第五十六話 黒歴史
校門を抜けると、目の前に広大な訓練場が広がっていた。
黒い火山岩で舗装された地面、そこかしこに設置された障害物、遠くには魔法の的らしきものが浮遊している。
訓練場の脇には数十人の生徒たちが集まり、剣を振るったり魔法を撃ち合ったりしている。
「おい、見ろよ。議長だ」
「マジか!あのロートニア議長が!」
「直接会えるなんて!」
生徒たちが一斉に視線を向け、ざわめき始める。
ロートニア王が生徒たちの視線に気付き軽く手を振ると、さらに歓声が大きくなる。
お嬢様が興奮した様子で周囲を見渡す。
「ヤバすぎ!学校というより訓練施設じゃん!」
「ここでお前たちも鍛えられることになる」
ロートニア王が振り返り、さらに言葉を続ける。
「特別入学試験に合格すれば、な?」
オクタヴィア嬢が背中の大剣を担ぎ直す。
「必ず合格してみせます。わたくし達ならなんら問題ありませんわ」
セバスチャンも無言で頷く。
「よーし、じゃあ校長室までの道すがら簡単に施設を案内してやる」
一切怯むことない我々の様子を満足げに眺め、王はズカズカと慣れた様子で進んでいく。
まず教室棟。
階段状に座席が並ぶ大講堂では、魔法理論や戦術論、モンスターの生態などを学ぶという。
「知識は冒険者にとって武器」とロートニア王が雄弁に語っている。レオン伯爵から聞いている話だと”本能”だけで生きているイメージだったのだが…。
次に実技訓練場。
天井の高い広々とした空間で、元Aランク以上の現役冒険者である教官たちが、生徒たちに容赦ない指導を行っている。
組手を見せる教官の動きには一切の無駄がない。
冒険者は常に死と隣り合わせだ。訓練もその覚悟で臨まなければならないと、ロートニア王が厳しく遅くする。
図書館では、天井まで届く本棚が何列も並び、古代魔法から最新戦術論まで膨大な知識が集まっている。
オクタヴィア嬢が目を輝かせて「読んでも宜しいんですか?」と尋ねると、ロートニア王は笑って「試験に合格してからな」と答えた。
……ちなみに我が家のお嬢様はあまり読書には興味をそそられないようだ。お嬢様は行動派なのである…。
その後、寮、食堂、トレーニングルームなど、一通りの施設の見学を終え、残すは”校長”と”ダンジョン”だけとなる。
「さて、じゃあいよいよ校長に挨拶だ。いくぞ」
ロートニア王が校舎の中央、一際大きな建物へと向かう。
扉には『校長室』と刻まれた銘板が掛かっている。
ロートニア王がノックする。気のせいか若干緊張している様に見える。
「入りたまえ」
落ち着いた声が室内から響く。
扉を開けると、広々とした執務室が現れた。
壁一面に本棚が並び、奥の大きな机の前に一人の老人が座っている。
白髪で筋骨隆々、七十歳とは思えない体格。
温和な笑みを浮かべているが、その瞳の奥には底知れない力が潜んでいる。
「これはこれは、ロト議長。ご無沙汰しております」
老人——ヴァルト・フレイムハート校長が立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「校長、久しぶりです」
ロートニア王も礼を返す。初めて敬語で話すロートニア王を見たかもしれない。
ヴァルト校長の視線が俺たちへ向けられる。
「こちらが今回の特別入学試験の受験者ですな」
「はい。ルミナス王国から参りました。レティシア・リオネール、オクタヴィア・サウザード、それぞれの従者のクラウス・ハートレイ、セバスチャン・グレイです」
ロートニア王が一人ずつ紹介する。
「よくお越しくださいました。私が校長のヴァルト・フレイムハートです」
ヴァルト校長が穏やかに微笑むと、改めてロートニア王に視線を戻す。
「長い学園の歴史でも類を見ないほどの逸話をお持ちの方が、よくもこんなにご立派に...」
校長が感無量、といった表情でロートニア王を見る。
ロートニア王の顔が微かに引きつる。
「こ、校長、それは...」
「いやはや、懐かしいですなぁ」
ヴァルト校長の目が愉快そうに細められる。
「懐かしきロト議長の若かりし頃...」
校長がゆっくりと語り始める。
「貴方には最後まで”魔法理論”も”戦術論”も理解させられませんでしたな」
「こ、校長!」
吹き出しそうになるのを、親父との辛い修行を思い出しなんとか耐える。
「初めてのダンジョン実習では、教師の助言を無視して道に迷い、丸一日さまよっておられましたな」
「ちょ、それは...!」
この男……さっきの発言は失敗から学んだ教訓か……。
「夜の校舎で窓ガラスを割って回り、翌朝全校生徒の前で土下座されたことも」
「校長、どうか勘弁してください!」
ロートニア王が珍しく敬語で懇願する。
お嬢様が肩を震わせている。
オクタヴィア嬢が必死に笑いを堪えている。
セバスチャンは無表情を保っているが、口元が微かに緩んでいる。
「あぁ、そういえば図書室の貴重な本を枕にした上涎まみれにして、司書長に3日間追い掛け回されたこともありましたなぁ…」
「校長ぉぉぉ! もう勘弁してください!」
ロートニア王が顔を真っ赤にして校長室から飛び出していく。
静寂。
次の瞬間、お嬢様が大爆笑した。
「あははははは! ロトっちだせぇ!」
オクタヴィア嬢も堪えきれず笑い出し、セバスチャンも肩を震わせている。
あのロートニア王にそんな黒歴史があったとは。それにしても伏線の回収が早い。
ヴァルト校長が穏やかに微笑む。
「ふふ、若い頃は誰しも過ちを犯すものです」
笑いが収まると、校長の表情が真剣なものへと変わる。
「...しかし、ドラガ王にしても、議長も副議長も本当に素晴らしい生徒たちでした」
校長の声に、深い敬意が込められている。
「どんな困難でも常に前を見て、天才的な戦闘センスで打開する」
当時を振り返るかのように、ヴァルト校長が窓の外の生徒たちを見つめている。
「そして何より、周りを気遣う優しさと仲間を守る強い心を持っておられた。私の自慢の生徒たちです」
俺たち全員、ヴァルド校長の言葉に頷く。
……そこは今でも変わらない部分だろう。だからこそ二人とも国民や冒険者から圧倒的な人気を集めているのだ。
「ロト議長は歴代最短八ヶ月、ドラガ陛下は十ヶ月で卒業されました。お二方のご推薦なら、期待せずにはいられません」
校長の視線が俺たちへ向けられる。
「ですが、特別入学試験は過酷です。命を落とす可能性もある」
お嬢様が一歩前へ出る。
「必ず全員で合格します!」
お嬢様の声には一切の迷いがない。
ヴァルト校長がゆっくりと頷く。
「その決意、確かに受け取りました。試験は三日後です。それまでは自由に学院を見学されると良いでしょう」
「「「「ありがとうございました」」」」
俺たちは深く礼をして校長室を後にする。
それにしてもあの校長恐ろしい。齢七十を過ぎているはずだが、一切の隙が見当たらなかった。
まるで親父と同じ空間にいるような緊張感を感じるほどであった。
廊下に出ると、ロートニア王が壁に背を預けて気まずそうに立っていた。
「...忘れてくれ」
悪戯を見つかったような表情でロートニア王がこちらを見る。
俺たちは顔を見合わせて笑いを耐える。
「ロートニア陛下、私は貴方の国に生まれて本当に幸せです」
「…な///」
お嬢様、その不意打ちはちょっとズルい。
その後、しばらく校長が何を話したのか気にしていたロートニア王だったが、俺たちが口を割らないとわかるとすぐに肩をすくめて諦めた。
「ドラガ王に任せるべきだったな…それじゃあ最後に炎獄の迷宮入口を案内しよう」
ロートニア王が気を取り直し、歩き出す。
訓練場を抜け、さらに奥へ進むと、巨大な洞窟の入口が現れた。
熱気が漂い、奥からは微かに溶岩の流れる音が聞こえる。
「ここが炎獄の迷宮だ」
ロートニア王が立ち止まる。
「特別入学試験の第三段階で、お前たちはここに挑むことになる」
洞窟の奥から、恐ろしいほどの魔力が感じられる。
お嬢様が少し緊張した表情で入口を見つめる。
「三日以内に守護者を倒し、宝珠を持ち帰る。それが合格条件だ」
「守護者とは?」
セバスチャンが尋ねる。
「迷宮の最奥に眠る、古代の魔獣だ。Sランク相当の強さを持つと言われている」
ロートニア王の声が重い。
「ちなみに、俺とドラガ王は学生時代、結局この守護者を最後まで倒せなかった」
Sランク相当。
俺が今まで戦った中で、最強の敵になるだろう。
二人の伝説が最後まで倒せなかった魔獣…。これ無理じゃない?




