目立たないし
食事を終えて買い物に行くメイベルと俺。
見送りにだされた時に、少しメイベルが周りの様子を伺っていたような気がしたが、すぐに行こうと俺の手を引っ張ってメイベルは走りだした。
今日は服と洗面用具を買おうと思っていたので、まずメイベルに服屋に案内してもらう。
「折角だから、私がカナタににあう服を選んであげるよ」
メイベルが俺の服を選んでくれるらしい。
女の子に服を選んでもらう経験は……服の店員さんと親兄弟くらいの物だった。
そんな俺にもようやく初めて女の子に服を選んでもらえるという人生初の経験!
考えていたらなんだか悲しくなってきた。
だから今の幸せをそっとかみしめようと俺は、思考を切り替えて案内された洋服の店に行く。
紳士服の店はあのクロさんの家から近い場所の商店街の一角にあった。
そこそこ人通りの多い道を歩いていくその先にあり、男性も奥さんらしい人と一緒に買い物に来ている。
様々な一般的な服が置かれていて、この地方の気候に合った服が置かれているようだ。
俺が住んでいた場所はここより寒い地域なので、服の布地が厚い。
なので今来ている服は少し暑いと思っていたので、ここで服を購入しておく方が良かったのかもしれないと思いながら、選んでいく。
目立たない色って何色だろう、やはり灰色みたいな方が良いのかな、そう、人ごみの中に溶けるように平凡な色で迷彩を……などと考えつつ、選んで、
「この服とかどうだろう」
「えー、ちょっと地味じゃないかな。こっちの方がいいと思う」
そこでこげ茶色の服を手に取ったメイベルに、周りのボタンなどの衣装も良いが、
「ああ、確かにいいかも。目立たないし」
「目立たないって……まあ、そんな奇抜な服は選んでいないけれど、もう少し言い方があると思うの」
「でも良く見つけたな、これ。全然気づかなかった」
「でしょう! カナタに似合うものを探しているんだもん」
メイベルに言われて、俺も顔が少し火照る。
俺に似合うものをメイベルが選んでくれている、それで十分幸せだった。
そんなささやかな幸せを感じながら、結局メイベルの選んでくれた服を二着ほど買う。
そしてメイベルには店の外に待っていてもらい下着を買う。
次に雑貨屋に向かったのだが、
「メイベル、何をじっと見ているんだ?」
「ん? 追いかけてきている人がいるから」
「……何処だ?」
もう追っ手が追撃してきたのかと俺が焦って周りを見回すと、サングラスに黒い布を被った見るからに怪しげな男がささっと家の陰に隠れた。
昨日も俺達を見ていた相手と同じ服装だ。
ただ昨日はもう少し離れた場所で俺達を観察しており、店に帰る頃にはいなくなっていた。
もしかしたなら人違いかもと俺は気楽に考えていたが、どうやらターゲットは俺達らしい。
しかも俺は、昨日はもう少し離れていた所で見ていたのに気づいたのに、今日は全然気づかなかった。
メイベルと一緒に服を買えると浮かれ過ぎていたのだろうか。
そう俺は落ち込みながらも先ほどの男のあからさまな様子に、俺はメイベルを見て、
「昨日もいたな。どうする? もしかしたなら俺関係かもしれないが」
「……違うと思う。私の方を見ていたし……それも、ここに来る前のクロさんのお店の時に、初めお師匠様を見ていて、私に目を移したから……多分またお師匠様関係じゃないかな」
「また?」
「そう、伝説の“青き閃光拳”に勝利して、我が流派をーって襲ってくるんだ、色々な人が」
「……そうなのか」
「そうそう、ほらまた」
そういったメイベルが指差す先の曲がり角から、上半身裸の男が飛び出してくる。
「我が名はシーグ! 向かう者てきなしと言われた“波乱拳”の使い手である! “青き閃光拳”等というカビの生えた古臭い力など時代遅れだということを、この私が証明する!」
それを指さしながらメイベルは肩をすくめて俺に、
「こんな感じに」
「そ、そうなんだ……」
そこで突然現れたシーグという男が嘲笑いながらメイベルを見て、
「女子だからと余裕を見せれば痛い目に会うぞ! 私はそんなもので容赦せん!」
それを聞きながら俺はつい、
「いや、流石にするべきだと俺は思うのですが……」
「語るのは言葉ではなく拳のみ! お前は弱いから言葉で私に語りかけようとしているのだ! そう、語るならその拳で語れ!」
と言い出したその拳闘家のような何かに、俺は何だかなーと思っていると、そんな男にメイベルは指をさして宣言した。
「貴方なんて私一人で十分だわ。お師匠様の手を煩わせるまでもない!」
「言ったな! その言葉後悔するなよ! はぁあああああああ」
半裸の男から闘う男の気配がゆらゆらと立ち上る。
気づけば野次馬が周りを取り囲んでおり、俺は何でこんな目立つ事になったんだと悲しく思う。
そしてその男がメイベルに拳を振り下ろそうとして、そこで、
「へぇ、中々強いわね。でも、貴方の拳は遅くて……そして軽すぎる!」
そう叫ぶと同時に、メイベルは駆け出した。
突き出された拳をさっと右に避けて、そのまま無防備な体に入り込み、
「手加減してあげるわよ?」
にこっと笑い、メイベルは拳を突き出してその男を吹き飛ばした。
そのまま男は動かなくなりメイベルが様子を見に行って、
「生きているわね。じゃあ放っておいても平気か」
「いや……医者は?」
「すぐ来ると思うよ? これだけ野次馬が集まっているから」
そういうもんだったかなと思っているとそこで俺はメイベルに手を引かれる。
「何だか戦ったら甘いものが食べたくなっちゃった。美味しいパンケーキのお店があるから、行こう!」
「え? でもさっき様子を伺っていたやつは?」
「まだ追って来ているから後で人気のないところに誘い出して捕まえよう!」
にっこりと笑って何事も無かったかのように、俺の手を取り駆け出すメイベル。
何だかなと思いつつもメイベルならどうにでも出来そうだし、いざとなれば俺だって手を出せばいいと思いながら俺は、誘拐されて以来付けている腕輪にそっと指を触れたのだった。