表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第四章 灼熱の試練

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/63

第六十一話 炎獄の迷宮③

 守護龍イグニスの導きに従い、俺たちは卵の後方にある溶岩の湖へと向かう。


 足元の岩盤が次第に傾斜し、視界が開ける。眼下に広がるのは、直径百メートルを超える巨大な溶岩湖だ。赤々とした光が洞窟全体を照らし出し、不規則に噴き上がる溶岩の飛沫が空中で火花を散らす。


 灼熱の空気が肺に突き刺さる。


 呼吸するだけで喉が焼けるような熱気だ。お嬢様のバフがなければ、ここに立っているだけで意識を失っているだろう。


 湖の周囲には、まだ新しい焼け跡が点在している。岩盤が溶け、冷え固まった痕跡だ。恐らくイグニスが侵入者を追い払った時のものだろうか。


 そして、湖の奥——岩壁に何かが見える。


「……あれは」


 俺は目を凝らす。


 岩盤に刻まれた複雑な魔法陣。幾何学模様が幾重にも重なり、中心に転移魔法特有の六芒星が浮かび上がっている。


 セバスチャンが目を細める。


「転移魔法陣……こんな場所に」


 俺は岩壁へ近づき、魔法陣の紋様を仔細に観察する。


 この配置、この術式構成——見覚えがある。


「この紋様……教会のものでは」


 ルミナス王国でルーカス大司教から転移魔法陣の解析資料を受け取った時、そこに記載されていた術式と酷似している。いや、ほぼ同一だ。


 オクタヴィア嬢が息を呑む。


「まさか……教会が守護龍を襲ったんですの? 一体目的は…」


 仮に教会の仕業だとしても、わざわざ危険を冒してまで他国に侵入し、心核を奪い幼龍の孵化を妨げる理由が見当たらない。


 しかし、今は詮索している余裕はない。心核を取り戻すことが先決だ。


 後方からイグニスが大きく息を吸い込む音が響く。


「下がれ、人の子らよ」


 俺たちは咄嗟に後方へ跳躍する。


 次の瞬間——紅蓮のブレスが溶岩湖を直撃した。


 轟音。


 炎の奔流が湖面を叩き、溶岩が左右に割れていく。まるで旧約聖書のモーゼが紅海を割ったかのように、灼熱の液体が両側へ押しやられ、湖底が露わになっていく。


 湖底の岩盤——その中央に、紅く輝く球体が鎮座していた。


 おそらくあれが”心核”だろう。


 拳大の宝珠が、脈動するように光を放っている。


「すまんがそう長くはもたん!」


 イグニスの叫びが背後から響く。


 すでにブレスの勢いが弱まり始めている。この状態ではイグニスの言う通り時間はなさそうだ。


 動く前に相談すべき、とも思うがそれだけ我々を信頼してくれたとポジティブに受け取っておこう。

 

 お嬢様が杖を掲げる。


「全員全マシマシ! 多め硬めー!」


 光がお嬢様以外の三人を包み込む。


 身体が羽根のように軽くなり、魔力が全身を駆け巡る。筋力、速度、防御力——すべてが跳ね上がる感覚だ。さらに耐熱バフも重ねがけされ、灼熱の空気が幾分か和らぐ。


 だが、それでも足りない。


 溶岩の温度は千度を超える。直接触れれば、バフがあろうと一瞬で肉が焼け焦げる。


 オクタヴィア嬢が大剣ルミナス・ヴァルキリアを構える。


「セバスチャン、クラウス殿、乗ってください!」


「え?」


「乗れー、ですの!」


 セバスチャンと俺は一瞬顔を見合わせるが、今は考えている余裕はない。


 俺たちは大剣の刀身に飛び乗る。


 幅広の刀身が辛うじて二人分の足場になっている。バランスを取りながら、俺とセバスチャンは互いの肩を掴み合う。


 気のせいかセバスチャンの顔が赤い気がするが、きっと熱気のせいだろう。


 オクタヴィア嬢が渾身の力で腰を捻る。


「はああああああ!」


 オクタヴィア嬢の大剣が唸りを上げて振り抜かれる。


 凄まじい遠心力が俺たち二人を襲う。


 視界が回転し、次の瞬間——俺たちの身体が宙を舞っていた。


 まるで投石器で放たれた石のように、物理法則を無視し空中を一直線に飛んでいく。風切り音が耳を劈く。眼下には溶岩湖が広がり、その中央に心核が見える。


 空中でセバスチャンが俺の腕を掴む。


「クラウス殿!」


「任せろ!」


 セバスチャンが俺の腕を引き、自身の全体重を乗せ、さらに俺を心核へ向かって投げ飛ばす。


 まるでロケットの二段推進のように、俺の速度が更に上がる。


 影魔法を足裏に集中し、空気を蹴って加速する。


 心核が目前に迫る。


 手を伸ばす——指先が球体に触れた。


 ガシッ


「取ったぞ!」


 掌に心核の重みが乗る。


 だが次の瞬間、轟音と共に溶岩が閉じ始めた。


 左右に押しやられていた灼熱の液体が、重力に引かれて中央へ戻ってくる。


「クラウス様!」


「クラウ!」


「急げ、人間!」


 守護龍のブレスが限界を迎えている。


 溶岩の壁が左右から迫る。


 俺は影魔法で湖底を蹴る。一歩、また一歩。だが足場がない。空中では加速に限界がある。


 熱気が肌を焼く。


 服の裾が焦げ、煙を上げ始める。バフがあっても、溶岩の熱量は凄まじい。


 溶岩が背後に迫る。


 赤々とした波が、まるで生き物のように這い寄ってくる。


「くっ……!」


 全身の魔力を足に集中する。


 最後の跳躍——!


 「とどけぇぇぇぇえええ!」


 影魔法で空気を思い切り蹴り飛ばし、岸へ向かって全力で跳ぶ。


 溶岩が完全に閉じる寸前、俺の身体が岸の岩盤へ転がり込む。


 ギリギリ、間に合った。


「ハァ……ハァ……」


 荒い息をつきながら、俺は仰向けに倒れ込む。


 服の裾が黒く焦げ、靴底が溶けかけている。あと一瞬遅ければ、溶岩に飲まれていた。


 珍しく焦った様子のお嬢様が俺に駆け寄って来て、俺の胸に飛び込んでくる。


 旦那様に目撃されたら大変なことになるシーンだ


「クラウ! 大丈夫!?」


「……ええ、余裕です」


 お嬢様の顔が至近距離にある。


 普段なら即座に距離を取るところだが、今は身体が動かない。全魔力を使い果たし、指一本動かすのも億劫だ。


 セバスチャンが安堵の表情で近づいてくる。


「無茶をする……」


 オクタヴィア嬢も胸を撫で下ろす。


「間に合ってよかったですわ……」


 俺は力を振り絞り上体を起こして、握りしめた”心核”をお嬢様に手渡す。


 拳大の紅い宝珠が、脈動するように光を放っている。表面には複雑な魔法陣が浮かび上がり、内部で炎のような何かが渦巻いている。


 お嬢様が優しい笑みを浮かそれをイグニスに手渡す。


「はい♪ イグっちゃんどうぞ!」


 イグニスが鼻先で心核を受け取り、深く頭を下げる。


「……感謝する。お前たちのような人間がいるとは思わなんだ」


 巨大な龍の声が、洞窟全体に静かに響く。


「我が一族は長きにわたり孤独だった。人間は恐れ、忌避し、時に攻撃してきた」


 イグニスの瞳が遠くを見つめる。


「だが、お前たちは違った。我が子を救うため、命を賭けてくれた」


 守護龍の瞳に、涙が光る。


 数千年を生きる古龍が、人間に感謝の涙を流している。


「ありがとう……本当に、ありがとう」


 お嬢様がニコッと笑う。


「そんな固いこと言いっこなしっしょ☆ 困ってる人——じゃなくて龍がいたら助けるの当たり前だし」


 イグニスが心核を卵の傍に置く。


 すると——心核が宙に浮き、卵へ向かってゆっくりと近づいていく。まるで磁石に引き寄せられるように、心核が卵の表面に触れた。


 次の瞬間、心核が卵に吸い込まれていく。


 眩い光が洞窟全体を照らし出す。


 光が卵を包み込み、卵全体が脈動するように輝き始める。表面に浮かび上がった魔法陣が次々と点灯し、内部から生命の鼓動が伝わってくる。


 ピキ……ピキピキ……


 亀裂が走る。


「孵る……!」


 イグニスが息を呑む。


 巨大な龍の瞳が、期待と不安に揺れている。


 卵の殻がゆっくりと割れていく。


 光の隙間から、小さな鳴き声が漏れる。


「ぴゅい!」


 紅い小さな龍が顔を出す。


 全長五十センチほど。つぶらな瞳。小さな翼。羽ばたくというより震わせている程度の動きなのに宙に浮いている。


 頭部には小さな角が生え始めており、背中には柔らかそうな鱗が並んでいる。


 イグニスが優しく鼻先で幼龍を撫でる。


 幼龍が嬉しそうに鳴く。


「ぴゅいぴゅい♪」


 お嬢様が目を輝かせる。


「尊い……☆」


 幼龍がお嬢様を見て、首を傾げる。


「ぴゅ?」


 そして、フラフラとお嬢様に近づいてくる。


 まだ飛び方も覚束ず、ゆっくりと、しかし尻尾をぶんぶん振りながら、お嬢様の元までたどり着く。


 お嬢様がしゃがみ込むと、幼龍がお嬢様の胸に飛び込む。


「ぴゅい♪」


「うはw」


 お嬢様が幸せそうに幼龍の鱗を撫でる。


 幼龍は目を細め、喉を鳴らす。まるで猫のように。


 イグニスが静かに微笑む。


「我が子よ……よくぞ無事に生まれてきてくれた」


 新たな命の誕生。


 炎獄の迷宮に、温かな空気が流れる。


 オクタヴィア嬢が感極まった表情で幼龍を見つめている。


「なんと……なんと美しい……」


 セバスチャンも珍しく表情を緩めている。


「これほど小さな龍を見るのは初めてです」


 俺も思わず口元が緩む。


 こんな小さな命を守るため、イグニスは必死に戦っていたのだ。やはり母は強い、ということだろう。






 ………全員本来の目的忘れてない?

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ