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「……さてさて、なんの話でしたっけ?」
机を挟んで向かい側に座った牧師は、腰を下ろしながら、とぼけたように聞いてくる。
いや、何の話もしていないから。
一言たりとも悩み相談も、罪の告白もしてないから。
かなりマイペースなオッサンの対応に、頭を抱えたくなる。
手招きに応じたのは、やはり良くなかっただろうか。
知らない人について行ってはいけませんなんて、今時習わなくても、小学生だってできることだろうに。
しくじった。
それでも、相手は教会の関係者で身元がはっきりしている人だ。
せっかく招かれた訳だし、一縷の望みを込めて、相談くらいはしてみても良いだろう。
「えぇっと……
この教会の裏にある幼稚園の卒園生なんです、僕。
色々思い出しがてら散歩をしていたら、貴方に声をかけられて」
「おやおや、そうでしたか。
それはそれは。
久方ぶりにこちらへ赴き、何か収穫はありましたか?」
……今の言葉だけで、僕が卒園以来ここに来てないことや、何か目的があってウロウロしていたってことが分かるものなのか。
そんな迂闊に、アレコレ想像できるような言葉を選んでしまったのだろうか。
あまり言葉数は多くなかったと思うんだけど。
見透かされているようで、居心地が悪いな。
「そうですね……
いくつかはありましたが、重要なことは思い出せず仕舞いです」
「ふむふむ、なるほど。
その重要なことを思い出すきっかけを、私から与えられそうだと踏んだ理由は?」
心の内を覗かれているようで、あからさまに怪訝な顔をしてしまったのだろう。
ふふふと笑いながら、牧師は言葉を続ける。
「自覚がないのでしょうが、貴方が教会の前に佇んでいたのは、随分と長い時間です。
ただ立っていたのではなく、悩み、自己を蔑み、贖罪を乞うかのような……思いつめた百面相をしていました。
そこに声を掛けた、見ず知らずの他人の誘いに、貴方は応じた。
私が何か、問題や苦悩の解決に一役買ってくれる。
そう思ったからでしょう。
迷える仔羊を救う、偉大なる神のようなことは私には出来ませんが、貴方よりは長く生きています。
それに職業柄、悩み相談にはよく乗っています。
他言はしませんし、宜しければ詳細をお話しください。
あと三十分は、営業時間ですから」
だから、営業時間て。
お布施的なものでも取られるのだろうか。
悩み相談一時間五千円から。
初回三十分は無料です。
……みたいな?
それは弁護士か。
しかし、まさか教会の前に立ち尽くしていた時から見られていたとは。
感覚的にはそんな時間が経過したように思えなかったが、随分と思考の海に沈んでいたらしい。
長時間前でボーっと立っている人がいたら、そりゃ様子を伺って当然か。
「なら、まずお伺いしたいのですが、牧師様は十二年ほど前、こちらにいらっしゃいましたか?」
「えぇ、えぇ。
もうかれこれ、三十年はこちらの教会を任されてますよ」
ってことは、記憶の中の牧師と、目の前のオッサンは同一人物なのか!?
この牧師はニコニコ顔。
あの時の教会に居た人は、どちらかと言うと険しい顔をしていた気がするのだけど……
そうか……
時代の流れって、やっぱり残酷。
嫌だなぁ。
僕も加齢とともに、抜け毛やらメタボやら、アレコレ気にしなければいけなくなるのだろうか。
「ちょうどその頃、僕は裏の幼稚園に通っていたのですが、当時仲良くしていた子と、偶然再会しまして。
その子と、何か重大な約束を交わしたそうなのですが、その子のこと自体、ちょっと……その、事情があってすっかり忘れてしまっていて。
その子自身のことと、約束と、当時の思い出の地でも巡れば思い出せるかなと思って、ここまで来たんです。
あの時あんなだったな〜とか、こんなことしたな〜とか、そういうことは思い出せるんですけど、肝心の約束が何だったのかは、全然で。
……と言うか、恥ずかしながら、沢山約束をしすぎて、どれなのかが皆目見当もつかないというか」
「ふむ……
それで、なぜ私の誘いに乗ったのでしょうか?」
自嘲気味に頭を掻きながら笑うと、こくこく頷きながら、牧師は更なる疑問を投げかけてくる。
なんだか懺悔や人生相談をしているというよりも、取り調べを受けている気分になるな。
「ここも、思い出の場所だからです。
その約束相手の子が倒れるたびに、ここに飛び込んで助けを求めたので、何か当時の事情を知っている人がいたら、話を聞きたいなと思ったんです」
言うと牧師は頷くのをやめ、目を見開いて、あからさまに驚愕の表情を浮かべる。
「……貴方の、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あぁ、そうですね、申し遅れました。
瀬能志栖佳と言います」
頭を下げて、今更な自己紹介をすると、僕の名乗りとともに、合点がいったかのように微笑みながら、先ほどよりも深く、何度も何度も頷く牧師。
僕のことを覚えていた、ということなのだろうか。
だとしても一人で頷いてないで、何を納得したのか、話して欲しいものだ。
牧師は行儀悪くズズズと音をたてながらコーヒーをすすり、ほっと一息つくと、居住まいを正して僕を見据えた後、深く、深く頭を下げた。
「貴方が、志栖佳くんでしたか。
その節は、私の娘を救っていただき、ありがとうございました」
……ん?
むすめ??
バンッ!!! と、この絶妙なタイミングで、後方で扉が開かれる音が響いた。
「パパっ!
もう時間過ぎているわよ。
施錠しても良いの!?」
薄暗い、夕焼けを背負って現れたのはあの|《子・》──敷香咲良、だった。




