やけ食いという感じ
まだ温かいパンにバターを乗せると、すぐに蕩ける。
それを一口頬張り俺は、
「このパン美味しいですね」
「ククさんのパンはこの辺でも大人気なんだよ。朝から並んで買って来たんだ」
メイベルが自慢そうに胸を張る。
それを聞きながら確かに美味しそうなパンだなと思いつつ、まずは野菜からだと思ってサラダに俺は口をつける。
「あ、このサラダも美味しいですね、シチューも……あつつ」
「カナタ、大丈夫?」
「ははは、そんなにがっつかなくてもお代わりは幾らでもあるから」
そうクロにも笑われて、俺は顔を赤くする。
がっついているつもりは無いのだ。
ただ、目の前で美味しそうなものが並べられて湯気を立てていれば、味を見たくなってしまうのは人として当然だと思う。
そう思いながら今度はシチューをスプーンで人掬いして、ふーふー息を吹きかけながら冷やして俺は人参と一緒に口に含む。
柔らかく煮られた人参の甘さと、ミルクの優しい口当たり、絶妙な塩加減……何処を取っても完璧だった。
「凄く美味しいです、クロさん」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。やっぱり作ったかいがあるね」
「私もクロさんの料理は美味しいと思います」
「ありがとう、メイベル。それでフィリアは?」
「美味しいから一生私に料理をご馳走してよ、クロ」
「ええ、料理だけなら幾らでも」
にっこりと笑うクロに、フィリアはふんと怒ったようにそっぽを向いてすぐにご飯を凄い勢いで食べ始める。
やけ食いという感じである。
彼氏になりたいらしいのに、何でここで一歩引くんだろうな、不思議な関係だなと俺は人ごとの様に思った。
そこでぺろりと野菜サラダを食べてしまうフィリアを面白そうに見てから、クロが俺に視線を移して、
「カナタ君、居心地はどうだったかな?」
「とても良かったです、ぐっすり眠ってしまいました」
「そうかそれは良かった」
「でも皆さんから比べると僕は軟弱で……」
そう、ちらちらとフィリアとメイベルを見て、先ほどの家が爆発あの家の主人を思い出して、俺は大きく溜息をつく。
と、クロが慰めるように、
「まあまあ、そんなに気を落とさないで、カナタ君」
「でも……」
「そういえばこんな噂があるのは知っているかい? ここに住んでいる人達が強いのはこの場所にある“何か”によって、強くなっていると」
「“何か”ですか」
「そう、それは、この町の中心にある、ムキムキにしてくれるご利益があるムキムキゾ像とか……」
「ええ! そんなものがあるんですか! ぜひ……」
昔からどうやっても筋肉のつかない体質の俺は、ぜひと身を乗り出してクロに聞こうとして、けれどそこで慌てたようにメイベルが俺に、
「だ、だめ、ムキムキは駄目!」
「何でだメイベル、ムキムキは男の浪漫だろう」
「や、やだよ、私はカナタに、筋肉ムキムキスキンヘッドになってほしくないもの!」
「え、いや、ちょっと筋肉をつけたいかなと思っただけで」
「今ので十分だよカナタは」
「うう、メイベルがそういうなら……でも面白そうだから、その像は見てみたいかな、なんて」
メイベルが半眼で俺を見た。
見てぷいっとそっぽを向かれてしまう。
それに俺は、何故かとても焦ってしまうのだが俺自身理由は良く分らない。
ただメイベルにそっぽを向かれるのはいやなのでどうしようと考えていると、そこでクロが先ほどの話を更に続ける。
「それで、ムキムキの像以外にも、そういったものがあるって噂が一杯あるんだけれど、ここを治めているミラルダ家の宝物庫にある宝石が関係しているというのが一番有名だね」
「……あそこ、変な魔法道具が一杯あるからね」
そこでフィリアがポツリと呟くと、それに俺は食いついた。
「魔道具があるんですか!」
「ええ、整理もされていない物置みたいなものだけれど」
「いいですね、行けるんだったら行ってみたいな」
「あれ、カナタは魔法使いなのかしら」
「ええ、一応は」
「そうなの、ふーん」
「な、何ですか?」
「メイベルも一応は魔法使いなのよね」
「え! そういえばそんな話も聞いた気が……。確か、魔力が弱いから何とか。でも少しでも魔法が使えるならそれでいいはず。なんで拳なんか……」
「魔法道具を使わなくてもいざという時に暴れられるようにって」
話が違うぞという意味と、そっちの理由かという意味で、俺は無言でメイベルを見た。
「カナタは、私の気持ちを分かってくれないのね」
「え、いやそれは、そういうわけでは……」
目を泳がせながら無言になる俺。
魔力が弱いからちょっと同情していたのだが、いざという時に暴れられるようにって。
暴れる事前提じゃないか、と俺は思った。
そしてこのメイベルは伝説の……なわけである。
なので暴れたらどうなる事か、そう俺が思うのは当然だろうと思う。
そんな俺にメイベルが怒ったように、
「どうして無言でカナタは私を見るのよ。私だって悩みがあるもの、ふん」
怒ったように再びそっぽを向いてしまうメイベル。
けれど先ほどの暴れられるの下りが気になって俺はおそるおそるメイベルに問いかける。
「いざという時暴れられるようにって……」
「好きでもない奴と、お見合いなんてしたくないの」
それを聞いて俺は納得すると同時に親近感が沸く。
俺だって、良く分からないこの国の怪物のような姫に婿に出されようとしていたんだし。
もっと優しくて可愛くて笑顔が魅力的な……メイベルみたいな女の子が良いと思った。
なので俺は頷き、
「それは、そうだよな」
メイベルが目を見張るように俺を見て、すぐに微笑んだ。
「我侭だって私の事を言わないんだ」
「自分の気持ちにはうそをつけないから……多少の我侭は仕方がないと思う」
それで俺はここまで来ているのだから。
そしてそれを聞いたメイベルが更に嬉しそうに笑って。
そんな俺達をフィリアがにまにま見ていたのも俺は気づかなくて。
そんなこんなで俺達は食事を再び始めたのだった。