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僕が幼い頃は、母さんも商品のモデルをやっていたそうだ。
なにせ父さんがデザインするのは、あくまで母さんに着せたいもの、だからね。
だけど場合によっては、複数人で一枚の写真に収まる必要がある。
そんな時は、母さんの元同業者が下着を着ることもあった。
それはつまり、当時アイドルだった人たち、ということだ。
見目麗しい、俳優業やモデルをしている、下着だけを身にまとった半裸の女性が家の中を闊歩し、時にはトップレスで談笑をしている。
そんな家で、僕は育った。
教育上、絶対よろしくない。
羨ましいと思うな。
それが当然の中で育ってしまうと、お年頃になった時に、周りから浮きまくるのだ。
学校で「兄が持っていた御本を失敬してきた」と、悪巧みをしている下卑た目で誘われたことが過去にあった。
放課後女子のいない教室で、友達連中でコッソリそのお宝を囲んで見たが……何の感慨も、沸かなかった。
水着を着た幼さの残る顔立ちの同年代の子を指差し、どの子が興奮するか? 好みか? と問われても、困るのだ。
だって生まれた時の姿、まんまの美女を見慣れてしまっているから。
それに恋をしたことの無い……うん、無い? 僕には、恋愛対象に抱く好きという感情が、分からなかった。
美しさと言うのは、見慣れてしまう。
この表現だと、誤解を招いてしまうか。
目が慣れてしまい、美しい人が標準になってしまうために、ちょっと可愛い・綺麗程度じゃ、普通だと感じてしまうのだ。
女性は皆、もれなく魅力的だと思う。
しかし比較対象があると、どうしてもあの人の方が美しかったな、と思わずにはいられない。
大変申し訳ないが。
今更クラスの中で、学校の中で二番目に可愛い、などと言う売り文句で芸能活動をしている程度の顔にはときめかないし、特別可愛いとも思えない。
なんというか、「うん、普通…? 少なくとも、僕好みではないかな?」と言う曖昧な返事をすることになる。
当然、滅茶苦茶盛り下がる。
さっきまで鼻の穴を広げ人中を伸ばしてサルみたいな顔をしていた同級生の、あのさざ波のように急速に引いていく、冷たい眼差し!
非常に心苦しい。
だがそういう子が水着を着ていても、心を動かされることがない。
それ以上に露出された肌を見慣れてしまっているから。
そしてその美少女達が、涙ぐましい努力をして、同級生が興奮する肉体を形成し、維持しているのかを目の当たりにしてしまっているから、どちらかと言うと「あぁ、この子も頑張っているのだろうな」と応援する気持ちの方が勝る。
雑誌のグラビアを見ても、ちょっといけないサイトを見ても、その舞台裏が頭をよぎってしまう。
つまり興奮が……出来ないのだ。
ナニをどれだけしても、微塵も反応をしない息子に、EDなんじゃないだろうかと本気で悩む羽目になるんだぞ!
この歳で!!
泣きたくなるぞ!!!
むしろ泣いた!!!!!
ついでに、麗しのお姉様方たちから下着の付け方や知識を、幼少期から英才教育を受けた。
更に女性の扱い方や、駄目男とはどんなものか。
セクハラの境界線や痴漢への恨み節から、女性が日々体験している恐怖と、女性への怖さを両方同時に学んだ。
そのおかげで、ホモではない。
バイでもない。
ゲイでもない。
性自認も、肉体も男だ。
ただ……ちょっとやそっとの性的な要因では。
少なくとも、世に溢れている媒体に載っている女性の写真程度では、興奮出来ない肉体になってしまった。
息子も別に、機能不全な訳ではない。
朝にはきちんと、あいさつをしてくれるからな。
悩みはするが、バイアグラの世話になる必要は、今のところない。
どうせ、使うようなパートナーもいないし。
ちくしょう。
そしてY染色体を持たない生物が、どうしても鬼や悪魔の皮をかぶった生き物に見えてしまうようになってしまった。
いや、そう言うと語弊があるな。
そう言う一面も持ち合わせている、と言う方が正しいか。
力も体力も、基本的に女性の方が男性に劣ってしまう。
それが事実だ。
特に痴漢やセクハラの被害に遭った時なんかは、劣っているが故に、恐怖から固まってしまい、反撃に出られない人が多い。
彼女たちからしてみれば、不埒なことを考え、理性を働かせることの出来ない男こそが、鬼や悪魔の類に見えるだろう。
女性とは、守ってやらなければならない、守るべき存在である。
それは間違いない。
どんな女性も、もれなくそうだ。
見ず知らずの赤の他人に身体をまさぐられたり、卑猥な言葉を投げかけられ興奮するような性癖を持つ人は、いないとは言わないけれど、稀だろう。
自分に置き換えて考えてみろ。
男の僕ですら、触ってくるのが男だろうが女だろうが、見知らぬ他人だった時点で気持ち悪い。
嫌悪感を覚える。
知り合いだったとしても、過度にボディ・タッチをされたら引くぞ。
ただ。
そう、ただ。
恐怖から解放され、怒りが湧き出て来た時の女性の怖ろしさと言うのが半端ないことも知っている。
もう、修羅のようだ。
羅刹のようだ。
同時に、恋する女性のたおやかさとしたたかさ。
優しさと包容力も知っている。
その上、可愛らしさと美しさを内包している事実もまた、知っているのだ。
美しい花には棘があると言うが、まさしくその通りだ。
昔の人は、いいこと言うよね。
バラのような華やかさがない、パッと見冴えないサボテンのようだと酷評される外見だったとしても、美しい花は咲く。
自分好みじゃないからと女性を卑下すクズがたまにいるが、女性は皆、誰であろうと美しさを持っている。
他者へ自己の評価を押し付ける傲慢さは、慎んで貰いたいものだ。
そういうヤツに限って、鏡を渡したくなるような外見を整えていないことが多いし。
「その体たらくで、よくもまぁ、他人のことをどうこう言えたな?」
実際そう言って、同級生に手鏡ビンタを食らわせたことがある。
元気にしているかなぁ、清水くん。
この学校の受験に失敗してから、全くの疎遠になってしまったんだよね。
自己評価が低い女性は、どうしても猫背になりがちになる。
それはつまり姿勢が悪いという事であり、骨が歪むという事であり、体型のあちらこちらに影響を及ぼす。
腰痛や肩凝りの原因にもなるが、僕が言いたいのは、そういうことではない。
形が、崩れるのだ……
そんなこと……絶対にあってはならない。
女性は、多面的だ。
その事実を知っているがために、発情した猿のように、なりふり構わず一直線に女性と対峙することは出来なくなってしまった。
一歩引き、見目の美しさを評価し。
二歩引き、その美しさを維持するため向上するための努力を称賛し。
三歩引き、内に隠している棘に対する防御態勢を取る。
それが癖になってしまった。
なにせ、女性が数多くの武器とも思えぬ凶器を持つ事実も、また知っているのだから。
涙や言動、所作もそうだ。
防御態勢を取っていないと、すぐに慌てふためいてしまい、女性の意のままに操られてしまう羽目になる。
何度、姉たちにいいように振り回されたことか……
そうと分かっていても、未だに尻に敷かれ、良いように扱われてしまうのだから、女性と言う生き物は逞しく、男性と言う生物はなんと不甲斐ないのか。
それは僕に限ることでは、無いと思う。
その女性の戦闘力を、他の何よりも増すことが出来るのが、武装すること。
つまり化粧や衣服、また下着である。
そう言った外見を着飾る事で、彼女たちは日々の辛さや面倒事から、身と心を守っている。
胸の大きさを気にするのも、もしかしたらそう言った武装の一環なのだろう。
だが、しかし。
その割には、サイズに合っていない下着を身に着けている人の多いこと!
生まれた瞬間から……と言ったら流石に大げさだが、物心つく前から女性の下着と裸を散々見てきた、この僕だ。
服の上からでも、その人に合った下着を身に着けているか否かが、おおよそでも測ることが出来るようになってしまった。
そして、サイズに合った下着を着ることで、どれだけ肉体美が変わるか目の当たりにし、自信と言う名の戦闘力が上がるのかを、とくと説かれてきた。
そのため、サイズの合っていない下着を着けている女性を見ると、どうしても許せなくなってしまう。
今は辛うじて制御出来ているが、幼稚園児の時に、先生の下着をはいで説教をしたことがある。
……そうだ。
幼過ぎて、僕自身は覚えていないが。
それが、僕の悪癖である。
特にブラジャーのサイズが合っていないとダメだ。
胸は……おっぱいだけは……
「持ち主である貴女が守らないでどうするんですか!?」と問い詰めて説教をしたくなる気持ちを抑えて、日々生きている。




