第六十三話 クラス編成
試験合格の翌日、早朝。
まだ朝靄が立ち込める王宮の一室に、俺たちは呼び出された。
ドラガ王が執務机に肘をつき、にやりと笑う。
「お前たちには寮ではなく、学院近くの家を用意させた。四人で暮らせ」
「え?」
お嬢様が目を丸くする。
「通常、学生は寮に入るんだが」
ロートニア王が横から補足する。
「お前たちの場合、護衛の必要性もある。それに、たっつぁんを寮で飼うのは無理だろう」
「ぴゅい!」
お嬢様の腕の中で、たっつぁんが嬉しそうに鳴く。
ドラガ王が立ち上がり、窓の外を指差す。
「王宮から馬車で十分、学院まで徒歩五分の距離だ。見に行くか?」
三十分後、俺たちは石造りの二階建ての家の前に立っていた。
火山岩を積み上げた頑丈な外壁。赤い瓦屋根。小さいながらも手入れの行き届いた庭。
扉を開けると、暖炉のあるリビングが広がる。
暖かな木製の床、窓からは火山が見える。家具は最低限だが、清潔で温かみのある空間だ。
二階には四つの寝室がある。
「うわぁ……」
お嬢様が目を輝かせる。
「みんなで暮らすの、楽しそう!」
オクタヴィアも嬉しそうに微笑む。
「まるで家族のようですわね」
セバスチャンの熱い眼差しを俺はサラリと交わす。いつ頃からか、こいつからの視線がライバル視から熱を帯びたものになってきた気がする。
「……お嬢様方の護衛にはこっちの方が都合がいいな」
「ええ、悩みが一つ減りました」
たっつぁんが既にリビングの暖炉の前で丸くなっている。
「ぴゅい♪」
なるほど、確かに寮では無理だ。
ドラガ王が肩を叩く。
「気に入ったか?」
「うん、ドラちゃん本当にありがとう!」
お嬢様がと頭を下げると、ロートニア王が嬉しそうに微笑む。
「明日から学院生活だ。しっかり学べよ」
翌週、初登校の日。
お嬢様は早起きして朝食を作り、俺とセバスチャンが洗い物を済ませ、オクタヴィアが荷物の準備を手伝う。
まるで本当に家族のような朝だった。
火山の斜面を登り、学院の正門をくぐる。
途端、視線が集中した。
「あれが……」
「特別入学試験史上初の合格者……」
「イグニスを倒したって本当か?」
学生たちのざわめき。
好奇の目、尊敬、羨望、嫉妬。様々な感情が入り混じった視線が突き刺さる。
お嬢様は全く気にせず、むしろ楽しそうに歩く。
「みんな見てくるね」
「そのうち飽きるでしょう」
校舎に入ると、筋骨隆々とした教官に呼び止められる。
「レティシア、オクタヴィア、クラウス、セバスチャンだな? 悪いが校長室まで来てくれ」
この学院は徹底した実力主義。王家だろうと教会だろうと、自身の実力以外一切を無視する。
学校側の決意の表れとして、教員たちは皆一様に生徒を呼び捨てにしている。流石に全く影響がない訳ではないと思うが、その考え方は非常に頼もしい。まぁ生徒間ではカーストのようなものは存在するんだろうが。
廊下を歩く間も、学生たちの視線は途切れない。
オーガ、人間、エルフ、ドワーフ、その他にも獣人など様々な種族が肩を並べて学んでいる。
この学院は世界各国から優秀な人材が集まる場所だと、改めて実感する。
校長室の扉をノックする。
「入りなさい」
ヴァルト校長とガルガ副議長が待ち構えていた。
ガルガ副議長……ルミナスと同じで、王が自由過ぎるがあまり、周囲の優秀な人間が色々サポートしているのかもしれない。
「どうぞ、お掛け下さい」
校長に促され、四人並んで椅子に腰を下ろす。
ガルガ副議長が資料を広げる。
「クラス編成テストについて説明する」
学院は完全実力主義。座学三十六科目と実技試験を全てクリアすれば卒業できる無学年制だが、最初に受けるクラス編成テストで大まかな実力を測り、適切なクラスFからAのクラスに振り分けられる。
基本Aクラスだけが受験できる試験を合格できれば晴れて卒業らしい。
また、月に一度クラス再編テストを実施しているらしい。それが明日行われるため、それに俺たちも参加する予定らしいのだが…。
「通常は学生同士で実戦形式の対戦を行うのだが……」
ガルガ副議長が腕を組む。
「君たちの実力は、他の生徒では相手にならないだろう。一方的な試合になってしまう」
どうなんだろう。物心ついたころから大人に混じって訓練を続けていたので一般的な基準が分からない。しいて言えば横にいるセバスチャンくらいか。
しかし言われてみると、炎獄の迷宮を踏破し、イグニスの信頼を勝ち取った四人だ。
通常の学生では相手にならないのかもしれない。
「では、教官との対戦を?」
「その方向で検討中だ。Aランクの教官が適正だろう」
俺の問いをガルガ副議長が肯定する。
校長が立ち上がる。
「詳細は明日の朝に伝えます。今日のところは学院内を見学して回ってください」
俺たちは校長室を後にし、中庭へ向かう。
石畳の道、整備された花壇、その奥に広大な訓練場が見える。
訓練場では既に何人もの学生が剣を振るい、魔法を放っている。
その時だ。
「おや、可愛い子がいるじゃないか」
背後から声がかかる。
振り返ると、豪華な制服を着た青年が立っていた。
胸元にはエリュシアの紋章。金髪碧眼で、何より見るからに傲慢さが滲んでいる。あ、俺こいつ無理だ。ウザ男と名付ける。
「君、名前は? この学院は初めて? 案内しようか」
お嬢様が苦笑しつつ軽く会釈してそのまま素通りしようとする。お嬢様お得意の”外行き用令嬢スマイル”だ。
だがウザ男は諦めない。
「おい、無視するなよ。せっかく声をかけてやったのに」
ウザ男が腕を掴もうと手を伸ばす。
俺は即座に介入し、ウザ男の手首を掴んで制止する。
「お嬢様に触れないでいただきたい」
ウザ男が鼻で笑う。
「使用人風情が。躾がなっていないな」
その目が、値踏みするようにお嬢様を見る。
「どうせこの女も貧乏貴族の娘だろう? ルミナス王国の。噂は聞いているぞ」
お嬢様の表情が変わる。
いつもの柔らかな微笑みが消え、冷たい光が瞳に宿る。
「聖女を詐称して、教会から追放されたんだってな。本来なら火あぶりだったらしいが」
周囲の学生たちが集まり始める。
ざわめきが広がる。
「女神降臨も、エルフを脅して魔法技術で偽装したんだろう?」
ウザ男が嘲笑を浮かべる。
俺の目が鋭くなる。
「その発言、撤回しろ」
「なぜ? 事実だろう。詐欺師の娘と、その薄汚い下僕」
ウザ男が一歩近づく。
「主人が詐欺師なら、使用人はゴミクズ以下だな」
あ、やばいかも。
—その瞬間、お嬢様の雰囲気が変わった。
「ちょっと待てやウザ男」
まさかの同じ命名。吹き出しそうになるのをこらえる。
「うちの悪口だったら全然笑って流せっけど、お前クラウに何言っちゃってんの?」
いつもは明るいお嬢様の声。それが今は氷よりも冷たい。
ウザ男がお嬢様の急変に一瞬たじろぐが、すぐに得意げに笑う。
「ふ、ふんっ図星過ぎて怒ったのか?」
「てかさ」
お嬢様がウザ男を見上げる。
その目には、一片の慈悲もない。
「お前マジでキモいんだけど」
あまりにも見事な火の玉ストレートに周囲がざわつく。
ウザ男の顔が強張る。
「最初っからナンパのフリして嫌がらせしたかっただけだろ? ダッサw 最初から喧嘩吹っ掛けてくればまだしもさ、そもそもあんた自分の顔鏡で見たことあるんですかー? よくそれで女の子に話しかけられんねw マジ勇者過ぎw」
一息であまりにも無慈悲な悪口を連ねるお嬢様に、オクタヴィア嬢が唖然としている。
「しかも教会の嘘真に受けちゃって頭まで悪いときてんのw 救いようなさ過ぎてマジウケるんだけど」
お嬢様が一歩前に出る。
「ルミぽ……ルミナ様本人に会ったこともないく—
「ちょ、まt
「せによく人から聞いただけの話でそこまで
「そ、そr
「偉そうに振る舞えるよねw マジ尊敬ですわw」
話す暇さえ与えられず、ウザ男の顔が怒りで赤くなるのが分かる。
「き、貴様……!」
「てかさ、お前絶対女の子にモテたことないっしょ?」
お嬢様が冷たい目で見下す。
その表情は、普段の優しいお嬢様とは別人だ。
「顔もダサいし、性格も最悪頭も悪い。金でしか女買えなさそう。近寄んないでくんない? マジで無理。生理的に無理。視界に入れたくないし入りたくもない」
周囲の学生たちが笑いを堪えている。
オクタヴィア嬢が小声で呟く。
「レティシア様……」
ウザ男が真っ赤になって拳を握る。
「貴様……貴様ァ……!」
だが、周囲の視線に気づいたのだろう。
ウザ男は何も言えず、逃げるように去っていく。
お嬢様が「ふん」と鼻を鳴らす。
「クラウ、大丈夫?」
いつもの優しい声に戻っている。
「……はい、お嬢様。ありがとうございます」
俺が静かに微笑むと、お嬢様は少し照れたように頬を染める。
「すげえ……」
「あのバカ貴族、完全に負けてたな。流石特別入学試験合格者…」
「レティシア様、かっこいい……」
周囲の学生たちが拍手する。
「間違ってもレティシア様には喧嘩は売らない方が賢明ですね…」
オクタヴィアが苦笑する。
まあそれはムダな心配だろう。お嬢様が本気で怒るのはいつだって自分以外のためだけだ。
翌日、クラス編成テスト。
学院の訓練場に全新入生が集合する。
数百人の学生が整列し、教官たちが壇上に立つ。
だが、俺たち四人だけは別のエリアに案内された。
「君たちは特別だからな」
教官が説明する。
訓練場の中央、特設の闘技場が用意されている。
観客席には他の学生たちが座り、興味津々の目で俺たちを見ている。
ヴァルト校長が壇上に立つ。
「これよりクラス編成テストを開始する」
校長の声が訓練場全体に響く。
「レティシア、オクタヴィア、クラウス、セバスチャンの対戦相手だが……」
その時、声が響いた。
「俺が相手をする」
全員が振り返る。
エリュシュアの貴族。昨日のウザ男だ。
観客席がざわつく。
「Sクラスのあいつが?」
Sクラス?
クラス編成はAまでじゃなかったのか?
「新入生相手に本気か」
教官たちが顔を見合わせている。
様子を見守っていたガルガ副議長が頷く。
「Sクラスか……ちょうどいいかもしれん」
「クラス編成はAクラスまでじゃないんですか?」
率直な疑問をガルガ副議長にぶつける。
「あぁ、卒業するだけならAクラスまでで十分なんだが、その上にSクラスが存在する」
「卒業…しないんですか?」
「特に貴族に多いのだが、Sクラスでの卒業が目的だ。それだけで冒険者ギルドのAランクに飛び級した状態で卒業することが出来る」
なるほど。本来であればクエストの達成など、ギルドの信頼を少しずつ積み重ねてランクアップするその工程を一気に、しかも安全に飛べる訳か。
「当然その分Sクラスに入るのも卒業するのも、Aとは比べ物にならないくらい難しい。だからこそ、Sクラスの彼なら、君たちの実力を測るのに適正だろう」
ウザ男が俺を指差す。
「お前と一対一で勝負だ。俺がSクラスの力を見せてやる」
その目には、明確な敵意がある。
昨日の屈辱を晴らすつもりなのだろうが、お嬢様でなく俺に喧嘩を売ったのは誉めてやろう。
俺は静かに頷く。
「承知しました」
お嬢様が俺を見る。
「クラウ、気を付けてね」
「はい、お嬢様」
校長が宣言する。
「では、クラウス対ウザオスティン・ビーレジェンドの対戦、これより開始する」
う、ウザオスティン……だと? 俺は闘技場の中央へ歩を進める。
ウザ男が向かい側に立つ。
その手には、魔力を纏った長剣。
観客席から熱気に包まれる。特別入学試験合格者とSクラスの対戦、見世物としては話題性十分だろう。
お嬢様に注意された通り気を付けなくてはならない。
校長が手を挙げる。
「……始め!」
次の瞬間、ルシアンが駆け出す。
速い。Sクラスの名は伊達ではないようだ。
「貰った! 馬鹿な主人に仕えた自分を呪うが——
「うるさいよお前」
拳一閃、ウザ男は闘技場の端まで吹っ飛んだ。
まずい、お嬢様にやり過ぎないように言われたのだが…。まぁあいつが悪いから仕方ない。
「……しょ、勝者、クラウス」
校長が静かに告げると、一拍遅れて歓声が爆発した。




