第五十三話 灼熱の大地と炎の王
港から馬車に揺られること三日。俺たちは遂にルクシオン王都の城門を潜った。
視界に飛び込んできたのは、透き通るような青い空と、その一部が燃えるように赤く染まった空だった。
王都の北に聳える火山から、絶え間なく噴煙が立ち上っている。溶岩の赤い光が雲を照らし、壮大な景色を作りだしている。
空気は乾燥し、熱気が肌を刺す。石造りの建物は黒く焦げたような色をしており、装飾よりも堅牢さを重視した造りだ。街を行き交う人々——いや、人間以外の種族も多い——は皆、鍛え上げられた体躯をしている。
「マジやば! テンション爆上がりだよ! 絶対温泉ある!!」
お嬢様が馬車の窓から身を乗り出し、目を輝かせている。
隣ではオクタヴィア嬢が興味深そうに街を眺め、セバスチャンは相変わらず冷静な表情で周囲を警戒している……フリをして時折俺に何か不気味な熱を込めた視線を這わせて来る。…こいつ……ひょっとして。。。
「お嬢様、身体を窓から出し過ぎないでください」
「もー、クラウマジ堅いw」
お嬢様は不満そうに頬を膨らませたが、大人しく席に戻る。
約一ヶ月の旅だった。
ポートランドから船でルクシオンの東海岸へ。そこから陸路でルクシオンの王都、オーガストまで馬車を走らせた。
途中、盗賊団に襲われたり、商人ギルド残党と思しき刺客を撃退したり、野生の魔物と戦ったりと、それなりに波乱はあった。
だがお嬢様は常に前向きで、このメンバーでの旅を心底楽しんでいるように見えた。
オクタヴィア嬢とセバスチャンも順調に成長している。特にオクタヴィア嬢の大剣——ルミナス・ヴァルキリアの扱いは、日に日に洗練されている気がする。
お嬢様ではないが、あの大剣はマジヤバいと思う。少なくてもその辺の弱いモンスターであれば文字通り一騎当千状態である。
馬車が王宮へと続く大通りに入る。
通りの両脇には露店が並び、武器や防具、魔物の素材が所狭しと並べられている。ルミナス王国の市場とは比べ物にならないほど活気がある——いや、活気というより殺気に近い。
露店の店主たちは皆、傷だらけの顔で客を睨みつけ、値段交渉は怒鳴り合いだ。
「おい、そこの馬車!」
突然、荒々しい声が響いた。
馬車が止まり、俺は窓から外を確認する。
オーガの大男が三人、馬車を囲んでいた。筋骨隆々とした体躯に、戦闘で得たと思われる無数の傷跡。腰には大剣を提げている。
「随分と立派な馬車じゃねえか。中にいるのは貴族か?」
大男の一人が下卑た笑みを浮かべる。
「ここはルクシオンだ。貴族だろうが関係ねえ。通行料を払ってもらおうか」
典型的なチンピラだ。こういう輩はどこにでもいる。
俺は溜息をつき、馬車から降りる。
「申し訳ございませんが、通行料をお支払いする義理はございません。道を空けていただけますか?」
「あん?」
大男が俺を睨みつける。
「生意気な口を利く執事だな。主人を守る前に、てめえが潰れちまうぞ」
大男が拳を振り上げた瞬間——。
俺は一歩踏み込み、大男の顎に掌底を叩き込んだ。
鈍い音と共に、大男が仰け反る。
残りの二人が驚愕の表情を浮かべた瞬間、俺は既に彼らの背後に回り込んでいた。
「お嬢様をお守りするのが私の務めです。邪魔をする者には容赦しません」
二人の首筋に手刀を叩き込む。
三人とも地面に崩れ落ちた。
周囲で見ていた人々から、どよめきが起こる。
「おい、あの執事...一瞬で三人を...」
「しかもあのチンピラども、結構腕が立つって評判だったのに...」
「強え...やるじゃねえか…」
俺は馬車に戻り、御者に合図を送る。
馬車が再び動き出した。
「クラウ容赦ないw」
お嬢様が楽しそうに笑う。最初こそ戸惑っていたが、最早これが日常になりつつある。チンピラ以外でも酔っ払いや腕試しで絡んでくる者も少なくない
「ここでは強さが全て、ですか」
セバスチャンが呟く。
「ええ。ルクシオンは戦闘民族の国です。力こそが正義であり、弱者は淘汰される。そういう価値観が根付いています」
俺は窓の外を見つめる。
確かに荒々しい。
だが——それは悪いことではない。
力を持つ者が責任を持ち、弱い者を守る。それがルクシオンの本質だ。
チンピラなど子悪党は別だが、少なくとも教会や商人ギルドのような陰湿なやり口よりは遥かに健全だと思う。
いよいよ王宮が見えてきた。
黒い石で造られた巨大な城塞。装飾は最小限で、まるで要塞のようだ。城壁には無数の魔法陣が刻まれており、防御機構が幾重にも張り巡らされている。
門の前で馬車が止まり、衛兵が近づいてくる。
「何用だ?」
俺はロートニア王からの書状を取り出し、差し出す。
「ルミナス王国、ロートニア王陛下からの親書です。ルクシオン王に謁見を賜りたく参りました」
衛兵が書状を確認し、表情を引き締める。
「ロト様からの...! 少々お待ちを」
衛兵が城内へ走る。
数分後、城門が開いた。
「どうぞ、お通りください。陛下がお待ちです」
馬車が城内へと入る。
中庭を抜け、玄関前で馬車を降りる。
待ち構えていたのは、豪華な鎧を纏った騎士団長らしき人物だった。
「ようこそ、ルクシオン王国へ。私は王宮騎士団長、バルガ・ルクシオンと申します」
バルガ——見た目は四十代半ばのオーガで、厳つい顔に深い傷跡がある。だが目は優しく、敵意は感じない。
「ロト様からの書状、拝見しました。陛下が全ての予定をキャンセルしお待ちです笑 どうぞこちらへ」
俺たちは騎士団長に案内され、急いで謁見の間へと向かう。
廊下は広く、天井は高い。壁には歴代の王や英雄たちの肖像画が飾られている。どれも戦場で活躍したであろう人物ばかりだ。
「この国は、強さを何よりも尊びます」
バルガが歩きながら語る。
「ですが、それは弱者を蹂躙するためではありません。強き者が弱き者を守る——それがルクシオンの誇りです」
「男前ですね! それくらい分かりやすい方が争いもないんだけどねー」
しみじみと言うお嬢様を騎士団長が驚いたように見つめる
「亡き陛下の奥様と全く同じことを言う女性だ! 陛下もきっと貴方を気に入りますよ笑」
そうして謁見の間の扉が開く。
中に入ると、圧倒的な存在感が俺たちを襲った。
玉座に座るのは、一本角を持つ巨大なオーガだった。
身長は優に二メートルを超え、筋骨隆々とした体躯は、まるで彫刻のように美しい。焼けた褐色の肌に無数の傷跡。赤い瞳は炎のように燃えている。
ドラガ・ルクシオン王——。
元Sランク冒険者にして、ロートニア王の旧友。
その存在感は、陛下に匹敵する——いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「ロトの書状か! 読ませてもらったぜ!」
ドラガ王が豪快に笑う。
その声だけで、謁見の間全体が震えた。
「転移魔法陣の設置許可と、お前ら四人の受け入れだな。ロトの頼みだ、断る理由がねえ!」
ドラガ王が書状を脇のテーブルに置き、玉座から立ち上がる。
巨体が一歩踏み出すだけで、床が軋む。
ドラガ王がゆっくりとお嬢様に近づき——その視線が俺たちを貫いた。
空気が変わる。
先程までの豪快さが消え、まるで戦場に立つような緊張感が漂う。
「だが、嬢ちゃん。一つ聞だけかせてくれ」
ドラガ王の赤い瞳が、お嬢様を見据える。
「お前はこの世界に何を望む? 俺にはお前の魂が見えるぜ」
質問の意図が分からない。
だが——これは試されているのだろう。
お嬢様の本質を、ドラガ王は見極めようとしている。
お嬢様は一瞬も怯まず、真っ直ぐドラガ王を見返した。
「うちは、みんなが幸せに暮らせる世界にしたい」
お嬢様の声は、はっきりと謁見の間に響く。
「美味しいもの食べたり、好きな人と喧嘩したり仲直りたり——そんな普通の幸せを送りたいだけ」
ドラガ王が目を細める。
「綺麗事だな」
「綺麗事で結構」
お嬢様が一歩も引かない。
「綺麗ごとじゃなく、薄汚い真似して、誰かの犠牲の上でしか成り立たない幸せなんて、そんなもんこっちから願い下げ」
沈黙。
謁見の間が、水を打ったように静まり返る。
ドラガ王の纏う殺気が、膨れ上がる。
俺は咄嗟にお嬢様の前に出た。
セバスチャンも臨戦態勢に入る。オクタヴィア嬢が大剣に手をかける。
だが——。
「ぶはははははは!!」
ドラガ王が豪快に笑い出した。
殺気が霧散し、謁見の間に再び活気が戻る。
「気に入った! お前、面白いな!」
ドラガ王がお嬢様の肩を叩く。
その一撃で、お嬢様の小柄な体が揺れる。
「教会や商人ギルドの連中が何やってるかは知ってる。あんな姑息なやり口、俺たちは大嫌いだ」
ドラガ王が満足そうに頷く。
「お前みたいな奴が世界を変える。力こそ正義——だがな、本当に強い奴ってのは、弱い奴を守れる奴のことだ。お前もそんな男になれ」
ドラガ王が玉座に戻り、腰を下ろす。
「ルミナス王国は全力で支える。ロトにもそう伝えてくれ」
「ありがとうドラちゃん! あとうち女な!」
お嬢様がニカっと歯を見せて笑う。
一国の王に対してドラちゃんは良くない…とは思うけどこの国は良いのかもしれない。現に誰も怒った顔をしている者はいない。
「お前ら、ここで強くなれ! とりあえずまずは王宮に魔法陣を設置してくれ」
ドラガ王が俺を見る。
「お前——あれだろ? アーロンの息子だろ?」
「ご明察です、陛下」
俺は驚きを隠せなかった。
「お前の親父とは昔、何度か手合わせしたことがある。あの野郎、マジで強えんだよな」
ドラガ王が懐かしそうに笑う。
「お前もそのうち、俺と手合わせしようぜ。楽しみにしてる」
「光栄です」
俺は頭を下げる。こんな大男と戦いたくない。俺はバルド師匠らと同じ系統の人種ではない。
「これが転移魔法陣の設計図か?」
「はい。ルミナスが誇る技術者たちの英知の結晶です」
俺はそういいながら巻物広げる。
複雑な魔法陣が描かれており、中央に魔光石を嵌め込む窪みがある。
「お嬢様、魔力をお願いします」
「あいよー」
お嬢様が俺の隣に立ち、杖を構える。
俺は魔光石を取り出し、巻物の中央に置く。
お嬢様と俺の魔力が同時に流れ込む。
魔法陣が淡く光り始め、やがて眩い輝きを放った。
光が収まると、床には完璧な転移魔法陣が刻まれていた。
「成功です」
俺はドラガ王に報告する。
「おお、凄えな! これでルミナスとルクシオンが繋がったわけだ」
ドラガ王が満足そうに頷く。
「はい。但し耐久性のテストが済んでおりませんので、有事以外での使用は控えるように言われております」
「承知した。次は冒険者ギルド本部だな。あそこには俺の弟がいる。紹介してやる」
「弟?」
お嬢様が首を傾げる。
「ああ。ガルガ・ルクシオン——冒険者ギルド本部の副議長だ。ロトの議長は名誉職みてえなもんだから、実質冒険者ギルドのトップだな」
そう言ってドラガ王が立ち上がる。
「今日はもう遅い。明日、案内してやる。今夜は王宮で休んでいけ」
「ありがとうございます」
俺たちは頭を下げる。
バルガに案内され、俺たちは客室へと向かった。
部屋は質素だが、清潔で広い。
「明日から、また新しい冒険が始まるんだね」
「ええ。教会や商人ギルドの刺客が潜んでいる可能性があります。警戒を怠らないでください」
「分かってるってw クラウが守ってくれるしw」
お嬢様がウインクする。
俺は溜息をつき、窓の外を見つめた。
赤く染まった空。火山の噴煙。荒々しく、だが真っ直ぐなこの国でお嬢様はどんな奇跡を起こすのだろう。




