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ネリネの花

作者: 文月

「人は死ぬと、何になると思う?」


 子どものころ、大切な人にそう聞いたことがある。当時私は十四歳で、哲学的な思考を常に抱くのがかっこいいものだと勘違いをしていた。

 問われた彼女は当然困惑して、分からないと苦笑していた。それで私は、「光になる」と得意気に答えたのだ。光になり、人を照らす、と。そうしている間に魂の穢れを祓い安らぎを得て、そして地上に舞い戻る、……生まれ変わるのだと。



 入院しているという知らせを偶然聞いた。夏のある日のことだった。

 まさに寝耳に水で、動揺を抑えきれないままに早々に仕事を切り上げた。教えてもらった病院へと急ぐ。珍しくからりと乾燥した日だったが、気温は変わらず高くそこへ辿り着くころにはシャツはぐっしょりと汗で濡れていた。

 病室へ入るなり、私は少し呆然とした。約十年ぶりに見る彼女は、記憶のそれと見違えるように異なっていた。子どもが大人になった違いもあるが、まとう空気が変わったように感じた。昔のきらきらと輝くそれはどこへ行ったのか、少し淀んでしまっていた。

 どうしたの、おいでよ、そう促す声につられて、ベッドの傍らへ向かった。名の通り、凛として真っ直ぐな声であることには変わりがなかった。

 軽い挨拶を交わす。それから、一瞬の間を置いて彼女は言った。静かな声だった。

「あたし、光になるの」

 憂いをたたえた微笑に、一瞬何も言えなかった。一体なんの話をしているのかとさえ、そう思った。

「光になる? ……どういう意味?」

「あら、忘れちゃったの? 中学生の時、話したじゃない。死んだら何になるのかって。あなたは光になるって言ってたわ」

 記憶を遡る。言われてみれば、確かにそんな気もした。……そう、記憶違いでなければ、まだ中学生だった。いつだったか、そんな話をした。この地へ越すのだと、ついでのように話していたのもぼんやりと思い出す。

 記憶の彼女と違い、目の前の女性はいくらか痩せ細っていた。

「あの話をしたあと、あたしは引っ越したの。それでずっと疎遠だったわね」

 懐かしそうに目を細める女性。長く密度の濃いまつ毛が強調された。

 「本当に、忘れちゃった?」。一拍の沈黙のあと繰り返し聞く彼女に、首を振った。

「今、思い出した」

「なら良かったわ」

 遠い目をして「懐かしいね」とこぼす、彼女。十年以上前だ、そうベッドに腰を下ろしながら返す。と、「時間が経つのって、速いよね。嫌になっちゃう」と再び淡い笑みを浮かべた。

 彼女の自慢だった艶やかで長い黒髪は、ごく短くなっていた。重い病気で、治る見込みはないのだと、そうぽつりとこぼす。諦めたかのような口調で、詳しくは話そうとしなかった。私も聞こうとは到底思えない。

 窓際の彼女の頬に、夕暮れ色の光が差している。今この部屋に入院しているのは彼女ただ一人で、空気が張り詰めているかのように重い静寂に包まれていた。時々、どこか遠くから子どもの明るい笑い声が響いてきた。そういえば、少し離れたところには小学校があった。子どもは元気でいいわねと、彼女は微笑む。

「……無理に、笑う必要はないよ」

 いてもたってもいられなくなって、私はそう語りかける。

 彼女の、口元に浮かべる笑み。それを見たら、胸が締め付けられるようだった。周りを心配させまいと、気丈に振舞おうとしている印象だった。

 目を合わせたら私が泣き出してしまいそうで、視線は合わせられなかった。彼女も同じらしく、視線は感じなかった。

「無理なんか、してないよ」

「だけど、目が笑ってない。暗い顔していても心配させるけど、無理やり笑う姿を見ていても、周りは悲しむよ」

「……うん」

 意地など虚しい。けれど張らずにはいられない。そんなもの、誰もが何度も経験するものだ。彼女も同じ。私だってそうだった。

「……なあ、凛」

「なに、由紀」

「退院できたら、旅行に行こう。国内でもいいし、海外でもいい」

「うん、由紀と行けるなら、素敵ね。……そうねえ、まずは京都に行きたいわ。北海道もいいな。それから、ドイツやイタリアにも行ってみたい」

「それじゃあ、予定立てないとな。時間はかかるけど、いろんなところへ行こう」

「……うん、約束」

 そう言って彼女は笑う。悲しげな微笑だった。


 その時に聞いた声は、わずかに震えていた。



 半年後、夢を見た。

 淡く光り輝く世界だった。色とりどりの花が咲き誇る丘に、女性が一人佇んでいた。花吹雪が舞う中、彼女は確かにそこにいた。

 僅かに顔をふせ、穏やかな風に髪をなびかせ、彼女は美しい花弁に見惚れているようだ。

 ふと、女性は何かに気づいたように視線を上げる。視線の先には誰かがいるようで、すぐに微笑みを浮かべた。それは穏やかで優しいものでありながら、少女のように明るく無邪気な笑顔だった。心の底から、幸せそうなそれ。


 さよなら、そう告げた私に、彼女は言った。「また会う日まで」と。

何年か前に、とある小説掲示板に投稿したお話の続編、のようなものです。


「人は死んだらどうなるのか」を題材にしていたはずなのに、当時の私はなぜか「好きな女の子が引っ越してしまうので悲しい」という話を書いていました。今よりも未熟な頃にそんな話を執筆していて、読み返してて恥ずかしくなりました……。


ここで初めて投稿するお話がこんな内容でいいのか少し悩みましたが、折角書いたんだし……! と、いうことで投稿させていただきました。何か感想を抱いてもらえたなら嬉しいです。

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