
「そうね、そこに隠れていればすぐに飛び出せるし」
隠れる場所も決まると同時に、俺は宝物この厳重な警備にある種の簡単を憶える。
「凄いですねこの魔法道具」
「そうなのカナタ」
「……メイベルは魔法使いじゃなかったか?」
「うーん、でもそこまで得意じゃないから。綺麗な模様だなって」
「いいか、ここが雷の紋章、そして、ここに水と大地の紋章が組み合わさって、触れたものを雷で焼き殺すのです」
「そんな魔法なんだ」
「だから正規の手順であるこの鍵を外さないといけないんだ。壊すのも確かにありだけれど、その魔法が発動すれば終わりだから、その危険を考えるとまずはこの鍵を外さないといけない」
「でもカナタ、この扉、魔力が感じないのだけれど、魔力が通っていなくてもその魔道具は発動するの? 見た感じそういった魔力を感じないのだけれど」
熱を持って話していた俺は、メイベルのその素朴な疑問に不安を覚える。
「……えっと、マリアさん」
「なんでしょうか、カナタ様」
「この宝物この扉は作動しているのですか?」
「ああ、危険ですから、ここ数十年は魔力を通していないとおっしゃっていましたね」
意味がないじゃないかと頭が痛くなる。
そんな俺とメイベルにマリアは、
「別に貴方方に、その泥棒を倒していただかなくてもよろしいですわ」
「……それはどういう意味でしょう」
「そのままですわ。メイベルさんならご存知なのでは?」
そこで俺がメイベルを見ると、メイベルが、
「もしかしてマリアさん、怒っていますか?」
「屋敷の使用人はみな怒っていますわ。お嬢様の気まぐれでこのような事になったのですから。ですが……貴方方の力を見るのもまた面白いかと私は思っていますわ」
そうマリアは笑い、先ほどの客室へとメイベル達を案内したのだった。
紅茶に、出されたクッキーは絶品だった。
さくさくほろほろのクッキーを楽しみつつ、そろそろ時間の30分前だという事でカナタたちは移動する。
暗い部屋に肩を寄せ合って床に座る俺とメイベル。
その部屋で息を潜めてじっとしていると、触れ合った肩から俺はメイベルの体温を感じてカナタはどきりとしてしまう。
そしてそれを意識すれば、メイベルがすぐ傍にいるという事実に、俺は緊張してしまう。
変わった女の子だけれど、天真爛漫なメイベル。
それでいて強くて……ちょっと強引で。
今まで自分の周りにいなかったタイプ。
だから俺は気になって、しかもメイベルは優しい所もあって。
そんな気持ちを抱いているとそこでメイベルが、
「私、カナタと一緒にいるの楽しいかも」
「え! そ、そうなんだ」
「うん。いずれ家に帰るだろうけれど、これからもずっと友達でいてね」
「ああ、うん。そう、だよな……」
確かにそうだけれど、俺は王子なのだ。
平民のメイベルと自由に話せるのはきっと今だけなのだと今更思う。
そしてこうやって自由で居られるのも今だけだ。
そう思うと、何故か胸が締め付けられるような思いに駆られて、俺は首をかしげる。
何故自分がこんな思いを抱いているのかが俺には理解が出来ないのだ。
そこで、メイベルが俺の肩を軽く叩いた。
「あいつ等が来たわ」
その言葉に、俺は頷いて、俺とメイベルはこっそりとやってきたらしい彼らの様子を見ようとして……その内の一人と、顔を出した二人はちょうど目が合ってしまったのだった。