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勇者様頑張った!

作者: 水無月

 魔王。

 互いに争い合い協力することを知らなかった魔族を、その隔絶した力で束ね世界に挑んだ魔族の王。

 強力な魔物を操る魔族の軍勢と、何よりもその魔王の力の前に各国の軍隊は敗れ名の知られた剣士や魔法使いは討ち取られていく。

魔族による世界支配のため侵略を重ねる魔王。そんな魔族に征服された人々は塗炭の苦しみを味わうこととなる。

 人々が絶望に目を閉じかけた時――奇跡が起きた。


 光明神の宣託を受け、1人の少年が勇者として立ったのだ。


 教会により見いだされ、人々の懐疑の視線とそして僅かばかりの期待を受け少年は魔王を倒す旅に出る。


 仲間たちとの出会いや別れ。

 人々の助けや裏切り。

 命を落としかねない数々の冒険。

 宿敵との激闘。


 まだ10代の少年であった勇者は、1年に渡る度の中で、血を流しながら歯を食いしばり、頑張って頑張って試練を乗り越えていく。

 そしてついに、魔王が居を構える最果ての魔島に乗り込み魔王を討ち果たした。


 こうして勇者の類稀な頑張りにより魔族の脅威は払われたのだった。

 世界に平和が戻った――




 ――のだが。




 獲物がいなくなれば猟犬は殺される、という言葉には確かに一理ある。

 王より名声を持つ存在など正直な話、邪魔でしかない。

 

 とは言えだ。

 邪魔だからと排除して行けば良いというものでもない。

 そんなことをし続けていれば、やがては臣下に見放されよう。

 何より――


「所詮は下賤な身の上の者。早々に放逐してしまうのが良いというておるのじゃ」


 肥え太った体を震わせ、そう声高に主張するその醜い姿を見せつけられては、同調する気も起きんわい。

 ここに集った大半の者も同感らしい。

 ほれ見よ。奴に賛同しておるのは、魔族侵攻の際、領地にひたすら引きこもっておったモグラのような者ばかりじゃ。

 どいつもこいつもそろいもそろってブクブク太りおって。これではブタじゃな。


「勇者様に向かって何ということを!?」

「卿は、あのような少年にあれだけの重責を押し付け、事が終われば打ち捨てよとおっしゃるのか! この人非人め!」


 ほれ。さっそく反発が出てきおった。

 面と向かって罵倒されてうろたえておるわ。

 じゃが、まあ、心情的には余もこちらと同感じゃな。

 魔王などという脅威に対して、わずか16の少年にその対処を押し付けたのだ。

 いくら光明神によって選ばれた勇者だとはいえ。

 余とて人の子じゃ。そこに何も感じないはずがない。


 とは言え、人情だけで済む話でもないから難しいのう。


「問題はそこではありませぬ。勇者は世界を救ったのですぞ。そんな者を国より放逐してしまえば、我が国の名は地に墜ちることとなります」

「さよう。最悪の場合、それを口実に他国に攻められるやもしれん」

「さらに言えば、光明神教会とて黙ってはおりますまい」

「勇者殿を手放すなど論外でありますぞ」


 その通りなのだ。

 心情の問題の他にも、政治的な問題からも勇者を手放すわけにはいけないのだ。

 魔王を打倒した勇者の名は――教会の大々的な布告もあり――今や世界に知れ渡っている。

 そんな勇者の生まれ故郷であり、魔王討伐の旅から帰還した勇者を迎え入れた我が国はその名による恩恵を大いに受けているのだ。

 我が国、そして余は、勇者を支援したとして国民からの支持が大いに高まっておる。

 巷では余を「賢王」などとも呼んでおるそうで、率直に言ってこれは心地よい気分じゃ。

 実利的にも、他国との外交では優位に立てるし、光明神教会からの協力も優先的に受けることが出来ている。

 国の復興に際しこれがどれだけありがたいことか。

 そしてそれが他国にとってどれだけ忌々しいことか。

 勇者が帰還した後、周辺国はおろか、名しか知らぬような遠国からも特使が連日訪れている。

 色々名目は立てているが、どいつもこいつも本音は勇者への接触だ。

 もしここで勇者を手放せば、あっという間に争奪戦が始まるじゃろう。

 最悪戦争じゃな。

 その切っ掛けが我が国であるなどゾッとする話じゃ。


 であれば反対意見など封殺して、勇者を置いておけば良いではないかと思うじゃろう?

 しかしそう簡単にはいかぬのだ。


「そうは申されるが、勇者の名は日に日に高まっております。こう申し上げてはなんですが……」


 と、最初の放逐意見を述べたブタとは別の勇者確保反対派が言い難そうにこちらを見た。

 ああ分かっておるわい。勇者の名はとっくに余の名など抜き去っておる。

 まあ相手は世界を救った者なのじゃから、対抗してもしかたないわ。

 余は手を横に振り気にするなと仕草で示す。


「……これだけ名が高まってしまいますと、民衆の支持が勇者へと集まってしまいます。もし民衆が勇者に王位を望めば国中がそれを支持しかねません」


 勇者自身はそれを望まんだろうな~と余は思うのじゃが、こういう流れは一個人の想いなど押し流してしまうもの。

 それに勇者にその気がなくとも、別の誰かが担ぎ出す可能性もある。

 そうなれば、余対勇者か。ははは! 勝ち目など端からないのう。


「じゃから、放逐するしかないと言っておる!」

「それが出来んと言うのが分からんのか貴公は!!」

「しかしとどめ置いても叛乱の芽が……」

「邪推に過ぎようぞ! 勇者様に限ってそんなことがあるか!」

「貴殿の考えは甘い!」

「ふん、戦の最中に逃げていた臆病者にそんなことを言われるとはのう」

「な、なんじゃと!! 誰に向かって――」

「おっと、失礼。つい本当のことを」

「きさまー!!」

「ご両人控えられよ!」

「では、勇者様は放逐ではなく穏便に国外に出ていただくということで」

「同じではないか!」

「では暗殺でもいたしますか?」

「そんなことをすれば破滅だ」

「そもそも誰が殺せるというのだ……」



 あ~いかんいかん。会議が紛糾しだしたぞ。

 分かっておったが、結局最後は余が決めねばいかんのじゃな。

 うん。分かっておる。

 こうして臣下を集めて、勇者の処遇について意見を出させたのはあくまで参考にするためじゃ。

 さて、どうするか。


 放逐はダメじゃ。不利益が大きすぎる。

 暗殺など論外。そもそも、数々の魔王の刺客から生き延びた勇者をどうやったら殺せるのじゃ。

 そもそも、余自身も世界を救った勇者には感謝しておる。

 恩を仇で返したくはない。

 国に置いておくのはその名声が危険であるが、同時にその名声は我が国に多大な恩恵をもたらしておる。

 やはり一定の危険を飲んで、とどめ置くしかあるまいな。

 叛乱は怖いがまあ取扱いを間違わねば大丈夫じゃろう。


 そうなると――次の問題は、


「勇者様は頑張った。それにどう報いるかじゃな」




「金でよろしいでしょう」


 大臣の1人の発言に、会議の場は白けた空気が漂っておるわい。

 世界を救った勇者に報いる対価が金か。

 こやつ阿呆か?

 勇者には莫大な金を、もちろん払うつもりじゃ。

 これは我が国だけではなく、他国と共同で用意する――我が国がネコババしないように、各国の大使の前で教会を通じて目録を渡すことになるじゃろう。

 それは報奨の大前提の1つでしかない。

 それ以外をどうするか話しおうているのに。


「ただ金を渡すのではありません。渡し続けるのです」


 ん? どういうことじゃ?


「今後勇者が死ぬまで。なんならその子孫まで、我が国が続く限り毎年一定の金を与え続けます」


 ふむ。一回こっきりではなくずっとか。

 ――良いかもしれんぞこれは。

 渡し続けるということは、裏を返せば勇者に我が国が紐つけるということでもある。


「それに、勇者は貧しい羊飼いの出。莫大な金を得て身を崩すやもしれません。ですが、我が国が支払う金があれば今後もどん底まで落ち切ることはないでしょう」


 財宝を手に入れた貧乏人が豪遊の挙句それを使い切り前よりみじめな生活になる、という昔話もある。

 なるほど、勇者の名を利用する以上落ちぶれられても困るからのう。


 よし! それを採用じゃ!



「辞退いたします」


 なんと!? いきなり断られてしまったぞ。


「王様には、旅に出る際に既に多大なお金をもらいました」


 うむ。確かにその通りだ。

 昔話には、勇者に子どもの小遣いのような金と城の兵士にも及ばぬ装備を与えて送り出す、酷い王の話もある。

 じゃが余は、教会が見出したこの勇者に十分な費用を与えた。

 装備も国一番の鍛冶を召し出し、勇者に合わせた剣や鎧を新しく用意させた。

 後に、王家伝来の魔法剣が必要だと言われた時もこれを授けておる。

 ――まあ与えたつもりだった魔法剣は、後で勇者が返却してくれたおかげで更に箔がついて価値が上がったのじゃが。


「俺は金のために魔王を倒したんじゃないです!」


 うーむ。実に真っ直ぐな目じゃな。

 本音を言えば、各国からの報奨金も辞退したいのじゃろうな。

 だがこちらに関しては既に教会の説得を受け折れている。


 さてどうするかのう――お、閃いたぞ!


「勇者よ。そなた、今後はどうするつもりかな?」

「どう、とはどういうことでしょうか王様」

「何かしたいことはあるかのう?」

「人々のために働きたいです!」


 余の問いに間髪入れず勇者は答えた。

 ふふふ……予想通りの返答だったぞ。


「ならばじゃ。この金をお主は受け取るべきじゃ」

「なぜですか!」

「お主は勇者として類稀な力を持っておる。じゃが、所詮1人の人間じゃ。力だけではどうにも出来ぬことがある」

「……確かにそうです」

「力だけでは救えぬ人々も、時には金の力で救うことも出来よう」

「ですけど、既にもらうことになっている報奨金が」

「使えば金は減る。お主は今後もずっと人々を救い続けるじゃろう。その為にも確実に手に入る資金源はあった方が良い」

「ですが……」


 勇者が迷っておる。

 もうひと押しじゃな。


「勇者よ。我が国の中には、どうしても余では救いきれぬ人々がおる。じゃが、そなたであればそういった人々にも手が届こう。余がお主に与える金は、余に代わりお主がそういった者たちを救うための物――そう考えて、どうか受け取ってくれぬか?」

「――分かりました」


 ――計画通り!!!

 ふふふ……取りあえずひも付きにしてしまえば、その使い道に関しては余は関知せぬ。

 人々のために使うと言うならそれはそれで良いことじゃ。

 今余が言ったことも嘘ではないのだ。


 余は満面の笑みを浮かべ、勇者の肩に手を置いて大きく頷いた。

 これで懸案は無事解決された――




 はずだったのじゃが。

 数日後。

 政務を取っておった余の元に、大臣が勇者について報告に訪れた。

 勇者に各国から送られた報奨金の使い道についての報告だという。


 相当な額じゃったが何に使ったのかのう。


「国内にある教会に、転移装置を設置されました」


 ほう。転移装置か――なるほど勇者の思惑が読めたわ。

 教会では人々のために無償、或いは格安で癒しの奇跡を施してくれる。

 病気などは無理な場合も多いが、怪我であれば神官の格が高ければ大抵は治癒可能じゃ。

 だが、癒しの奇跡を行える神官は決して多くはない。

 医者が見放し一刻を争うケガ人が教会に担ぎ込まれても、運良く神官居るとは限らないのだ。


 それを勇者はなんとかしようとしたのじゃろう。

 転移装置は文字通り、転移を行う魔法装置。

 装置が置いてある場所同士であれば一瞬で移動が可能となる。

 王城にも1つ設置されており、王家の者が大怪我を負った際はこれを使い高位の神官を招くのだ。

 おそらく勇者はそれを見て思い立ったのじゃろうな。

 まあ王城の装置は、そこから不法侵入されぬように厳重に管理されており王族以外はおいそれと使えぬがのう。


「勇者様は受け取った報奨金すべてを使い切り装置を設置したとのことです。流石にすべての教会というわけにはいかなかったようですが」


 あれは高価じゃからのう。

 それになにより維持費が莫大で――ん?

 まて、もしやその維持費は……


「はい。我が国から毎年支払うことになる金で賄うとのことでございます」


 いや、待て。待て待て待て!

 足りぬ。どう計算しても勇者に支払うことになっている額よりも、装置全ての維持費の方が高いではないか。

 不足分はどする気なのじゃ勇者は!?


「なんでも、借りるそうですぞ。既に国内の高利貸しはおろか、話を聞きつけた他国の――」


 早急に費用を計算し不足分の維持費を国庫から支払う手筈をつけろ!!


「ははっ!」


 余の剣幕に押されたのか、大臣は一礼すると走って部屋から出て行った。

 うわ~これはどうするかのう。

 これは勇者が始めた一種の無償事業じゃ。不足分を補うことに関しては、出費の面の問題はともかく、国から金を出しても角は立たん。

 しかし、これでは勇者に金を出しひも付きにする計画は台無しじゃな。

 右から左に維持費に消えておるのじゃ。そこに国から直接支払う維持費も入る。

 まあ最初はともかくあっという間に纏めることになるじゃろうな。名前だけは残るであろうが。

 これでは紐を付けたことにはならん。

 かといって、新たに金を出すのも無意味じゃろうな。同じことの繰り返しになる可能性が高い。なによりみっとも無い。


 はぁ~……何か別の褒美を考えぬといかんな。



 後の話になるのじゃが――

 この事業は勇者が始めたという事実のおかげで、維持費の半分は教会が持ってくれることになった。

 その上、国民の多くがその恩恵に預かることとなり結果としては我が国の利となった。

 引き換えに余の心労が増えたが。




「ここは故事に習うのはいかがでしょうか?」


 再び開いた話し合いにて、家臣の1人がそう提言する。

 故事というと――例えば、勇者に国を譲るとか、姫を与えて養子にするとかその類かのう。


「まさしく」


 そう頷く目の前の中年騎士。

 却下じゃな。


 そう言下に切り捨てると、コヤツめ愕然とした表情を浮かべおったぞ。

 大方英雄譚や勇者伝説でも読み過ぎたのじゃろうポンコツめ。

 そもそも余には跡取がおる。

 こやつが暗愚ならともかく、親の贔屓目があるかもしれぬが後継としてなんら問題はない。

 それを廃嫡して如何に名声があろうとも赤の他人へ王位を譲れば、内乱を誘発するだけではないか。

 そもそも勇者に王が務まるとも思えぬし、本人も断固拒否するじゃろう。


 ――それはそれとして、我が息子が凄い目つきで騎士を見ておるのう。コヤツ終わったな。



 しかし、娘との結婚というのは一考の余地がある案かもしれぬのう……


「身分の問題がありますが?」

「それは大丈夫ではないですかな。何せ世界を救った勇者ですぞ。勇者という身分で十分王族とつり合いは取れましょう」


 まあそこは心配しておらぬ。

 正直に申せば、世間的には勇者の方が王より上に居ておるじゃろうからのう。


「姫に嫁いでいただければ、これまさに勇者を王家に取り込むことと同意。将来的にはそこお子が王位に就けば勇者の名声は王家が引き継ぐことが出来ます」


 その通りじゃな。

 所で、声には出せぬがまた余の息子が視線だけで人を殺せそうな目をしているのう。

 次代の治世は粛清で幕を開けそうじゃ。くわばらくわばら。


「幸い。一度は魔族にさらわれた姫を勇者は救っております。互いに面識もありますし、その時のお礼という意味合いを持たせれば他国も口出しは出来ぬでしょう」


 確かに。

 国内を行幸中だった娘は、魔王の配下である魔将軍の1人にさらわれたことがある。

 勇者が迅速に動いてくれたおかげですぐに救出されたのじゃが――


「陛下?」


 うーん……




「嫌ですわ!!」


 じゃよな~。

 そうなると予想しておったわ。


「あんな粗野な羊飼いに嫁ぐくらいなら、出家しますわ!」


 長い髪を振り乱しながら半狂乱に娘が叫ぶ。

 前々から、娘の勇者に対する言動はあまり好意的ではなかった。

 救出されて城に戻るまで、しばらく旅をすることになったのじゃが、その際の田舎者丸出しな勇者の姿に幻滅したようである。

 まあ娘は粗野粗野言っておるが、実際は純朴な羊飼いの少年だ。

 粗であるが卑ではない。性格も良いし、男の余から見ても可愛げがあり悪くない。

 一緒になり落ち着けば、下手なところに嫁ぐより、先々不幸な結婚になることはないと見ておるのだがな。


「いーやーでーす!!」


 ま、娘がなんといおうと王族の女に生まれた以上この言葉には逆らえぬ。


 ――政略結婚。


「……御父様」


 まあいきなり結婚しろとは言わぬ。

 取りあえず理由を付けておくので、しばらく勇者と一緒に生活をしてみてはどうじゃろうか。


 納得したわけではなかっただろうが、余はここで娘のわがままを聞く気はない。

 取りあえず、救出のお礼だなどと理由をつけ、勇者に与えられた屋敷に娘を送り込むこととした。

 ――勇者も若い。既成事実でも作ってくれればもっけ幸いなんじゃが。




「王女殿下の結婚が成立いたしました」


 早いなおい!

 大臣の報告に思わず叫んでしまったわ。

 しかし送り込んでまだ一週間じゃぞ。

 一度手を出せば勇者のことじゃ。必ず責任を取ろうとすると見なしていたんじゃが、想像以上に手が早かったのう。

 その上結婚とはどういうことじゃ。


「お相手は伯爵家の御子息です」


 ……は?

 なんじゃと??

 伯爵家? いや、勇者ではなく?

 伯爵家といってもたくさんあるんじゃが……もしや!


「その通りでございます。姫の幼馴染であるあの伯爵家の御子息です」


 ――あ~たぶん初恋相手じゃないかとは思っていた。

 うん。じゃがなぜ結婚に。そもそも親である余が関知しておらぬところ何がどうなったのじゃ!?


「結論から申し上げますと、勇者様が動かれましたか」


 どういうことじゃ?


「なんでも、姫が勇者様に対して自分が政略結婚をさせられそうなこと。そして本当に好きな相手――つまり伯爵家御子息がおり、互いに想いあっていることを話したとのことです」


 ああもう先が分かったわ。

 それで義憤に駆られた勇者は、姫を連れだし伯爵家からも息子を連れだしたのじゃな。

 その上、余の承諾なしに結婚を成立させたとなると――教会に直接乗り込んだか。


「ご賢察の通りです。ご存じのとおり、教会は勇者様の頼みであれば決して断りはしません。勇者が立会人となり、教会本部にて法皇の儀式のもと正式にご夫婦となられました」


 ――完全に終わってるではないか。

 世界に名を知られる勇者の立会のもと、光明神教会法皇が認めた結婚だ。

 もはや余がどう喚こうが覆りはしない。

 下手をすれば教会から破門。そうなれば、勇者とは関係なくこの身は破滅じゃな。


「――また、別の手を考えぬといけませぬな」


 人聞きの悪いのう。

 あくまで勇者の頑張りにどう報いるかということを考えての行動じゃぞ。

 はぁ……さてどうしたものか。



 余談ではあるが、伯爵家は余の計らいにより爵位を挙げ侯爵家となる。

 そして遠い先に王国の危機を救うこととなるのであるが、神ならざるこの身には分からぬことである。

 余に分かるのは確実に増える髪の白い物の数だけであった。




「こうなっては、下手に手を打つより王宮にて飼い殺しにするのが一番では?」

「失礼なことを申すではない!!」

「――言葉はともかく、下手な手を打たない方が良いというのは賛成ですぞ」


 何度目であろうなこの会議も。

 実際に試した案以外にも色々と案は出てきたのだが、どうにもどれも決め手に欠けておる。

 結局こういう無難な案落ち着きだしたか。


 腹が立つのは当初から勇者の放逐を訴えていたブタ――もとい我が臣下の一団だ。

 最初の頃は会議のたびに反対意見を述べていたが、最近はニヤニヤと笑いながら会議を傍観しているだけでじゃ。

 おそらく、上手くいかない現状が楽しくてしかたないのじゃろう。


 糞を喰らえ!

 国が倒れる時は絶対にお主らも道連れじゃからな。

 まあそんなつもりは毛頭ないがのう。

 それに今回は大丈夫であろう。


「とは言え、勇者殿を騎士などに取り立てるわけにもいきますまい」

「当然だ。各国はもとより教会も反対するだろうさ」

「となると――」

「王の客、或いは友人などという特別な扱いで王宮にいていただくのがよろしかろう」


 そんなところか。

 じゃが、あの勇者殿が大人しく飼い殺しになっておるかのう――と考えておると、臣下たちも同じことに思い至ったらしい。

 それについて議論を始めおったわ。


「では、王からの頼みという形で魔物退治や魔族の残党討伐にあたっていただくのはどうか?」

「なるほど。勇者としおかしくない行動です。それに我が国としてもありがたい」

「こらなら問題は無さそうですな」


 でもそれって、褒美じゃないよのう?

 まあ勇者は人々に役に立つからと喜びそうじゃが。



 各国や教会への説得と弁明の末、勇者を王宮に招き入れて半年が経った。

 速いものじゃ。

 王宮の招き入れたからといって、勇者の行動を束縛したわけではない。

 勇者は今まで通り自由に行動しておる。

 繰り返すが、余は勇者に感謝しておるのだ。勇者に取って不本意な事は出来れば避けたいからのう。まあ出来ればじゃが。

 今まで通り行動しながらも、時に余の依頼に応じて勇者は魔物退治や魔族の残党討伐に赴き大きく成果を上げた。


 この半年で勇者が上げた成果じゃが――ゴブリンの群れを3つ壊滅。村を襲ったオークたちを2度撃退。カラーウルフの巣を叩き、魔将の1人と配下の名のある魔戦士をまとめて討ち取る。魔物たちに封鎖されていた街道を突破。さらに侯爵家を1つ潰した。


 ……ん? なんぞ、最後がおかしい?

 まあ正確には勇者が潰したわけではないがのう。


 侯爵とはあいつじゃ。勇者の放逐を訴えておったあのブタ。

 あやつめ、王宮に勇者がやってくるとさすがに傍観していられなくなったのか、露骨に排除に動き出しおったのよ。

 まあ魔王との戦いで修羅場をくぐり抜けた勇者殿は、ああ見えて単なるお人よしではない。

 上手く侯爵の妨害や排除工作をあしらっておったのじゃが――教会がそれを嗅ぎつけおった。

 光明神を祭る教会は、世界でもっとも広く信仰されておる宗教じゃ。

 その規模の割には経験な信徒たちが多いのじゃが、こと勇者が絡むとちょっとばかりタガが外れる。

 具体的には頭に「狂」がつく類にの。


 即日、法皇より破門を言い渡された時の侯爵の狼狽ぶりは凄まじかったのう。

 ブタとはああも跳ねるんじゃなと感心したわい。

 教会はその後も追及の手を緩めず、遂には侯爵が我が身かわいさに魔王に取り入ろうとしていた証拠を見つけ出しをった。

 勇者をしつこく排除しようとしたのはこれの発覚を恐れて――というのが教会の主張である。

 こう見えても余は、臣下のことはしっかり見ておる。その目で見る限り、あのブタが魔王に取り入ろうとするほど勇気があるかと言えば――まあ過ぎたことはもう良かろう。

 見ざる、言わざる、聞かざるは長生きのコツじゃぞ。


 教会に破門された領主はあらゆる大義名分を失う。

 領民からは見放され、国も見捨てる。というより、余は見捨てた。

 生かしておく理由もないからのう、他国が介入する前にさっさと潰したわ。

 かない貯め込んで負ったので、軍費を差し引いても収支は黒字じゃ。


 この1件以来、勇者放逐派や勇者確保反対派は完全に黙り込んでしまた。

 まあ無理もなかろう。

 更に、城内において身分をかさに威張り散らしておった馬鹿貴族も、大人しくなりおった。

 勇者は元々羊飼いという低い身分の出じゃ。

 持ち前の正義感もあり、そういう馬鹿貴族は許せんのじゃろう。

 下手に勇者の勘気に触れたくない、とこういうわけじゃない。



 何はともあれ、これで上手く――行けばよかったんじゃがな。



「勇者様のためにもよろしくありません」


 最近報告のたびに表情が消えていく大臣がそう言ってきた。

 で、あろうのう。

 今は勇者の気持ちはともかく、その力をもって貴族たちを抑え込んでいる状態じゃ。

 いずれ反発が限界に達するじゃろう。

 しかも、その正義感は馬鹿貴族以外に発揮されることもある。

 正直に言えば王宮が息苦しい。

 かくいう余もそうじゃ。


「このままでは、今は親勇者派の者まで考えを変えかねませんぞ」


 そうなってしまえば、勇者という存在の外部への優位性に対して内部での危険度があがってしまうのう。

 仕方ない。何か手を打つしかないのだが……もう後打てる手と言えば、


「領地を与えそこに行ってもらうくらいですかな」


 一種の左遷というか隔離というか。

 国から出さんだけで放逐と何が違うんじゃろうな。

 余は世界を救った勇者に感謝しておるのじゃ。それが何故このようなことに――


「陛下はやれることをやられました。ただ、それ以上に勇者様もやれることをやっておられます。影響力が大きい分、勇者様の行動により生まれる歪も大きく、陛下ではそれを繕い切れぬでございます」


 ……はぁ。

 さて、一体どこに行っていただこうかのう。



 数日迷った末に、勇者殿には国境に近い王直轄を分け与えることに決めた。

 余り僻地やさびれた地に送って、他国に妙な勘違いをされてもらっては困る。

 かといって豊かすぎては嫉妬を買うであろう。

 そこそこの土地で、今なお魔族の残党などがおり勇者に治めてもらう名分が立てやすく、勇者の説得もしやすい土地。そんな場所だ。

 ――ついでに他国がよこしまな事を考えても攻めにくい様にという思惑もあるが。


 出発の日、余は勇者の肩を叩きこう言った。


 ――視野を広く持ち、多くを見よ。


 勇者に悪心は欠片もない。

 しかし、現在余はこういう仕打ちをするはめに陥ってしまった。

 もう少し、勇者が広い目で見てくれれば違った結果になったであろうに。


 困っている人を助けるんだと張り切って出発する勇者の背を見ながら、余はそんなことを考えていた。





「勇者様が、租税を全て免除しようとしていると報告が――」


 絶対にやめさせろ!

 勇者殿に政が無理なのは分かっておるから、文官を付けたのではないか。


「はい。ですので、何とか説得し税率を下げることで納得していただいたそうです」


 そう言って宰相は報告書を差し出してきた。

 なんか手が震えておるのう――ああ、無理もないか。

 なんじゃこの税率は。

 早晩他領土からの脱走者が続出するぞ。

 仕方ないので手紙を書くとするか。直々に説得しよう。

 どう説得したものか――軍役に関しては勇者殿は免除じゃからのう。この線は無理じゃ。

 かといって贅沢する気などさらさらないじゃろうし、勇者の名があれば金を使って威厳を演出する必要もないときた。


 ――よし。前と同じ手じゃ。

 えっと……勇者よ、何も税を取るのはその領民を苦しめる己のために取っておるのではない。その集めた税を使い、より良い形で領民たちに還元する。そういう道があるのじゃ。

 視野を広く持て。色々な考え方を知るがよい。


 うむこんな所じゃな。勇者は愚かではない。

 後は自分で学び考えるじゃろうて。




 それから1年が過ぎた。

 あれ以来、勇者は大きな騒動を超すことなく仕事に励んでいるらしい。

 報告によれば、集めた税で道や橋の補修をし――しかも通行料は取らないという――農民には新式の農具を用意し、学ぶ場を設けたり、医者を招聘したり、学者に産物の調査をさせたりしているとか。

 勇者自身、昼は魔物討伐、夜は政治の勉強と励んでおる。

 この動きは周りの領主たちにも影響を与えている。

 領民は基本的にその領主に属する。勝手に余所の領土に移り住むことは出来ない。やれば脱走で罪だ。逃げた先の領主と合意すれば追いかけ連れ戻すこともできる。

 だが、その逃亡先が勇者のもとともなればそれは難しい。

 窮鳥懐に入れば――勇者は逃げてきた領民を見放さないじゃろう。

 となればどうすればいいか。逃げ出さない様にすればよい。

 手は2つ。厳しく監視するか、逃げ成さない様に領民が居つく政を行うかだ。

 結果として、勇者の行っていることを真似る領主が少しずつ増えている。

 余は領主の領内のことには直接口出しできぬので、上手くいくかと心配しながら様子をみておった。

 まあ大半はなかなかうまくいっておらぬようだが、成功例も出てきておる。

 出費だけがかさむかと思われるそれらは、どうやら領地の様々な事の底上げにつながっているようだ。

 真にその結果が出るのはまだまだ先じゃろうが、悪くない傾向かもしれん。



 この1年――いや、魔王を内倒し勇者が帰還してからの日々を思い出す。

 勇者は常に頑張っていた。

 そう、分かっておるのじゃ。

 視野を広く持つべきなのは余の方だと。

 勇者の行いは、結果だけ見ればこの国や余たちに常に利をもたらしてくれた。

 その行いを小さな視点で一喜一憂していたのが余なのである。

 ――抜けた髪や痛む胃は決して小さなことではなかったが。


 もちろん勇者殿はそれを意図していたわけではない。

 あくまで結果論だ。

 勇者殿は常に、真剣に前向きに、人々のために頑張っただけだ。

 そして幸運にもそこに結果がついてくる。いや、だからこそ勇者は勇者なのであろう。


 さて、本来であれば魔王討伐に頑張った勇者様を労い、余や皆がその後を頑張らねばいかんのだ。

 しかし勇者様は未だ頑張っておられる。ならば、より頑張らねばなるまいて。



「陛下、緊急事態です」


 この1年で生気を取り戻していた大臣が、久々に慌てて部屋に飛び込んできた。

 一体なんじゃというのか。


「勇者殿が、国境付近に現れた魔族と魔物を討伐に向かい――そのまま隣国の敵本拠地まで乗り込んでいってしまったとのことです!」



 ―――――――――勇者様。



「勇者様は頑張った。だから今度は余が頑張る!」



 だからお願いじゃ。

 ちょっとだけ、頑張るのを控えてくだされ。


変なテンションで勢いのまま書いた作品。

元考えてたのは勇者視点のもう少しシリアスな数話の話だったのに……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者様も王様も頑張った姿に感動する! そして何より胃が痛くなる報告し続けた大臣/宰相お疲れ様です。 [一言] ブタ侯爵ざまぁ・・・難癖つか濡れ衣着せられたのは少し哀れだったぜ。
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