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入学式早々悪癖が暴走してしまい、マジでお縄になり掛けた。
今振り返っても、訴えらなかったのが奇跡だったと思う事件だ。
結果的に訴えられることはなかったし、むしろ最終的に、相手の女の子には感謝された。
しかし。
その事件こそ、僕が‘’おっぱい王子‘’と言われるようになってしまった原因だ。
あの時暴走しなければ……
そう悔やんでも、仕方ない。
人命救助優先だ。
仕方なかったのだ。
……納得は、未だ出来ていないけど。
僕が通っている高校は、生徒数が多いためか、入学式に新入生用の椅子が用意されなかった。
座っているのは、来賓者と校長のみ。
当然生徒は、式の最中ずっと立ちっぱなしになる。
春の陽気に眠りそうになるのを防ぐのには、良いかもしれない。
ウトウトとそんなことを考えていたら、隣にいた子が突然、倒れた。
いや、倒れかけた。
咄嗟に反射的に伸びた僕の手によって、彼女は倒れずに済んだ。
代わりに反動で、僕が尻餅をつく羽目になってしまったが。
肉体を特別鍛えている訳ではないが、女性を支えきれなかった事実に、少なからずショックを受けた。
今思うと、その時その瞬間はキチンとやってのけていたと思っていたが、その精神的な衝撃がなければ、もっと冷静に行動出来ていたのかもしれない。
その女生徒は貧血を起こしたのか、青白い顔で意識も混濁しているように見えた。
頬を軽く叩いても、呼び掛けても何の返事も無かった。
周りの生徒に指示して場所を開けてもらい、自分の上着を脱ぎ床に敷き、そこに女生徒を寝かせた。
僕の自宅は、会社の設備が併設されている。
そのため避難訓練、消防訓練。
併せてAEDの使用方法を含めた応急処置やその際の心構えの講習も、家族から何度か受けていた。
なので焦ることなく、意識確認から彼女の症状確認から、特別慌てふためくこともなく行えた。
いや、マジで県や市で行われるような訓練に、一回は参加しておいた方が良いよ。
してるかしてないかで、動けるかどうか全然変わるし。
……その時だ。
どうしても気になったことがあったので、咄嗟に動いてしまったのだ。
いけない右手が、無意識に。
周囲の人がざわついたせいで、入学式は一時中断された。
倒れた女生徒と、状況説明のために介抱した僕、それと養護教諭の三人が退場した後、再開されたようだけどね。
酔っ払って潰れた姉の介抱で、意識のない女性一人抱えて移動するのなんて、慣れっ子だ。
朝飯前だ。
その時俵担ぎは屈辱的だと教わったので、ごく自然に、いわゆるお姫様抱っこをした。
スカートの中身が見えてはいけないので、下半身は僕の上着で隠して。
不慣れな校舎の案内を養護教諭にして貰い、頭は打っていないか、何か気になることが倒れる前に無かったか。
あとは、せっかくの晴れの日に災難だったわね。
そんな言葉のやり取りをしながら、辿り着いた保健室のベッドに、未だ意識の戻らない女生徒を寝かせた。
そして彼女の症状を改めて診ようとした先生に、ツッコミを喰らった。
『……彼女の下着に、なんかした?』
一瞬、素で何のことか分からなかった。
だけど思い返してみれば、そう言えば右手が動いた気がするなぁと思い至った。
そして
『サイズ合ってなくて、息苦しそうだったので外しました』
と素直に答えた。
主語は答えなかったが、当然、ブラジャーのことである。
人命救助だ。
仕方ないじゃないか。
呼吸が辛そうな時に、アンダーサイズが合っていない下着を着け続けるのは危険だ。
胸部が圧迫されるので、胃腸の位置が下がり消化不良を起こすし、当然吐き気を催す。
自律神経が乱れやすくなり、目眩や頭痛なんかも起こす。
胸部圧迫状態ということはつまり、肺が一定以上膨らまないと同意だ。
呼吸が浅くなり、横隔膜の動きが制限され、息苦しさを感じる。
良いことなんて、一つもない。
もしかしたら、そのせいで倒れたのかもしれないし。
『一度全部脱がせたの?』
有り得ない問いに、そんなバカなと笑ってている間に、彼女が目を覚ました。
そして……今思い返してみれば非常に浅慮なことに、それこそ有り得ない言葉を吐いてしまった。
『ブラジャーのサイズ、アンダーもトップも合ってないから変えた方が良いですよ。
なんなら、僕が測りますが』
……と、いらん親切心が、口からポロリしてしまった。
あの時の、彼女の顔。
……ゴキブリでも見るかのような目だったな。
入学式と言う晴れの舞台に、僕も気持ちが浮ついてしまったのだろう。
普段なら、流石にもう少しオブラートに包んだ言い方をするのに。
危うく入学早々、セクハラによる退学処分を受けるところだった。
ヘタをすれば、相手の許可なく下着を脱がしかけたのだ。
不同意わいせつ罪に問われていたかもしれない。
直後に保健室へと入ってきた、入学式に来ていた母さんが仕事モードに入って押し売りを始め、実際危なかったのだと養護教諭がフォローしてくれたおかげで、なんとかそうならずに済んだけど。
その仕事モードに突入した母さんの勧めで押し切られ、迎えにきた彼女の母親や中学からの友人の目の前で採寸、フィッティング、カウンセリングまで一通りすることとなった。
……なぜ母さんは、商売道具を持ち歩いていたのだろう。
不思議だ。
そして次の日には
『なんだかブラジャーのことに詳しい、王子のようなこと=お姫様抱っこをする新入生がいるぞ』
と噂され、どこからどう変化して広まったのか
『おっぱいを大きくしてくれる新入生がいるらしい』
になり、いつの間にやら
『おっぱい王子』
が僕の通称になってしまっていた。
サイズの合っていない、その上、脇から背中から寄せて上げていなかった肉をカップに納めたら、サイズ・アップするのなんて、当然だろうに。
だが、その僕にとって“当然”だと思っていることが、当たり前にできない女性が、世の中には多い。
学生のうちは成長途中にあるし、サイズもどんどん変わる。
気恥ずかしさから、インティメイト・アドバイザーに採寸してもらったことのない人も多いだろう。
そして思春期故か、親姉妹のような身内にすら相談するということもないらしい。
ウチは、特殊なんだな。
女性向けの雑誌なんかで、性行為の特集をすることは多々とあるのに、下着の着用方法や適切サイズの測り方の特集はされないのだろうか。
それこそ思春期故に、ちょっと現実離れしたそっち方面の話には興味を持ち、情報収集に余念を持たないが、身近すぎる下着事情の情報収集はしないということなのだろうか?
……それは、まぁ、うん。
身に覚えがあり過ぎるから、女子だけを責めることは出来ないな!
ベッドや枕の下なんて分かりやすすぎる所には置いていないにしても、大人の知識の情報収集用の本やら雑誌やら、いくつかは所持しているし。
いくらEDとはいえ、興味はあるのだから仕方ない。
広告に邪魔されないから、僕は断然紙媒体派だ。
聞いてないって?
そりゃ失礼。




