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とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第四章 灼熱の試練

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第五十七話 試験対策

 翌日、俺たちはガルガ副議長に朝から学院の図書館に呼び出された。


 広大な図書館の中央に、大きな円卓が用意されている。


 そしてその周りには、ドラガ王、ロートニア王、そしてガルガ副議長の三人が待ち構えていた。


「おっはよーございます☆」


 お嬢様が明るく挨拶すると、ガルガ副議長が無表情のまま円卓の椅子を指し示す。


「おはようございます。それでは早速座ってください。これから長くなりますので」


 俺たちは促されるまま席につく。


 ロートニア王が机の上に積まれた大量の資料を見て、微かに表情を曇らせたような気がした。


「まず学科試験についてです」


 ガルガ副議長が淡々と説明を始める。


「範囲は、この世界の成り立ちやルクシオン建国の歴史、火山地帯特有のモンスター生態学、高度な魔法力学、戦術理論、そして古代文明などについてです」


 オクタヴィア嬢が目を輝かせている。


「面白そうですわ!」


「制限時間は二時間、合格ラインは八十点以上」


 それでもオクタヴィア嬢の表情は変わらない。勉強が好きなのだろうか…うちのお嬢様に爪の垢を煎じて飲ませたい。


「次に実技試験ですが」


 ガルガ副議長の視線が俺たちを順に見る。


「四人での受験のため、パーティー戦闘形式となります。対戦相手はAランクの教官四名。主な評価基準は戦闘技術、判断力、チームワーク、そして諦めない心です」


「まぁ古代神殿をクリアしたお前たちなら、問題ないだろう」


 ドラガ王が自信ありげに頷く。


「そして最後がダンジョン試験だ」


 ロートニア王が重々しい口調で続ける。


「炎獄の迷宮の最奥に到達し、守護者を討伐し、宝珠を持ち帰る。制限時間は三日間」


 空気が張り詰める。


「過去、学科と実技をクリアした者は何名かいる」


 ロートニア王の表情が真剣なものに変わる。


「だが、ダンジョンをクリアした者は...ゼロだ」


 お嬢様が身を乗り出す。


「ゼロ…それは熱い展開……」


「ああ。俺とロトも学生時代にはクリアできなかった」


 ドラガ王の言葉に、俺は改めてこの試験の難易度を理解する。


 それから一時間以上、ガルガ副議長がダンジョンの危険性について詳細に説明した。


 溶岩の流れるルート、毒ガスの充満する区域、Bランク以上のモンスターが徘徊する危険地帯。


 過去の失敗例も具体的に語られる。


 溶岩に飲まれた者、毒ガスで全滅した組、モンスターの群れに囲まれて帰らぬ人となった冒険者たち。


 準備すべき物資、注意すべきポイント、過去のパーティーが犯した致命的なミス。


 全てが命に関わる情報だった。


 説明が一段落すると、俺は違和感を覚えた。


「副議長殿」


「どうしたクラウス?」


 ガルガ副議長が俺を見る。


「ダンジョン試験が極めて困難なのは十分理解しました。ですが、それにしても学科と実技の説明が軽すぎませんか?」


 オクタヴィアとセバスチャンも頷く。


 実技については「古代神殿をクリアした」というのが、最低限の戦力の目安になるということで理解は出来るが、学科に至っては範囲と合格ラインを告げられただけだった。


 ガルガ副議長の表情が、微かに変化する。


 これは...笑みだろうか。それにしてはこの背筋が凍りそうな不気味な感じは一体…。


「実技について心配する必要はありません。古代神殿をクリアした君たちなら、教官相手でも十分戦えるでしょう」


 静かな声だが、確信に満ちている。


「では、学科は...」


 俺の問いに、ガルガ副議長がはっきりと答えた。


「問題ありません。合格基準に達するまで、誰もこの部屋から一歩も出すつもりはありませんから」


 一瞬、時が止まる。


 ドラガ王とロートニア王が、同時に立ち上がった。


「ガハハ!それじゃあ、頑張れ若者たちよ!」


「おっさん二人は久しぶりに飲み明かすぞ!」


 二人が足早に扉へ向かう。


 その瞬間――


 突如、二人の背後にガルガ副議長の気配が現れた。


 母さんの忍術にも似た、完璧な気配遮断と抜き足による移動。


 まったく動きを捉えられなかった。


「"誰も"逃がさない、と言ったはずです。兄上、議長」


 冷たく、静かな声。


 ドラガ王とロートニア王の顔が青ざめる。


「ガルガ...まさか」


「学生の頃、叩き込めなかった知識を今ここで補完していただきます」


 ガルガ副議長が二人の肩に手を置く。


 まるで、今回こそは逃がさないという決意が伝わってくる気がする。


「ちょ、ちょっと待て!俺はもう王だぞ!」


「お、俺も議長で国王だ!国政が!ギルドの運営が!」


 二人が必死に抵抗する。


 だが、ガルガ副議長は容赦なく二人を円卓へ引きずり戻した。


「知識は力です。力なき王に、民は従いません」


 ガルガ副議長が椅子を引く。


「さあ、座ってください」


 その声には、有無を言わせぬ迫力があった。


 お嬢様が俺の袖を引く。


「クラウ...これって...」


「...ええ」


 俺は小さく頷いた。


「(お嬢様と王二人にとって)地獄の始まりです」


 そこからは、本当に地獄だった。


 ガルガ副議長が用意した教材の山が、円卓の上に積み上げられる。


「まずはルクシオン建国史からです」


 淡々と講義が始まる。


 最初の一時間は、全員が真面目に聞いていた。


 だが、二時間を過ぎた頃。


 ドラガ王が窓の外を見ながら、ゆっくりと立ち上がった。


「...トイレに」


「先ほど行ったはずです、兄上」


 ガルガ副議長が一瞬で王の前に立ちはだかる。


「座ってください」


「いや、さっきのは小で、今度は大が...」


「では、私もご一緒しましょう」


「...いや、そこまでは」


 ドラガ王が諦めて席に戻る。


 三時間が経過した頃、ロートニア王が教科書を閉じた。


「ガルガ、申し訳ないが急用を思い出した。どうしても今日中に処理しなければならない書類が...」


「グレゴール卿に連絡しておきました。今日は陛下の予定を全て空けてあると」


 ガルガ副議長が即座に返す。


「...お前、いつの間に」


「準備は怠りません」


 完璧だ。


 まるで親父を見ているようだ。


 いや、ある意味では親父以上かもしれない。こういう用意周到な人間が一番怖い。


 四時間が経過。


 お嬢様の頭がゆっくりと傾いていく。


 コクリ、コクリと。


「レティシア様」


 ガルガ副議長が優しく声をかける。


 お嬢様がハッと目を覚ます。


「は、はい!はいはい!!」


「では、今説明した火山性モンスターの生態について、簡潔にまとめてください」


「え、えっと...」


 お嬢様が慌てて教科書をめくる。


 だが、寝ている間の説明など覚えているはずもない。


「...まだ理解が不十分なようですね。では、もう一度最初から説明しましょう」


「うぅ...」


 お嬢様が机に突っ伏す。


 五時間が経過した頃には、オクタヴィアとセバスチャン、そして俺が小テストで合格基準に達した。


「では、三人にはお手伝いをお願いします」


 ガルガ副議長が俺たちを見る。


「兄上とロト議長、レティシア様の学習サポートです」


 つまり、監視役ということだ。


 俺はドラガ王を、セバスチャンがロートニア王を、オクタヴィアがお嬢様を担当することになった。


「...クラウス、頼む…見逃してくれ…」


 ドラガ王が真剣な表情で俺に頼む。


「弟は本気だ。俺が逃げようとすれば、容赦なく追いかけてくる」


「承知しました。では勉強を続けましょう」


 俺のその言葉に全てを悟ったドラガ王は静かに勉強を始めた。どうせ逃げられないのであれば身に付けた方が余程いいだろう。


 それから更に数時間、図書館は異様な緊張感に包まれた。


 この期に及んで隙を見て窓へ向かおうとするドラガ王を俺が阻み、本棚の影に隠れようとするロートニア王をセバスチャンが見つけ出す。


 教科書を開いたまま眠りの世界へ旅立とうとするお嬢様を、オクタヴィアが必死に揺り起こす。


 その全てを、ガルガ副議長が冷静に見守っている。


「兄上、魔法力学の基礎を忘れているようですね。もう一度、第一章から」


「か、勘弁してくれ...」


 ドラガ王が机に突っ伏す。


 だが、ガルガ副議長は容赦しない。


「王たる者、常に学び続けなければなりません」


 その言葉に、ドラガ王は何も言い返せなかった。


 夜になっても、講義は続く。


 図書館に灯りが灯り、それでも終わる気配はない。


 ロートニア王が何度目かの脱出を試みる。


「ガルガ!このままでは本当に国が回らなくなるぞ!」


「グレゴール卿が全て対応すると申しておりました」


「グレゴールめ...! なんて優秀な奴なんだ!」


 ロートニア王が悔しそうに歯噛みする。


 お嬢様は何度も何度も眠りから叩き起こされ、目の下に隈ができている。


「オクタヴィア...もう無理...パパが川の向こうから手を振ってるよ…」


「レティシア様、レオン伯爵はまだご存命です!!」


 オクタヴィアが必死にお嬢様を励ます。

 

 その後、仮眠や食事休憩を何度か挟みつつ、試験前日の十八時を過ぎた頃、ようやく全員が合格基準に達した。


 ドラガ王もロートニア王も、ぐったりと机に突っ伏している。


 お嬢様は椅子の上で完全に意識を失っている。


「これで全員、合格基準に達しましたね」


 ガルガ副議長が満足そうに頷く。


 その表情には、一切の疲労が見えない。


 化け物かこの人は。


「明日は朝一で学科試験が実施されます。今日は十分な休息を取ってください」


 淡々とした声が図書館に響く。


 ドラガ王が弱々しく、顔を上げる。


「...ガルガ、お前は鬼か」


「兄上こそ、王でありながら基礎知識が抜け落ちすぎです」


 ガルガ副議長が無表情で返す。


 ロートニア王も力なく笑った。


「まさか、王になってから学生時代より厳しい講義を受けることになるとはな...」


「ロト議長も同様です。冒険者たちの模範たる存在が、知識で劣っていては示しがつきません」


 容赦ない。本当に容赦ない。


 お嬢様を抱きかかえて立ち上がる。


 完全に眠っている。


 よほど疲れたのだろう、普段なら絶対に起きるような揺れでも、微動だにしない。


「レティシアは特に頑張った。短時間ではあったが、元々知識を得る喜びを知っていたことが大きかった」


 ガルガ副議長が珍しく柔らかい表情を浮かべる。


「途中から”やらされている”学びから脱却し、自分から知識を求めていたね」


 俺は静かに頷く。


 お嬢様の強さは、こういうところにある。


 自分や周囲にとってプラスに働くと分かった瞬間、それを苦労と感じなくなるのだろう。


 それが今回の試験勉強では歴史問題は別にしても、魔法やモンスターの生態に関することに関して、これからの冒険に役立つ知識と判断したのか途中から物凄い勢いで効率が上がっていった。


 実にお嬢様らしい。



 いよいよ明日、特別入学試験が始まる。

R8.2.2、大幅に改修しました。

体調不良の中無理矢理アップしてしまった為、いつにもまして分かりにくい仕上がりになっておりました。


読んでくださっている皆様には大変ご迷惑おかけしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いします。

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