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呼び出しされた時間までの暇つぶしや、採寸後に保健室の利用料と称して、散々ガンちゃんの手伝いをさせられて来ているので、備品がどこにあるのか、ある程度は把握している。
湿布は冷蔵庫の中。
包帯は鍵のかかっていない、ガラス戸の中だ。
それぞれ彼女が記帳を済ませている間に用意する。
冷蔵庫の中に置いてある、ガンちゃんの私物のあれやこれやからは目を逸らし、目的の湿布を取り出す。
あ、最後の一枚だ。
書置きでも残しておくか。
内ポケットからいつもの小さな紙を取り出し、メモ書きをしてスタンドに挟み、机の上に置いておく。
そんなこんなしている内に、記帳を終えたのだろう。
ペンをコトリと置いて、移動をした。
しかし彼女は処置用のイスではなく、なぜかベッドの上に座っていた。
「誘っているのか!?」と誤解を招くような行動は、辞めて頂きたい。
普段は女性の柔肌に直接触れようと、うんともすんとも言わないくせに。
ちょっとそっち方面の妄想をするだけで、何故か息子氏は彼女には反応してしまう。
何故だろう。
再び疑問が頭をもたげる。
いわゆる恋愛フィルターというものを通して見ているが故に、こうなってしまうのか?
ドキがムネムネするようなことは全然ないのに。
息子ばかりが反応する。
……正直、痛い。
僕は精通を迎えたばかりの小中学生か!? と精神的にも痛いし、実際、股間もくい込んで痛い。
朝の挨拶以外には、とんと反応を見せないものだから、刺激に敏感すぎるのだ。
適度なものなら気持ちいいのだろうが、過度だと当然、痛みを伴う。
だからと言ってチャックを下ろしてしまったら、即行一一〇をプッシュされてしまう。
学校のトイレは使いたくないし、どうしたものか。
まさか長年EDで悩んできたこの僕が「どうやって暴走している息子を鎮めれば良いのか。しかも学校で」なんて考える日が来ようとは。
それこそ何年ぶりかも覚えていないくらい久しぶりに見た、朝以外の息子の起床だ。
悲しいが刺激に脆弱なのだから、すぐ終わると思われる。
個室を使っても、後ろ指を刺されるような時間はかからず、誤解も受けにくいだろう。
何より放課後だから、生徒も殆ど校舎内には残っていない。
……全く問題なくないか!?
三擦り半で終わるなら、普通に用をたすよりも、早く終わる!!
……虚しい。
自分で自分に、追撃を行ってしまった。
とりあえず、ナニをするよりも先に、彼女の手当てをしなくては。
幸い、先程とは違い、半勃ち程度だ。
見た目では、息子の現状は判らないだろう。
これ以上の暴走を引き起こさないように、僕が冷静でいるよう、努めれば良いだけだ。
「それじゃあ、右手を出して下さい」
中央のフィルムをペリペリ剥がしながら言うと、彼女は困ったように眉尻を下げた。
実は皮膚が弱くて、湿布かぶれを起こしてしまうとか?
ガンちゃんは普段、余程のことがない限りは、乙女の肌に優しい湿布しか使わないから、大丈夫なのに。
紫外線に当たって皮膚炎を起こしてはいけないし、固定の意味も込めて、ちゃんと包帯も用意したぞ??
あ、さっき自分が転ぶことになってでも、僕に触れられることを良しとしなかったのだ。
湿布を貼ろうとすれば、触れることになる可能性がある。
それを嫌がっているのだろうか。
でも、記帳していた時のことを考えれば、右手が利き手のようだし、右手に貼るのは難しいだろう。
そもそも利き手に貼る云々関係なく、片手で湿布を貼るのは難易度が高い。
……あれ?
捻った方の手で、記帳、してた……よ、な……??
「私は構わないのですが……
先輩は、よろしいのですか?」
ん? なにが??
浮かんだ疑問を熟考出来ないまま、彼女が先程と同じように小悪魔めいた笑みを浮かべて言ったセリフによって、僕の思考は完全に停止した。
「条件を満たさないまま私と触れ合うと、先輩の病気、一生、そのままですよ?」
え……えぇっとぉ??
思わず、顔が引き攣る。
病気と聞いて思い至るのなんて、一つしかない。
だが僕は、断じて‘’気味‘’程度のものとして、そうだとは認めていない。
この十年ほど、夢精以外で射精したことは確かにないけど!
その夢精すら、ろくにないけれど!!
だってさっき、無事に復活してたしさ。
やっぱ気のせいかもしれないじゃん?
今この瞬間に、ションボリと縮こまってしまったが。
素直すぎるぞ、息子よ。
「センパイは、私のことを覚えていらっしゃらないんですよね?」
嫌味満載な口調で、嫌悪対象を見下すような表情。見せながら、彼女はベッドの上で足を組み、言葉を続ける。
「過去、私たちは交友関係にありました。
そして、その際に交わした、盟約があります。
それが果たされない限り、私に触れれば先輩は、生涯勃起不全のまま過ごす事となるでしょう。」
どう言うことかを問う前に、彼女は硬直して動けない僕の、声にならない疑問に答える。
「勃起とか女性が口にしてはいけません!」とか普段ならツッコミを入れるところだろうに、唐突に告げられた言葉に、何の反応も返せない。
過去……いつかは分からないが、やはり彼女と僕は、会ったことがあるらしい。
しかも友人関係にあったと。
自慢じゃないが、女性の知り合いも触れてきた数も多い僕だが、女友達と言う存在は、ぶっちゃけゼロだ。
綺麗な肉体を作り、またその維持をするための知識や技術があるために、便利道具として召喚されることは多々あるが、気兼ねなく対等な存在として語らい学び合うような、そんな存在は居ない。
キッパリ言おう。
一人として、居ないのだよ!
非リア舐めんな!!
そんな存在がいたのなら、心の支えとして生涯忘れぬために、連絡先を開いたその瞬間、名前がトップに表示されるよう、マイカード登録しとるわ!!!
……流石にそれは、紛失した時に面倒なことになるから、してはいけないか。
それはしなかったとしても確実に、電話番号を登録する時、関係性の欄をテンション高めにハートマークをつけるなどという、気持ちの悪いことをしてしまっていただろう。
実際にはそんな存在がいないので、やるかどうかも分からないけど。
過去……そうだな。
随分遡り、幼稚園児の時代なら、既に僕は目覚めていたものの、まだ周りの女性陣も‘’かわいい‘’や‘’きれい‘’に興味はあれども、自分がそうなるために心血を注ぐ、という考えの人はいなかった。
そのため一緒に駆けっこしたり、絵本読んだり、異性ともごくごく普通の遊びに興じていた。
しかし、学級が違う子と遊んだ覚えはない。
人違い……ではないのだろう。
僕の特殊な名前が、そうさせない。
近所では僕の家しかこの苗字の家庭はないし、名前もどちらかと言えば珍しいからな。
「僕の……病気が治らないと言うのは、どう言うことでしょう?」
かろうじて出てきたのがこの疑問だったあたり、僕はなじられ、責められても仕方がない。
彼女は、僕が忘れてしまったことに傷ついている。
教室の前での問いに答えた時の表情が、それを雄弁に物語っている。
基本的に彼女は、現在に至るまで、淡々とした口調と、無表情、見ようによっては、ぶっきらぼうな態度しか取っていない。
笑えば一見愛らしくも、見ようによっては人を凍てつかせるような作った笑顔を浮かべることばかりなのに、あの時はそれが崩れていた。
取り繕えないほどの、衝撃を与えてしまった。
そう言うことだろう。
それが分かっているにも関わらず、僕は自分の身に関する疑問を口にしてしまった。
いや、だってさ「治ったのかも!?」と光明が見えたと思ったら、そこから一転「一生治らない」宣言をされたんだよ!!?
焦るだろ!!!??
そして気持ちが急いて、ついつい自分のことを優先させてしまったのですよ。
はい、最低なクズ野郎です。
名も知らなぬ女性よ、申し訳ありません。




