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あの子との思い出の地。
それを考えて真っ先に思い浮かぶのは、通っていた幼稚園だ。
そこしか共通点は無いし、当然だろう。
僕は受験が必要な幼稚園には、通っていない。
ごくごく普通の、地元の幼稚園に通っていた。
だがバス通園だったので、そこまで行くとなると、多少距離があると思われる。
日が暮れる頃には帰宅するのならば、自転車を使うべきだろうか。
そうも考えたのだが、頭を働かせながら行う運動は、ウォーキングくらいがちょうどいいと、何かの本で読んだことがある。
それ以上に激しい運動だと脳に血が行かないし、速度が早すぎると、視覚からの情報処理に脳の使用領域が割かれてしまって、思うように頭を働かせられないんだとか。
同時に思いを馳せながら、幼稚園を含めた近隣各所を巡るには、足を止めることもあるだろう。
歩くのがベストだ。
子供の頃の活動範囲なんて、そう広いものじゃないんだし。
登園にはお迎えバスを利用していたが、この歳になり改めて歩いてみると、バスの窓から見えた、どこまでも遠く続いているように感じた世界は狭く、意外と近いと言うことがわかる。
歩幅も目線も違うのだから、ある意味当然か。
思い出したくなかったが故、なのだろう。
卒園後はこちらの方に足を運ぶことが、全然なかった。
用事もないし。
家を中心として、小中高のそれぞれの位置を見た時に、完全に反対方向だ。
放課後友達の家に遊びに行くとなっても、校区的にも、こちら方面から通っている人はいなかった。
十数年ぶりか……
理由がなければ、そんなものだよな。
犬を飼っている訳ではないし、健康寿命を考えるような歳でもない。
いちいち自由時間を割いてまで、散歩に繰り出すような意識が高い系の人間でもないし。
幼稚園が終わった後は、徒歩でこの長く感じた道のりを歩いて帰った。
時に友達とかけっこをしながら。
時に寄り道をして、泥だらけになりながら。
大冒険をしているように感じたのに、今歩いてみればこの程度の道のりなのか。
何がそんなに楽しかったのだろう。
たまに……本当に、ごくごくまれに、あの子の身体の調子が良い時限定で訪れた、幼稚園からほど近い公園にたどり着く。
時間にして、家から三十分程度。
駅に行くよりも近い。
もう、陽も傾いてきている時分だ。
流石に公園には、誰もいなかった。
広いと感じた砂場は、記憶の中のそれよりもずっとコンパクトで、コンクリで埋め立てられてしまっていた。
大きいと感じた遊具は殆ど撤去されて、跡形もなくなっている。
雑草も結構生えているし、そもそも利用する人が、今ではあまりいないのかもしれない。
少子化により最近の公園は、年寄りがゲートボールをする場に変わり、遊具による事故が多いからと、沢山の遊具が使用禁止になったり撤去されたりしていると、ニュースで見たことがある気がするが……ここまで顕著か。
都会の話だと思っていたけれど、こんな田舎ですらこうなんだな。
すべり台も、鉄棒すらなくなっているとは。
こんな様変わりをされてしまっては、思い出すことも出来ないじゃないか。
……あの不気味なキャラクターが描かれている、塗装のハゲかけたスプリング遊具だけは残っているのが解せない。
への字に口を結びながら中へ入ると、うっそうと茂る草の陰から‘’ポイ捨て禁止‘’や‘’不審者を見かけたら一一〇番‘’の、どこでも見るお馴染みの看板が顔をのぞかせ、地面から斜めに生えていた。
コチラも、塗装が所々ハゲている。
当時既に結構ボロかったベンチは、あの頃よりも新しくなってはいたが、それも経年により、劣化している。
木製からプラスチック製に代わっており、木のササクレこそ無くなったが、所々、子供が靴のまま乗っかってジャンプでもしたのだろう。
ヒビが入っていた。
……十年。
十数年か。
時間の経過と言うのは、素直だ。
割れた部分を避けてベンチに腰を下ろし、頬杖を付きながら、あの頃に思いを馳せる。
流れに逆らうことなく、不要なものは捨てられ、排除され、必要なものはどんな形であれ、残される。
世の中というものは、そういう風に出来ている。
無くなったことには少なからずショックを受けたが、ジャングルジムに登ったり、ブランコで遊ぶようなことはしなかったため、それらに思い出はない。
あの子が、運動が出来なかったから。
僕が友達に誘われて、そちらへ行こうとすれば……
……そう。
僕が思い出の中のあの子と今の彼女を、唯一イコールで結ぶことが出来る、あの酷く傷つき悲しんだ、あの顔をされた。
それから、あの子と公園を訪れた時は、誘われても頑なにあの子と離れることを良しとしなかった。
いたずらにサッカーボールをこっちに蹴ってきたり、野球ボールを投げてくるようなやつがいた時は、憤って怒鳴り追いかけ回したりもしたが。
あの子が静止の言葉をかけて来たり、僕の怒りが落ち着けば、すぐにあの子のもとへと戻った。
まるで、犬のようだ。
ベンチは大抵、外にまでわざわざ携帯ゲーム機を持ってきて遊んでいるやつらに占領されていたからな。
別の場所によくいたのだが……
……なんと呼ばれていたっけ?
えぇっと……マンモス??
そう、マンモスだ。
今はない、丸太で組まれた遊具の足元は、日陰になる所が多かった。
だからそこで、あの子の話をたくさん聞いたんだ。
元気になったら何をしたいか。
将来の夢は何なのか。
好きな絵本の話や、その日何をしていたか。
そんな、他愛のない話を、沢山した。
みんなが帰ると言い出すまで。
何分でも、何時間でも、一緒に過ごした。
あの子はとても大人しく、身体を動かすことは全然しなかった。
その変わりと言わんばかりに、僕より随分と大人で、たくさんの事を知っていて、たくさんの物を見て考えていた。
……死を身近に感じて、生きていたからなのだろうか。
対して僕は、身体を動かすことが好きだった。
目の前で楽しそうにはしゃいでいるのを見たら、あっちへ行きたいなと思いもした。
だが別に、あの子に嫌われたくなくて、機嫌を取るために、また悲しい顔を見たくないからと、嫌々長話に付き合っていたわけでは無い。
単純に、僕よりも沢山のことを知っている、より多くのことを考えている、あの子の話を聞くことが、楽しかったのだ。
姉たちの長話とは、偉い違いである。
あの子のために何かしたいと考えても、幼稚園児の鼻タレ小僧が考えられる範囲なんて、たかが知れてる。
そんな僕に、最初に知恵を授けてくれたのは、他でもないあの子だ。
話を聞くたびに、無知な自分が少し賢くなれた気になれた。
同じ時間を過ごせることが、嬉しかった。
よくお話をしたのは、幼稚園が終わった後の話だ。
幼稚園は、何だかんだ言って、お勉強の時間もあるし、遊びながらではあるものの、学ぶ場だった。
疾患も何も無い元気が有り余っている僕と、持病があるあの子が一緒に過ごせる時間は、少なかったのだ。
だから公園で誘われても、衝動に負けず、走り回らずにいられた部分はあるだろうな。
話している最中に、前触れもなく苦しそうにしていたことが多々あった。
そうだ……あの子の具合が悪くなると、駆け込んだ場所があったな。
来た道を全速力で走って戻り、幼稚園、ではなく、その裏手にある教会に助けを求めた。
……なんでだっけ?




