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お仕事

大学生矢神とコンビニに住む神様

作者: 御堂
掲載日:2026/03/06

「矢神よ、これはなんぞ?」

 

 深夜のコンビニのバックヤードで、大学生の矢神は通路に散乱するスナック菓子の段ボールを片付けている。その後ろで、作業着にヘルメットの井で立ちの男が、ポテトチップスの小袋を手に、矢神の背中をチョンチョンとつついている。

 今時の大学生のように、髪型や身だしなみに気を付けている矢神とは対照的に、作業着の男は薄汚い。

 作業着もヘルメットの汚れてはいるのだが、全体的にくすんでいるような不潔感がある。

 早朝シフトに入るパートの主婦には絶対に敬遠されるヤツだ。


「矢神よー」

「ちょっと待てって」


 中途半端な数のスナックを一つにまとめて、段ボールに何が入っているのかを太字のペンで記入する。こうでもしておかないと、また店長が適当に発注をかけてしまうので、矢神は目立つように書いた。

 スナックを整理し終えると、店の自動ドアが開閉する音楽が鳴る。慌ててバックヤードから出ていくと、見知った顔のカップルが、酒とツマミになりそうなものを物色しているところだった。

 この時間帯によく見かけるふたりだ。彼氏のほうと目があうと矢神は小さく頭を下げる。

 半年も深夜にいれば、顔見知りの客も多くなっていた。


「矢神ー、これはなんぞやー」

 バックヤードからついて出てきた作業着が、手にしていたスナックを矢神に見せる。

 手にしていたのは、プロ野球チップスだった。


「それ、おっさんの好きなポテチだよ」

「それはそうだが、なんか付いておる。これはなんぞ?」

「あー…その銀色のふくろに野球選手のカードが入ってて…」


 小声でレジ回りの清掃をするふりをしながら、薄汚いおっさんの持ってきたポテチをカウンターの後ろに置いて、質問に答える。このままでは宙に浮いたポテチの怪異だ。

 わかったような分かってないような顔で、じッとカウンターの後ろに置かれた袋を見ているおっさんは、わからないなりに楽しそうにみえる。

 レジにカゴを持ってきた若いカップルが、矢神を見て少し笑っている。

 しゃべってるのを見られたんだろう。

 会計が終わって袋を手渡すと、カップルの女の方が会計の終わった缶コーヒーを矢神に差し出した。


「お兄さん、深夜バイトもほどほどにね?」

「…あ、あざっす」

「あたしらさー、この時間にこのコンビニよく来てるけどさ、お兄さんくらいだよ?半年も続いてんの」

「はぁ…」

「俺ら、賭けしてたんだ。お兄ちゃんがすぐ辞めるかどうかで」


 思わぬことを言われ、矢神は二人の顔を交互にみる。二人とも笑っていた。


「だってさ?ここって変な噂が多いコンビニでしょ?そこに深夜一人で配置された子たち、みんなすぐ辞めてったもん」

「でもお兄ちゃん楽しそうにバイトしてんね?」

「ねー?で、今、誰としゃべってたの??」


 彼女の問いに矢神は、思わず隣を見た。

 薄汚い作業着の男はやっぱりプロ野球チップスの袋を眺めている。

 でもカップルには見えていないようだった。

 矢神の動作に彼氏が顔を輝かせる。


「え、なに?もしかしてソコになんかいんの??」

「…はぁ、まぁ…」

「なに?幽霊?男?女??」


 盛り上がり始めるカップルが、矢神の前で会計済のチューハイの缶をあける。

 客はその二人しかいない。居座るつもりのようだった。

 カシッとあけられたチューハイ缶の爽快な音に、男が顔を上げる。


「お主ら、何を飲んでおる?」


 当然聞こえるはずもない男女のカップルは、矢神を見ながら話せとせっついてくる。


「そこの神社の神様っていう…おっさんが、いるっすね」

「神様?」

「おっさんなの?」

「ふたりの飲んでるチューハイが気になってるようで…」


 彼女がこれまた会計の済んだアタリメを開封する。干されたイカの匂いがレジに漂う。

 レジをカウンターにしてふたりは矢神にもジュースを持たせると、乾杯と飲み物をぶつけ合う。

 矢神は、現在進行形で作業着のおっさんがプロ野球チップスに興味があることを告げる。

 彼氏が大爆笑しながらその分の金を払い、作業着の神のためにその袋を開けてあげていた。


「おお、ありがたや!よい匂いじゃ。酒の肴にもよいのうぅ」


 もらったチューハイ缶とチップス、そしてアタリメの匂いと感触を確かめるおっさん神。

 矢神の実況に、カップルは大はしゃぎだった。


 ひとしきり飲んで笑って騒いだカップルは、上機嫌で帰っていく。


「あざッしたー」


 時計を見ると深夜二時。


「おっさん、気がすんだらそれ捨てるから」

「なぜじゃ!?」

「なんでって、おっさん持って帰れないじゃん…」

「…この大谷という選手のカードとやらは…捨てないで欲しいのう」

「賽銭箱とかに入れとけばいい?」


 おっさん神は激レアカードをひいていた。

 神だけに神引きしている。

 宮司か禰宜が売り払えば、粗末なあの神社も多少は綺麗にしてくれるかもしれない。


 おっさん神は店内を楽しそうに徘徊している。

 毎日というか、一日中コンビニにいるくせに、おっさんはいつも楽しそうだ。

 賞味期限が切れた弁当やスイーツを廃棄ゴミの袋に入れながら、矢神は高校の頃に聞いていたこのコンビニの噂話を思い出す。


 自動ドアが誰もいないのに開閉する、棚から商品が頻繁に落ちる、冷蔵ドリンクコーナーの向こうから視線を感じる、トイレの水洗が勝手に流れる、レジに作業着のおじさんが入り込んでいる。

 などなど、だ。

 蓋を開けてみれば、おっさんが物珍しさからうっかりやらかしたことの数々だったわけだが。

 まぁ、憎めない。

 これはなんぞ?  

 と不思議そうに尋ねられれば、興味津々に目を輝かせる…薄汚い作業着のおっさんに教えてやりたくもなる。

 矢神は決してやる気のあるバイト学生ではないが、まぁまぁ、このバイト生活とおっさんとの交流を気に入っていた。


 矢神がバイトにはいったおかげ(?)で、コンビニの怪異はなくなった。

 おっさん神に、自動ドアに接近するな、物をさわるな、冷蔵ケースに入るな、などを徹底して教え込んだからだ。

 しかし、最近。

 別の意味でこのコンビニの様子が変化してきている。

 深夜帯に来る客が増えたのだ。


「SNSで見たんですけどー」


 から始まる質問がやたら多い。


「ここのコンビニって、神様がいるんですか」

「一番くじ、ここのコンビニが当たりやすいって聞いてきました」

「これってホントなの、彼女できましたってやつ」

「受験合格とかはしてくれないんですか」


 深夜帯に増え続ける客たち。

 地方都市のコンビニでは見ないような人数の客が押し掛けてくる。

 日に日に増える客に矢神一人では当然対応は不可能なので、店長もシフトに入り始めた。

 やっぱりというか、ここまで噂が広がったのはあのカップルのSNS投稿だった。


「ごめんねー!酔った勢いでやっちゃった」

 

 苦笑いする彼女と一緒に、彼氏もやってきて頭をさげる。

 深夜出勤が増えた店長が、やつれた顔でふたりを事務所につれて行きこっそり乾杯していた。

 売上が伸びたことのお祝いだそうだ。


 深夜帯の売上が伸びる中で、おっさん神は相変わらず楽しそうに出入りする客を眺め、新商品に目を輝かせ、たまにあのカップルや、おっさん神を信じる客からの供物ポテチを美味そうに食うなどをしている。


「矢神よー、この果物はなんぞや?」


 おっさん神は今夜も、新作のイチゴ味のチョコに興味があるらしい。

 こころなしか、おっさんの作業着が綺麗になっている。

 薄汚れた感じもなくなりつつあり、ほんの少しだけ清潔感が出てきていた。


「矢神や、このマンゴーとはどんな味ぞな?」

「…店長、このマンゴーグミとイチゴポッキー、お供えしていいっすか」

 

 矢神の言葉に事務所の奥から「どーぞー!」と店長が叫ぶ。

 近頃できたお供えシステム(店の経費で落とす)をいち早く理解したおっさん神は、カウンターの横で幸せそうに、開封されたお菓子を眺めている。

 店の入り口の開閉音が鳴る。


「いらっしゃっせー」


 矢神のだるそうな声が、深夜の客を出迎えた。

 少しだけ自給の上がった矢神は、今夜もおっさん神と一緒にバイトに励むのであった。




おわり

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