2
‘’おっぱい王子‘’
校内でこのふざけたあだ名に定着出来ていないでいるのは、当事者である僕、ただ一人だけかもしれない。
‘’○○王子‘’なる二つ名? 通称? がマスコミの間で一昔も二昔も前に流行ったのは知っている。
連日野球少年がホームランを打てば、年少ゴルファーが優勝をすれば、連日‘’王子‘’の単語が新聞の紙面を飾り、ニュース番組を賑わせたのは……ニ十年ほど前か?
当時その波に乗って、学校で王子と呼ばれ、もてはやされ、天狗になった男子も多かったことだろう。
だが僕に、時代遅れにも付けられたのは、こんな○○。
天狗になんて、なれる訳がない。
余りにも直接的すぎる、下品な言葉だ。
せめて乳房とか、乳房とか……いや、どっちみち嫌だな。
王子などと言う現実離れした、通称としては時代遅れ過ぎるこの階級を押し付けられ、しかもその上、公共の場で言う事を憚れるような言葉が、その頭に付けられているのだ。
学校外で、場の空気の読めない奴に、大声で呼び止められでもしてみろ。
「お〜い、おっぱい王子!」
想像しただけで死ねる。
その場に十人いたら九人は振り返るだろう。
その瞬間、社会的地位を失うこと間違いなし、だ。
どうしてこうなった……
勿論、事の発端は覚えている。
覚えているさ。
自業自得だと言う、認識もしている。
だけど……あんまりじゃないか?
僕がしたのは、一応、人助けだぞ?
元女子高と言う女子の割合が高い、その分と言わんばかりに倍率も偏差値も高い、男子が入るのには色んな意味でかなりの難関と言われた高校に、猛勉強して入ったと言うのに。
周囲は見渡す限り、女子ばかり。
なのにも関わらず、そのせいで僕はバラ色の学生生活を送ることが出来ないでいる。
ギャルゲーみたいにきゃっきゃウフフと女子と戯れ、勉強せずともそこそこテストでいい成績が取れて、モテて彼女をとっかえひっかえしたい!
……だなんて、そんな贅沢は言わない。
だが、せめて。
高校在学中に彼女の一人くらいは欲しい!
女子の割合、九割だぞ!!
男一に対して女が九!!!
思春期の恋に恋する乙女たちなら、こぞって先を争うように、めぼしい男をキープするだろ!!!??
さすがにこれは、偏見か。
文句は上の姉に言ってくれ。
母は元アイドル。
姉や妹達も、もれなく人の前に立つ仕事をしている。
その血を引いているのだ。
僕も見目は悪くないと、自負している。
勉強も、まぁ……真ん中以上はキープしている。
運動だってものによっては不得手なものもあるが、決して運動神経が切れているレベルに酷い訳ではない。
いや、謙遜せずに、ぶっちゃけて言おう。
中学のころはまだ色素も薄く、正しく王子のようだと讃えられ、ヘタな芸能人より格好良いと言われ、調子に乗っていた。
高校一年時の成績は、上から数えた方が早い。
通知表もA+が多かった。
つまり、結構なモテ要素の塊だ。
少女マンガのように壁ドンすれば頬を染められ、頭をポンポンすれば万人が恋に落ちる。
そんな展開は中学時代も無かったが。
流石にそれを現実でやったら、即通報案件だし。
それこそ少女マンガのように、ただしイケメンに限る、なんてことは有り得ない。
イケメンだろうが王子だろうが、好意を寄せていない野郎にそんなことをされたら、女性は身の危険を感じるのだから。
「何でも完璧!」
「きゃ~、抱いて!!」
……みたいな夢見る少年の妄想みたいなこともない。
だがまぁ、全体的に普通よりは、余程秀でている。
なのに……
このあだ名のせいで、必要な人にのみ便利道具扱いはされども、基本的に女子はその時以外、近づいてこない。
周囲にいるのは、野郎ばかり。
恋人が出来る気配が、微塵も感じられない。
当然だ。
こんな変なあだ名で呼ばれている奴を、彼氏にしたいと思ってくれる、そんな聖女のような女生徒が、いる訳がない。
僕と肩を並べて歩くこと。
それはつまり‘’おっぱい王子の彼女‘’と言われる羽目になると言う事と同義だ。
呼ばれ続けて一年は経つというのに、当事者の僕ですら慣れないのだ。
まだ見ぬ彼女からしてみれば、仮定を想像しただけで、恥ずかしい事この上ない。
だって‘’王子‘’の隣にいるのは、‘’お姫様‘’だろう?
‘’おっぱい姫‘’だなんて、羞恥に身悶える所か、繊細な女性ならば身投げでもしかねない称号となる。
彼女は欲しい。
滅茶苦茶欲しい。
だけど……そんな重い十字架を特定の女性に背負わせることなんて、僕には出来ない……
愛しいと思う、心から愛する相手なら、尚更だ。
そんな不名誉な名前で呼ばれるのは、僕一人で充分だ。
いや、僕も嫌だけど。
いかん。
毎日呼ばれているせいもあり、周囲に毒されて行っている。
抵抗し続けているのに、知らず知らずのうちに、精神を侵されてしまっている……!?
僕は一度も自分が‘’おっぱい王子‘’であることを認めてはいないし、勿論、名乗ったこともない。
抗って否定し続けている。
なのに皆、僕を指さしそう呼ぶ。
流石に教師は表立って呼んでくることはない。
聖職者とも言われる教師が、そんな倫理に反する四文字を生徒に向かって言ったら、教育委員会が黙っていない。
当然だ。
しかし僕は、確かに聞いた。
聞き逃せなかった。
授業中
『おpp……ごほん。
瀬能さん、こちらの文章を、現代語訳して下さい』
……と古典の教師が‘’おっぱい‘’と言う単語を言いかけたことを!
てめぇ、和田、この野郎!!
いや、女だから野郎と言うのは不適切か。
この女郎、だな。
……てめぇ、和田セン!
人への恩も忘れて、教師が生徒の名前を呼び間違えるんじゃねぇよ!!
これで教室にいる誰か一人でも、クスリと笑ってさえくれれば『イジメウケテマス、キョウシツイタクナイ』とか言って、保健室登校が出来たのに。
失笑すらしない。
それが当然になっているから。
僕の名前を憶えている人が、果たして家族以外にいるのだろうか……
……生徒の中には、いないかもしれない。
言ってて悲しい。
でも皆が、そうとしか呼ばないんだもの。
僕を‘’おっぱい王子‘’と認識していなかった下級生からですら、最近はそう呼ばれてしまっているのを耳にした。
先輩として、威厳もへったくれもない。
肩を落としながらも、呼び出しに応じるため机の中からメジャーを取り出した。
ヘキストマスと言う、ドイツメーカーが発売している、採寸用のメジャーだ。
授業中、こいつを触れば覚醒できるので眠気覚ましとして、これだけは道具カバンの中ではなく、机のいつでも手が届く場所に置いてある。
肌身離さず持っていたいしね。
‘’SHISUKA-SENO‘’と名入れされた、何年も愛用させて貰っている、僕の相棒だ。
‘’瀬能 志栖佳‘’
それが、僕の名前だ。
しすか、と言う少々女っぽい響きこそあるが、特に変わった名前ではない……と思う。
本名は王子でもなければ、おっぱいでも決してない。
乳と言う字もついていないし、下ネタ系のキラキラネームでもない。
それでも、僕が‘’おっぱい王子‘’と全校生徒から呼ばれてしまう理由。
登校して下駄箱に入っているのが、ラブレターではなく呼び出し状で、昼休みや放課後も、保健室へと女生徒と共に、場合によっては女性教師とも足を運ばなくてはならない、その理由。
文字だけ見たら、前途洋洋な中学生なら鼻血ものだが、何の色気もない展開しか待っていない、そのワケ。
それは……
僕の家の事情と、それによって形成された、僕自身の悪癖のせいである。
プロトタイプなので、作品紹介文にある名前と登場人物の名前が異なります。
ネタ的に変更出来ない理由があったので、プロトタイプのおっぱい王子は志栖佳くんとなります。
ご留意下さい。




