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とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第四章 灼熱の試練

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第六十話 炎獄の迷宮②

 お嬢様が杖をしまい守護龍に向かって向き直り、”敵意はない”と両手を広げて微笑む。


 その様子を見て俺は思わず額を押さえる。また始まった。


 警戒感を顕わに守護龍が低く唸る。


「我の願いは貴様らがこの場から立ち去ること。それだけだ…さっさと立ち去れ!」


 その声には明確な拒絶があった。


 だが、お嬢様は構わず一歩前へ出る。


「無理! だって絶対に困ってるでしょ?」


 …え?


 俺とセバスチャン、オクタヴィア嬢が同時に困惑した表情を浮かべる。


 守護龍も明らかに面食らった様子で、瞬きを繰り返す。


「...な、何を言っている、人間よ」


「だってさ」


 お嬢様がゆっくりと龍へ近づく。


 俺は慌てて前へ出ようとするが、お嬢様が手のひらで制した。


「卵を守るだけでそんな殺気立たないでしょ? これからママになるっていうのにそんな怖い顔にならないでしょ」


 自然界はそんな甘いものではない、とお嬢様に伝えたい。外敵は多いだろう。


「え? いや、我に雌雄の概念はなくてだな…」


 なんか見当違いの部分で龍が動揺している。


「ねぇ、何か困ってることない? 手伝えることあったら言って」


 人の話も龍の話も聞こうとしない、お嬢様の真っ直ぐな瞳が龍を見据える。


 溶岩の熱気が肌を焼く中、お嬢様だけが涼しい顔で立っている。いや、額に汗が滲んでいるが、それでも一歩も引かない。


 守護龍が長い沈黙の後、ゆっくりと警戒を緩めた。


「...人間が、我を助ける、だと?」


 荒い息遣いが岩盤に反響する。


 だが、その声には先ほどまでの殺気こそ薄れていたが、強い怒りが感じ取れた。


「自分達で"心核"を持ち出そうとしておきながら、よくもぬけぬけと!」


 心核?


 俺は眉をひそめた。ガルガ副議長の講義資料に、その単語は無かった。


 お嬢様が優しく微笑む。


「大丈夫、あなたも分かってるでしょ? あなたの大切なものを持ち出そうとしたのが私達ではない、ということを」


 守護龍の巨大な瞳が揺れる。


 紅蓮の鱗が僅かに震え、翼が畳まれる。


 やがて、ゆっくりと口を開いた。



「すまなかった人の子よ...主の言う通りだ。…実は我が子が、孵化寸前なのだ」



 守護龍の声が、岩盤に静かに響く。


「だが...生まれて来るには”火山の心核”が必要になる」


 俺は卵を見た。


 真っ白な殻が、微かに脈動している。生命の鼓動が、確かにそこにある。


「...何者かが我が卵を狙い、当然守ろうと応戦した我の隙をつき、”心核”を持ち出されてしまった。狙いは最初から”心核”だったのだろう」


 守護龍が、自らの後方に広がる溶岩の湖を見下ろす。


「ブレスでなんとか侵入者が持ち出すことは防げたが、その拍子に奴らの手から落ちた”心核”が深いマグマだまりに沈んでしまった…。我ならば取りにいけない事もないが、僅かでも卵の元を離れてしまえばこの卵は孵らぬ…」


 ドラガ王やロートニア王にも引けを取らない守護龍に喧嘩を売る人間……一体どこのどいつらだ? このタイミングで、非常に迷惑な話だ。


 それにしても絶望的な状況である。


 卵を守るために魔力を注ぎ続ければ心核を取り戻せない。心核を取り戻しに行けば卵が孵らぬ。


 八方塞がり……だった。先程までは―—。


 この守護龍は運が良い。このタイミングでお嬢様と出会えるたのだから。


「取ってくる!」


 まぁお嬢様ならそう言いますわな。


「な!? む、無理だ人間には」


「大丈夫! 何とかなるって! だってうちら人間だもん」


 お嬢様のまったく根拠のない自信。

 

 いつものことではあるが、結局なんとかなってしまうのもまた事実。


 守護龍が驚愕の表情を浮かべる。


「人間よ...本気か? 無理だ、死ぬぞ。溶岩の温度は千度を超える。貴様らの魔法防御では、数秒と持たぬ」


「やってみなきゃ分かんないじゃん! それに、うちらじゃないとはいっても人間のケツは人間で拭くよw」


 お嬢様の真っ直ぐな瞳が、守護龍の心を射抜く。


 守護龍が言葉を失う。


 数秒の沈黙の後、巨大な頭がゆっくりと下げられた。


「...頼む。お主らを同じ人間というだけで先程の奴らと重ね敵視し、あまつさえ手を出したにも関わらずその親切…。都合が良いのは百も承知、どうか手を貸してほしい」


 誇り高き生物の代表格ともいえる龍が、人間に頭を下げた。


 きっと二度とこんな経験をすることはないだろう。


 お嬢様がニコッと笑う。


「固いこと言いっこなしっしょ☆ 気にすんなし」


 恐らく、すでにお嬢様の中には”特別入学試験”のことなど存在しないことだろう。


 困っている者を見過ごせない、ただそれだけのこと。自分のことは二の次三の次。……これだからお嬢様の執事はやめられない。


 オクタヴィア嬢もセバスチャンも苦笑いを浮かべつつも、すでに覚悟を決めている。


「であるならば、我が”心核”までの道を切り開く。現在力の殆どを我が子に与えており、僅かな時間しか作れないのが申し訳ないが…」


 どうやって道を切り開くというのか、想像も付かない。


 端からお嬢様二人に任せる選択肢はないので、俺かセバスチャンのどちらかという事になるが、そこはスピードに勝る俺が対応すべきだろう。


 ということで俺が返答する。


「いや、お嬢様がそう望んでおられるので、守護龍殿は気にする必要はない」


「イグニス…我は守護龍イグニス。この地を守る龍である。…人間の友人らよ、主らであれば名で呼んでくれて構わない」


 なんか知らないが、お嬢様のせいで全員龍と友達になった。

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