柱
師匠、僕はあなたのために、世界を転覆させる。
最初に、世界にとても愛された娘がいた。
そのありあまる恩恵による魔力で、彼女は世界を支えていた。
みなが彼女を讚えた。
あぁ、なんてすばらしい――世界の申し子だと。
しかし、彼女は愛されたあまり、歳を重ねることが出来なかった。
世界による溺愛は、彼女を時代から取り残す。
娘に、孫に先に逝かれる悲しさは彼女を追いつめた。
悲しみに生きる意思を失い、動かなくなった彼女。
彼女のために、世界は考えた。
仲間を作ればいい。
流れ星が四つ降り注ぐ。
それが、柱の始まりだ。
柱はその魔力量で世界を支える。
彼らは何度も代替わりをしてきた。ただ一人、中央の柱を除いて。
中央の柱は、世界から祝福を受けている。
その途方もない魔力はつきることなく、国が栄えて、滅びるのを何度も見守っている。
そんな中、柱が一つ崩れた。欠けた柱を埋めるように、それぞれの柱が支える。
しかし、それは一時しのぎでしかなかった。確実に命が削られていく。
柱は、引き継ぐことができる。だが、引き継がせなかった柱の気持ちも分かるため、みな責めなかった。
魔力あるかぎり、命に終わりはない。
その永遠ともいえる時間を、後継者に引きがせることは、重い楔につなぐということだから。
残った柱が動けなくなるほどに追い詰められ、それでも世界を支えた。
世界の寵愛する彼女は、中央の寝殿から、いや、彼女の寝室からぴくりとも動かない。
生身の間隔を切り離して、世界を支えた。
その姿を見て世界は再び考えた。
また流れ星が降り注ぐ。柱が多数生まれた。
ようやく、バランスが保たれたのだ。
彼女は中央の神殿から出てくることはない。
彼女が動けば、世界のバランスは崩れるのだから。
それが当たり前となったころ、彼女の補佐に弟子希望者が訪れた。
動けない彼女のために、選ばれた子どもだった。
彼女からあふれだす魔力に耐え切れないものが多く、逃げ出すものばかりだった。
何人目かの弟子希望者が彼女のもとに来た。
彼は優秀だった。
彼女の魔力に耐え、動けない彼女のために尽くしていく。
独りという孤独から開放された彼女の魔力量は安定し、他の柱も楽になったそうだ。
彼女はそんな弟子の優しさに、忘れていた人の心が蘇っていく。
彼は、心を凍らせた彼女をそのまま愛した。
心を凍らせてまで、自分を守ろうとした臆病な人が中央の柱をしているだなんて、信じられなかった。
そして、それ以上にそんな不器用さが愛しく思えたのだ。
彼女は愛されて、心を取り戻した。
それを、彼女を寵愛する世界が許すはずがなかった。
世界のバランスが崩れる。世界が柱に重圧をかけるようになったのだ。
その重みに耐え切れず柱が減っていくことに、彼女は責任を感じた。
突然の出来事に、柱は代替わりすることなく、少数となってしまったのだ。
そんな傲慢な世界が、弟子は憎らしかった。
世界だからといって、彼女をどうしてこんなに追い詰める。
とんだ傲慢だ――。
彼は決意する。世界を転覆させると。
神殿を飛び出ていった弟子に、彼女はただ涙を流す。
止めることなんて出来るはずなかった。
私は何でもないただの長生きした、臆病な人間。
臆病で、そのままでいればずっと彼と一緒にいれると思ってた。
こんな私じゃ、愛される資格なんてない、と。
ついていきたかったのに、それすら叶わない。
世界の寵愛が、鎖のように彼女を身動きできなくさせる。
世界は、なぜ柱が必要か。
弟子はその原因から調べていった。
古文書をさかのぼり、あらゆる蔵書を読みあさった。
調べていくうちに、弟子は青年に相応しい年齢になっていた。
漆黒の髪の、美しい人は今日も中央の神殿で世界を支えているのだろう。
指通りのよい髪を束ねると、感謝の光を黒真珠のような瞳に浮かべて微笑む彼女が好きだった。
真っ白な肌を病的だと思った。
彼女は外に出たことがないのだ。
だから、彼女の手を引いて外に出たい。
そして陽の光の下で、困ったように笑う彼女を見たいんだ。
その思いだけが彼を進ませた。
ある日、ほとんど虫に食われた本を見つけた。
劣化した用紙に書かれた古文を解読し、虫食い部分を予測し、一つの結論にたどり着いた。
世界はにはなぜ柱が必要か。それは、文字通り柱が世界を支えているからだった。
世界は、浮島だったのだ。
「もういいんだ。誰も犠牲にならなくていい」
弟子は仲間を集めた。仲間になってくれたのは、柱と縁の深い者ばかりだった。
彼らと一緒に柱の元まで浮遊し、魔法による攻撃で世界を支える魔力の柱を砕いていく。
すぐさま、柱たちは異変に気づいた。もちろん、中央の柱もだ。
「やめて、砕かないで……!」
今までの日常が壊されようとしている、その不安に彼女は震えた。
そんな願いを無視して、弟子は最後の魔力の柱を砕く。
弟子は魔力の柱を断ち切った。
柱の宿命も断ち切った。
大きい島が引力にしたがって落ちる。
その場にいる彼が危ない。
「絶対、あなたを死なせたりしない」
中央の柱は、初めて世界のためではなく、愛する人のために力を放つ。
そんな最古の柱に、残りの柱も続いた。
弟子の仲間になった者の中には柱の親族や、恋人もいたからだ。
大切な人を守りたい一心で魔力を放出した。
各々の大切な人を守るかのように、包み込む魔力が柱の砕けた衝撃から守る。
この白い魔力は師匠のものだと、弟子は微笑んだ。
そして、柱の維持に回されていた膨大な魔力が落下する島を包み、そっと地面へ着いた。
地上に降りた浮島。
柱たちは世界から、解放されたのだ。
たまらず最古の柱は、中央の神殿を駆け出し、彼の元まで魔力をまとって飛んで行く。
彼の姿が遠目に見える。
ただ弟子が無事だったことに、嬉し涙を流した。
加速して、彼の元へたどり着いた。
役目を終えたのだと誇らしげに微笑む弟子に、彼女はとびつく。
「バカっ、バカね……」
弟子は彼女の漆黒の髪をなでた。
師匠を追いかけて、いつの間にか見下ろして頭を撫でられるほどになっていた。
それでも、気持ちはあのころと何ら変わりない。
「ねぇ、あなたの荷物を僕にも分けてよ。あなたと一緒に生きたいんだ」
彼女の黒真珠のような瞳を覗きこんで、告げる。
そう言った弟子に、彼女は怯えた。
大丈夫と伝えるように抱きしめる。
「世界にあなたを独占させたりしない。僕と一緒になってほしい」
彼女は、涙で彼が見えなくなった。
長い長い孤独が終わることを感じたのだ。
二人重ねた唇。彼女の巨大な魔力量か二等分になった。
寿命と魔力量は比例する。
彼女は、永遠から、世界から解放された。
「思い出を作ろう。時間は沢山あるから」
強い光を、手をつないだ彼から感じる。
あぁ、温かい……。
彼女のいつもの困ったような笑顔が、輝いた笑顔になった。
あなたとなら二人、歩める。