華のない男〈3〉
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主任の怒りを買わなかったのは幸運だった、
大型スーパーマーケットの裏口で入店申請の確認をしながら、ヨシオは今朝の出来事を思い出していた。
ヨシオは大手警備会社に雇われ、今年で7年目になる。
雇われている、といっても人間の労働者とは異なり自ら求職して現在の職に就いた訳ではなく、殆どのATOMSがそうであるように生産時に既に今の会社で働く事が決まっていた。
要は、労働力として企業が購入したロボットである。
企業にとってすらけして安いとは言えないATOMSたちだが、
特人法が適用されない以上は購入した企業の所有財産として扱われるため給料としては最低限のメンテナンス費を支払えば良いこと、そして疲労という概念が無いため稼働に要するエネルギー補給の時間以外は労働にあてられる事から今や人間を雇うよりも有用であるとする企業も増えており、ヨシオのようなATOMSは年々増加している。
主任、というのはヨシオの上司でありヨシオ以外に11体のATOMSを管理している人間である。
ヨシオ達が派遣される警備先との交渉や彼らへの仕事の割当が主任の仕事だが、ヨシオは主任と個人的な会話をした事は無いし、他のATOMSが彼と会話をするのも殆ど見かけた事も無い。
そんな主任をヨシオはATOMSを嫌う人間であり、今回の審査には嫌な顔をするに違いない、特に仕事場にまで審査官が来るとなれば尚の事だ、と思っていた。
そんなヨシオにとって、今朝の主任の態度は非常に意外なものだった。
自信なさげに肩をすくめた子供の様な女性審査官と、丁寧な態度ではあるものの挨拶をしながらも主任を瞬時に観察した男性審査官、何よりもその二人に付いて来た一際楽しげな背の高い黒髪のATOMSに不快感を露にするかと思われた主任は、子供のように瞳を輝かせてその手を差し出したのだ。
「お会いできて大変光栄です、アトム。握手をして頂いても宜しいですか?」
その後アトムと主任が楽しげに話すのを横から聞いていたが、
主任は子供の頃に20年前のアトムの披露会見を報道で見てから長いことアトムのファンであったらしい。
当時はアトムもまだ少年の容姿をしており、自分と同じ年頃の子供のように見えるアトムがその優れた性能を
披露する様に、自分の世代の子供たちは皆憧れたものだと別人のように熱のこもった声で語っていた。
やはりアトムほどの有名人にもなれば、ロボットに友好的でない人々にすらこれほど愛されるのか。
その後、派遣先であるスーパーマーケットに向かう中ヨシオはそんな驚きと軽い劣等感を感じた。
同乗した車の中では、アトムが嬉しそうに主任と撮影した写真を同僚の二人に見せて反応を楽しんでいた。
「やはり、僕のファンはとても感じが良い方が多い!」