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彼女は死んだ。
何年も前に。
そう……僕が、殺した。
……な〜んて、手に汗握るサスペンスな展開にはならない。
ただ、ミステリーの要素は孕んでいる。
僕の中で該当している女の子が、先ほどの敷香咲良と同一人物なら、疑問がいくつか浮かんでくる。
まず、あの子はもっと表情豊かだった。
僕の記憶の中のあの子には、屈託のない笑顔の印象が強く残っている。
思い出が美化されていると言う可能性も、確かにある。
しかしあんな……呪いだとか言って人をガクブルさせるような、そしてその様子を見て魔女のように冷ややかな笑みを浮かべるような子では、決してなかった。
思い出のあの子は、妹達と並ぶ程の天使っぷりを発揮している。
周囲を浄化するような笑みが、あんな変貌を遂げてしまうだなんて、思えないし思いたくない。
百歩譲って、それが時間経過のなせるものだったとしても、だ。
あの子は、僕と同年だ。
流石に年の差までは、変えることは出来ない。
名前が違えば「姉妹か、もしくは親戚か」とも思えるが、全く一緒だし。
僕と同様、珍しい氏名だからね。
同姓同名の別人と言うこともないだろう。
もしそうだったとしても、赤の他人が、なぜあの子のフリをして僕に近づくんだ? と言う疑問が、さらに浮かぶことになる。
確率として限りなくゼロに近いし、全くの別人と言う考えは捨ておこう。
……今更、なのだ。
僕の前に姿を現した理由も、掴めない。
最後にあの子の姿を見てから一体、何年経っていると思う?
突然姿を消し、十年以上も音沙汰がなかったのに、なぜ??
……なぜ、生きているのだろう。
正直言って、あの女の子が生きていたのなら、メチャクチャ嬉しい。
だって、死んだものだと思っていたから。
時代は、幼稚園の頃まで遡る。
その頃には既に女性の下着やおっぱいに並々ならぬ執着を示し、しかし今と違い加減も制御も知らず、フェミニズムが皆無だったせいで、時には先生を泣かせ、親が呼び出されるようなことまでしていた、問題ありまくりのエロガキだった、当時の僕。
そしてあまり外に出るような遊びはせず、教室の片隅で大人しくお姫様が出てくる絵本を読んだり、絵を描くことを何より好んだ、あの子。
接点なんて、同じクラスということ以外全くなかった。
何が、きっかけだったっけ……
あの子を失ったことが辛くて、悲しくて、忘れていたからなのだろう。
なかなか思い出せない。
ただ、そう。
あの子がきっかけで形成された‘’今の僕‘’を構成する要素が沢山あることは、思い出すと同時に自覚できる。
だって……初恋、だったんだ。
純粋が故に、相手のためならば何でもしたくなる気持ち。
多かれ少なかれ、誰にでもあるものだろう?
キッカケ……
絵を……そう、絵を褒めたんだ。
雨が降っていて外で遊ぶことができず、暇を持て余していた時に。
あの子が描いていた絵が目に入り、それを褒めた。
「じょうずだね」「きれいだね」と、そう言って。
キョトンとした目を見開いた表情も、「ありがとう」と言って微笑んだ顔も、僕の身近には居なかった指先まで神経を集中させたようは丁寧な所作も、それら全てが心に雷が落ちたかのような衝撃を受けて、僕はあの子に夢中になった。
あの子に好意を持ってもらいたくて。
あの子に失望されたくなくて。
何ができるのか、必死に考えた。
その結果、酒が入ると雄弁になり、感情を露わにする母や母の友人に恐怖を感じ、必死に逃げ回っていたがそれをやめた。
そして女性の喜ぶことや嫌がることを、積極的に学んだ。
どんなに些末で、一見馬鹿馬鹿しいと思うようなことに気を取られ、感情を揺さぶられ悩むのか。
表面を取り繕う笑顔の裏で、どんな毒孕む鬼畜なことを考えているのか。
物理的問題の解決法ではなく、感情的な整理を何より男性に求めると言うこと。
強くたくましい一面があるのに、そのくせ酷く弱く脆い生き物であること。
成長とともに身体の造形にどのような差が出るのか、そしてその際のリスクや身体的な負担も。
多面的で感情的。
理不尽かつ繊細。
守り慈しむべき、愛しい存在。
それが女性である、と。
今振り返ると「そんな幼い子になんてことを教えるんだ!?」と思わなくもない。
目に見えているものとのギャップに、恐れおののいて知恵熱を出したこともある。
だがその周りの教育の甲斐あって、今では女性至上主義の、こんな人間になりましたとさ。
おっぱい好きは相変わらずだが、暴走する事は減ったし。
直接手を出すような卑劣なマネは、一切しなくなったからな。
……いや、昼のボディ・ケアに関しては、ノーカンでしょ。
単に欲望のままに、揉みしだいたわけではないのだし。
全てがか弱そうに見えた、人魚姫のように泡となって消えてしまいそうな儚さを持っていたあの子だからこそ、他でもない僕が助けに、力になりたかった。
お姫様になりたいと言っていたあの子のために、何ができるのかを、必死に学んだんだ。
優しくて頼りになる、物語の王子様になるための方法を。
女性は時として、王子より自分を変身させてくれる魔女を選ぶと教えられたから、あの子をお姫様にできる魔女になる方法も。
全ての女性に対して丁重にしているのは、あの子に対して失敗をしたくないから、練習台になって貰おうという、打算的な理由が始まりだ。
そして今ではそれが根付き、癖になってしまっている。
フェミニストなわけではない。
利己的な考えによる行動。
それだけの話なのだ。
争いを生まずに済むし、怒られるよりは、喜ばれたい。
女性はもれなく好きなので、都合が良かった。
それに、あの子が姫になるなら、僕は王子でいなくてはならない。
王子は万人に愛され、万人を愛さなくてはいけない。
そういう意味でも、都合が良い。
ただ、それだけ。
全ては、あの子に愛される自分になるために。
あの子が望む僕になるために。
なのに、あの子は消えた。
卒園を待たずに。
突然。
前触れこそはあったが。
遠いところに行くと……
……そうだ。
手術をすると言っていたんだ。
手を繋いでダンスを踊ることはおろか、ドレスの似合う歳まで生きられるか分からないと。
「私はお姫様になれないまま、死んじゃうんだ」
そう言って泣きじゃくるあの子を、慰めたのが、最後だった。
死ぬということをイマイチ理解できていなかった僕には、どうやってあの子を励ませば良かったのか皆目見当もつかず、とにかく必死に、自分の語彙力と想像力を総動員して、あの子を泣き止ませることに、躍起になった。
今でも君は、十分魅力的で、僕のお姫様だよと、真剣に、懸命に言葉と行動で伝えた。
今振り返ってみると、なんとトンチンカンな慰め方だ。
あの子はお姫様になれないことではなく、成長できずに死ぬことを恐れ、泣いていたのだろうに。
だがそれでも、僕のある行動によって泣き止んだあの子は、「無事に終わったら手紙を書く」と、そう約束をして、微笑んでくれた。
そして、そのまま。
次の日からあの子は、登園しなくなった。
その後、何の連絡もなかった。
……何も。
毎日家に帰るたびにポストを開き、自分宛の手紙がないかを確認した。
あると気持ちを高揚させ、中身を見ては落胆し、季節がいくつ巡っても、望んだ手紙がポストに届くことは、なかった。
だから、てっきり死んだものだと……
手術できなかったのか、したが失敗したのか。
それすら考えたくなかった。
戻ってくる時に手紙を書くと言ってくれたその言葉が、実現しなかった事実。
それはつまりあの子は死んだのだという現実を、嫌でも叩きつけて来ているようで。
辛くて、苦しくて。
何よりあの子がもうこの世に居ないのだと、あの笑顔をもう二度と見ることが叶わないのだと。
彼女の望んだ些細な願いさえ叶えることが出来なかったのだと、考えるだけで胸が張り裂けるほどに哀しくて。
そして、忘れた。
現実を見たくなくて。
逃げたんだ。
僕は……余りにも、薄情なやつだな。




