**第一話** 奏でる指先、感じる心
「……はぁ」
限界は分かってた。あたし、天羽 夏美は三ヶ月間付き合った彼氏に”別れよう”の五文字を携帯のメールでプレゼントした。
これが、あたしからの最期のプレゼント。
あたしの三ヶ月間が、五文字で終わりを告げた。
――虚しいなぁ……。
心の中でそう呟いて、また溜息を吐く。
あたしの溜息は、どこか虚空へと吸い込まれていった。
親友の彼氏の紹介での付き合ったのが、いけなかったのかもしれない。
やっぱり恋は、自分でするものだから。
元彼こと、水森 健太とは、高一の春から付き合い始めて、現在の高二の初夏まで続いた。
――我ながら、結構続いたと思ってるんだけど。
* * * * *
「高岡の馬鹿野郎ー!」
重たい教材を運びながら、社会科担当の先生に宛てた文句を誰もいない廊下で叫ぶ。
本人の目の前で言ったら、きっと吊るし上げだから、誰もいないこの廊下で愚痴を叫ぶ。
今日は誰にも会いたくなくて、誰とも話したくなくて……携帯の電源は、彼氏……じゃなかった元彼に送ったっきり電源を切っている。
携帯の電源を切っていれば、誰とも会わない。……誰とも話さない。
携帯というただの機械で繋がっている友達は、携帯がなくなってしまえば、離れていってしまう。
携帯という脆い、命綱で成り立っている関係。
――ほんと、虚しいよなぁ……
全てのメモリーを消去しちゃえば、みんなと接点がなくなってしまうんだもん。
一休みするために、第二音楽室前に教材を置き……茜色に染まった空を、窓越しに見つめていた。
――ちゃんと、役に立ってよ? あたしが頑張って運ぶんだから。
教材を足で軽く蹴る。
その行動を咎めるかのように、美しいメロディが第二音楽室から流れてきた。
――音楽の先生が弾いてんの?
興味本位で、そっとドアを開ける。
ドアの音に気付く事無く、演奏は鳴り止まない。
数分間、鳴り止むまであたしはずっと壁に凭れかかって演奏を聴いていた。
「……何」
演奏が止んで数秒たってから、演奏者の少年はあたしに問いかけた。
聴いていたことを咎めるかのように、彼の声は低くて冷たい声だった。
「綺麗な、演奏だなって思ってたの」
こちらを振り返った彼に、目を奪われた。
――……この人、確か……。
吉本 とし。
本当は高校三年のはずなのに、交通事故で出席日数が足りなくて留年した人。
目立つ容姿プラス、留年の男。
「あ、そう。でも、これはあんたに捧げた曲じゃない」
立ち上がって、彼は真っ直ぐにあたしを見た。
漆黒で何を考えているか分からない瞳は、間違いなく……あたしを拒絶していた。