第五十四話 冒険者ギルド本部
翌朝、俺たちは王宮を後にし、街の中心部へ向かった。
オーガストの街並みは荒々しい。石造りの建物が無骨に立ち並び、鍛冶の音が響き渡る。火山由来の熱気が常に漂い汗が止まらない。
街を歩く者は皆、屈強な体躯をしている。角を持つ者も多く、威圧感が半端ではない。すれ違う度に、俺たちを値踏みするような視線が突き刺さる。
「チョリーッス☆」
その度お嬢様は、一切臆することなく軽く挨拶をする。むしろ注目を浴びて少し嬉しそうですらある。
「ルクシオンは実力至上主義です。弱い者は容赦なく淘汰される。私たちの力を見定めているのでしょう」
「うはw テンプレすぎるww」
お嬢様のワクワクが止まらない。
「レティシア様、言葉遣いが」
「あ、ごめんごめんw」
お嬢様がぺろっと舌を出す。
このメンバーでの旅も一か月以上経過、お嬢様自身かなり素が出てくるようになってきた。
最初はオクタヴィア嬢もセバスチャンも驚いていたが今では何事もなかったようにサラっと流すようになった。
オクタヴィア嬢とセバスチャンは周囲を警戒しながら歩いている。オクタヴィア嬢の背には大剣ルミナス・ヴァルキリアが担がれており、ルクシオンでもその異様な存在感に道行く冒険者たちの視線が集まる。
「あの剣...本物か?」
「装飾品じゃねえのか?」
ひそひそと囁く声が聞こえる。
やがて、街の中心に聳える巨大な建物が見えてきた。
あれば冒険者ギルドの本部だろう。流石に大きい。
ルミナスの支部とは比較にならない規模で、五階建ての石造りの建物は要塞のような威圧感を放っている。入口には冒険者ギルドの紋章——交差した剣と盾——が刻まれている。
中に入ると、広いロビーに数百人はいるだろう冒険者たちで賑わっていた。
依頼掲示板の前には人だかりができており、受付カウンターには長蛇の列ができている。酒場スペースでは昼間から酒を飲む者たちの喧騒が響く。
「活気やば! テンション上がるわぁ⤴」
お嬢様が目を輝かせる。
「ルミナスの王都の支部よりも遥かに大きいですね」
セバスチャンが冷静に分析する。
俺たちは受付カウンターへ向かった。
列に並ぶと、前にいた冒険者——傷だらけの顔をした獣人の男——が振り返った。
「お前ら...ルミナスから来た奴らか?」
「ええ」
俺は短く答える。
「ふーん。まあせいぜい頑張れよ」
獣人は興味なさそうに前を向いた。
やがて俺たちの順番が来る。
受付嬢——エルフの女性——が無表情で俺たちを見る。
「移動の手続きに参りました。これを」
俺は書類を差し出す。
受付嬢が書類を確認し、次に俺たちのギルドカードを手に取る。カードに魔力を流し込み、情報を読み取る。
その瞬間、受付嬢の目が見開かれた。
「あなたたち...まだEランクなのに、ゴーレム討伐と古代神殿攻略を成功させている!?」
受付嬢の声が大きくなり、周囲の冒険者たちの視線が一斉に俺たちへ向けられる。
一瞬周囲の冒険者の注目を浴びるが、すぐに元の喧騒に包まれる。
受付嬢が動揺を抑え、咳払いで場を収めようとする。
「えっと...移動届けは問題ありません。ルクシオン支部での活動を許可します」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
その時、冒険者の一団が俺たちを取り囲んだ。
リーダーらしき男——顔に十字の傷を持つオーガ——が俺を睨みつける。
「お前ら本当に強いのか? ルミナスの古代神殿攻略なんて、俺たちでも簡単じゃねえ。Eランクの新人が成功させたってのは信じられねえな」
挑発的な口調だ。
周囲の冒険者たちが興味深そうに様子を見ている。
俺は冷静に男を見据える。
「信じる信じないはそちらの自由です。俺たちはただ、ギルドの手続きを済ませに来ただけですから」
「おいおい、逃げんのか? ルクシオンじゃあ、実力を示さねえと誰も認めねえぞ」
男がさらに詰め寄る。
俺は溜息をつき、一歩前に出た。
「では、どうすれば納得していただけますか?」
「簡単だ。俺と手合わせしろ」
男がニヤリと笑う。
俺は男の体格を観察する。身長は二メートル近く、筋肉の付き方から相当な実戦経験があることが分かる。だが、動きに無駄が多い。力任せのタイプだろう。
「分かりました」
俺は短く答え、男の懐に滑り込んだ。
男が反応する前に、俺は男の足を払い、体勢を崩す。そのまま腕を取り、関節を極める。
一瞬の出来事だった。
男が床に押さえつけられ、身動きが取れなくなる。
「...ぐっ」
男が悔しそうに呻く。
俺は男を解放し、立ち上がる。
「これで納得していただけましたか?」
周囲が静まり返る。
やがて、誰かが口笛を吹いた。
「...強え」
「マジかよ...一瞬じゃねえか」
「あれがルミナスのルーキーか...」
ざわめきが広がる。
倒された男が立ち上がり、俺の肩を叩く。
「悪かった。認めるぜ。お前ら、本物だ」
男がニカっと笑う。
今理解した。こいつらはやはりただの脳筋集団だ。全員バルド師匠だと思って雑に接すればいいだろう。単純な話だ。
「こちらこそ、お手柔らかに」
その時、ロビーの奥から静かな足音が近づいてきた。
冒険者たちが道を開け、一人の男が現れる。
長めの黒髪を後ろで縛り、左目に眼帯をつけた屈強な体格のオーガだ。傷だらけの顔に無表情を浮かべ、俺たちを冷静に観察している。
この男——とてつもなく強い。
「興味深いですね」
男が低い声で呟く。
「兄から話は聞いている。君たちがロトの使者だね」
俺は即座に頭を下げる。
「冒険者ギルド副議長、ガルガ・ルクシオン殿ですね」
「その通り」
副議長が俺たちの前に立つ。
ドラガ王とは違う、静かだが圧倒的な威圧感だ。知性と冷静さを纏いながら、その奥に恐ろしいほどの戦闘力を隠している。
お嬢様が一歩前に出る。
「初めまして、副議長殿。レティシア・リオネールです」
丁寧すぎないちょっとだけ外行き用のお嬢様。
「ああ。ロトからの親書も目を通させてもらった。君たちの実績は確かに素晴らしい。だが——」
副議長が俺たちを見据える。
「ルクシオンで活動するなら、実力を確認させてもらう。簡単な力試しだ」
周囲がざわめく。
「副議長自らが!?」
「マジかよ...」
「新人にそこまでするのか?」
冒険者たちの驚きの声が響く。
副議長が無表情のまま続ける。
「まとめて掛かってきなさい。四人同時でいい」
俺は内心で警戒を強める。副議長は本気だ。手加減するつもりはない。
お嬢様が俺を見る。
「クラウ、どうする?」
「やるしかありません」
俺は短く答え、オクタヴィアとセバスチャンに目配せする。二人が頷く。
ロビーの中央に場所を移し、俺たちは副議長と向き合った。
冒険者たちが円を作り、観客席のように俺たちを取り囲む。
「いつでもどうぞ」
副議長が構えを取る。
俺は深呼吸し、母から学んだ暗殺術の構えを取る。セバスチャンも同様だ。オクタヴィアが大剣を構え、お嬢様が杖を掲げる。
「行きます!」
お嬢様の声と同時に、俺たちが一斉に動いた。
お嬢様が全員にバフをかける。身体が軽くなり、力が漲る。
俺とセバスチャンが左右から副議長へ迫る。オクタヴィアが正面から大剣を振り下ろす。
だが——
副議長が一瞬で俺たちの攻撃を全て捌いた。
俺の拳を手刀で逸らし、セバスチャンの蹴りを足で受け止め、オクタヴィアの大剣を素手で受け止める。
「!?」
オクタヴィアが驚愕する。
副議長が無表情のまま、オクタヴィアの大剣を押し返す。オクタヴィアが数メートル後退する。いくら魔法少女に変身していなくても、さすがにあの大剣を素手で受け止めるのは馬鹿げている。
「まだまだ、だ」
副議長が静かに呟き、俺たちへ反撃を開始する。
圧倒的な速さだ。
速さもさることなが、予備動作が一切なく気付いた時には攻撃が目の前にある。
俺は母から学んだ回避術で攻撃を躱し続けるが、副議長の動きは予測できない。忍術のような技を使い、気配を消して背後から攻撃してくる。
セバスチャンも同じく苦戦している。
オクタヴィア嬢が再び大剣を振るうが、副議長は最小限の動きで全て躱す。
「お嬢様、回復魔法を!」
俺が叫ぶ。
お嬢様が即座に回復魔法を唱え、俺たちの体力を回復させる。
だが、副議長は止まらない。
俺たちが何度攻撃を仕掛けても、全て捌かれる。
五分が経過した頃、俺たちは息を切らしていた。
副議長は無傷で汗一つかいていない。
「まだまだだが…...悪くはない」
副議長が静かに頷く。
「合格だ。君たちにはルクシオンで活動する資格がある」
周囲が再びざわめく。
「合格!?」
「副議長が認めただと!?」
「そりゃそうだろ! お前副議長相手に5分持つルーキーなんて前代未聞だぞ!?」
冒険者たちの驚きの声が響く。
副議長が俺たちに近づく。
「とりあえず私の権限でCランクに昇格させておこう。君たちの実力ならCランクの依頼は問題なくこなせるはずだ」
なんかさらっとランクアップした。
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げる。今の所、ランクが高いに越したことはない。
お嬢様がにこにこしながら副議長を見上げる。
「副議長殿、めっちゃ強いっすね!」
「...君たちは面白いね」
副議長が僅かに笑みを浮かべる。
その表情に、周囲の冒険者たちがさらに驚く。副議長が笑うのは珍しいことらしい。
「次は魔法陣の設置だね」
副議長が俺たちを案内する。
ギルド本部の奥、議長室へと続く廊下を進む。
議長室は広く、壁一面に依頼書や地図が貼られている。中央には大きな机があり、その上には各地からの報告書が山積みになっている。
「ここに設置してくれ」
副議長が床の一角を指す。
俺は巻物を取り出し、床に広げる。
複雑な魔法陣が描かれており、中央に魔光石を嵌め込む窪みがある。
「お嬢様、魔力をお願いします」
「あいよー」
お嬢様が俺の隣に立ち、杖を構える。
俺は魔光石を取り出し、巻物の中央に置く。
お嬢様と俺の魔力が同時に流れ込む。
魔法陣が淡く光り始め、やがて眩い輝きを放った。
光が収まると、床には完璧な転移魔法陣が刻まれていた。
「設置完了です」
俺は副議長に報告する。
「ありがとう。これでルミナスとルクシオンが直接繋がった。何かあってもすぐに駆けつけられる」
副議長が満足そうに頷く。
「それでは兄に報告しに行こう」
俺たちは副議長と共に王宮へ向かった。
王宮の謁見の間で、ドラガ王が待ち構えていた。
「おう、終わったか!」
「はい、陛下。無事に設置完了しました」
俺は頭を下げる。
「うむ、感謝する! これでルミナスとの繋がりがさらに強くなる」
ドラガ王が豪快に笑う。
「さて、お前らはしばらくここに残るんだろ? 学校にも通うんだったな」
「JKきたこれw」
お嬢様が答える。
「ルクシオン王立学院——この国で一番、つまり世界一の学校だ。明日、案内してやる」
ドラガ王が立ち上がる。
「今夜も王宮で休んでいけ。明日から、お前らの新しい生活が始まる」
俺たちは頭を下げ、それぞれの客室へと戻った。




