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……この女性は一体、誰なのだろう?
保健室に向かう道中、全くの無言。
視線を合わせることもなく、僕の三歩どころか、五歩も六歩も後ろを歩いているため、顔色も分からないし、様子もイマイチ掴めない。
ついて来てくれているあたり、僕に触れられるのは嫌だが、連れ立って歩くこと自体はやぶさかではないようなのだが。
あぁ、いや。
‘’吝かではない‘’と言う言葉の本来の意味は、‘’喜んで〜する‘’だったか。
古文で習ったばかりだ。
誤用を広めてはいけない。
余所事を考えてみたら、何かしら思い至れる糸口になるかも。
そう思って、全く無関係なことに思考を逸らしてもみたが、改めて窓ガラスに映るその姿を見ても、やはり記憶の中から該当する女性を探せないでいる。
ふと、ガラス越しに目が合った。
すぐに視線を外されるか、嫌そうな顔をされるのかと思ったら、むしろ、ニッコリと微笑まれた。
咄嗟に窓から顔を背けることになったのは、僕の方だった。
……顔が、熱い。
もしや僕は、この女性に一目惚れでもしてしまったのだろうか?
全くの無自覚だが。
見目は、確かに整っていると言える。
一般的には。
しかし美しいも綺麗も可愛いも、僕の観点から見た時に、この女性よりも上位に位置する人達は、沢山いる。
なにせ母さんが、元アイドルだ。
家に訪れる程仲の良い、元同業者のお姉様方は、見た目も含めての商売をしているだけあって、外見にとても気を使っている。
年齢の衰えなど感じさせない程に若々しく、美しい。
自分の魅せ方を、熟知しているためだろう。
好みからは外れていても、つい見惚れる程には綺麗な人たちばかりだ。
可愛いに関しては、妹二人に勝る存在はいないけどね。
彼女たち以上に可愛い存在など、この世にはいないと断言できるほど、彼女たちは天使のように愛らしい。
たまに女帝達を彷彿とさせる、腹黒い笑みを浮かべている時もあるが、そういう部分に振り回されても尚、有り余る可愛さがあるのだ。
女の子は、そういう強かさがあるくらいで丁度いい。
……まぁ、確かにこの人も可愛いけれど。
彼女が何者なのか、興味を引かれているのは間違いない。
肉体的なもので僕好みか否か、とも考えてみるが、残念ながらイマイチ分からない。
なぜか。
彼女が、身体のラインを隠しているからだ。
全裸でそこにいるわけじゃないのだから、当然だろうと言われるかもしれないが、この僕だぞ。
おっぱい王子と言われる僕の唯一の特技が、服の上からでもスリーサイズがおおよそ判ることなのだ。
なのにそれが、彼女には通用しない。
なぜか。
たぶんサラシのようなもので、胸部を潰している上、腹部も臀部も結構な厚着をしているために、大体ですらサイズが把握できないのだ。
春とは言え、もう随分と暖かくなって来ている。
衣更えの時期こそまだ遠いが、暑がりなヤツなんかは既にジャケットを脱いでしまっている。
そんな中、腹巻きや毛糸のパンツでも履いているのだろうか。
なぜか。
……全く不明だ。
疑問ばかりで答えが出ないまま、思考は打ち切られる。
意味深な発言をする割には、その理由は愚か、僕と口をきこうとさえしないため、微塵も解らない。
「自分で考えろ」と言うことだとしても、もう少し何かしらヒントが欲しい所だな。
結局一言も言葉を交わさないまま、保健室に着いてしまった。
扉は開けっ放し。
空気の入れ替えのために開けてあるのであろう、窓もそのまま。
外出中の札は、かかっていない。
なのに、そこの主は不在だった。
珍しいな。
ガンちゃんはオネェの気質故か、意外と几帳面な性格をしている。
保健室から離れる際は、最低でも外出中の札を下げていく。
中に誰もいない時は、例え数分席を外すだけでも、わざわざ鍵もかけていく程だ。
窓も扉も開けっ放しのまま離席するなんて、初めて見る。
それが、なぜ?
今日は疑問に思うことが多いな。
脳みそが煮えそうだ。
「顔彩先生は外出中のようですが、どうしますか?」
保健室を訪れる目的がフィッティングであることが多い僕だが、今回は生憎と採寸ではない。
もちろん僕だって、ケガをしたり体調不良になれば、保健室を利用することだってある。
保健室で女生徒と二人きりになろうが、本来は咎められることはない。
が。
いらん誤解や噂が立ってしまっては、彼女に申し訳が立たない。
僕はね、まぁ、既に色々方々から言われてしまっているから、今更だし。
僕がいると邪魔だったり、僕と二人きりだも不安だったりするのなら、退室すべきだろう。
「問題ありません」
端的に質問へ答え、彼女は利用者名簿の方へと向かった。
入学して間もないだろうに、既に保健室を利用したことがあるのか。
物静かそうな雰囲気とは裏腹に、実は意外とお転婆でケガの常習者とか?
いや、どちらか言うなら、病気がちでよく熱を出す、と言う理由の方がしっくりくる見た目か。
保健室を利用する場合、備品管理やベッドの空き状況をガンちゃんが把握しやすいように、あとは授業の病欠証明のため、学年・名前・利用理由を生徒が書くことを義務付けている。
僕も採寸を始めた当初は書いていた。
余りにも連日利用しに訪れるものだから「紙がもったいない!」という理由ですぐ免除されるようになったけど。
一年の頃は、毎日朝昼放課後の三回利用することの方が多かったのだ。
確かに、紙の無駄遣いも良いところだ。
利用理由の欄に毎度「女性◯名の採寸のため」とか書いていたものだから、それを見た人たちがガンちゃんにコトの詳細を尋ね、興味を持った人に呼び出され、また採寸のために保健室を利用し……と、その繰り返し。
そのせいで、一時は採寸の予約待ちが出来たほどだ。
丸一年休む間なく採寸をすることになったのは、この台帳のせいだと言っても過言ではないだろう。
自業自得とも言える。
二年に上がり、随分と落ち着いたものだ。




