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とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第三章 セーラ服の女神

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第五十一話(閑話) とある女神の日常 ‐前編‐

 あたしの名前はルミナ。光と慈悲を司る女神。


 まあ、今はレティちゃんの影響で女神の前にただのギャルw


 でも昔は違った。今より真面目で、今より堅苦しくて、そして何より——あたしは孤独だった。


 神界の白亜の神殿。真っ白な大理石の柱が整然と並び、天井には星々が瞬く魔法の空間。あたしはその中央で上位神たちの前に膝をついていた。


「ルミナよ」


 威厳に満ちた声が神殿に響く。


「汝に新たに産まれたこの新世界の創造と管理を任ずる」


 初めての、大きな責任。


 あたしの胸は緊張と期待で高鳴っていた。他の神々が見守る中、上位神から光の杖を授かる。世界を創造する力の象徴。


「この世界で、人々が幸せに暮らせるように」


 あたしは両手で杖を握りしめた。


「必ず、素晴らしい世界にします」


 上位神が頷く。


「では、始めよ」


 あたしは目を閉じ、全身の魔力を解放した。


 光が溢れ出す。眩い、温かい、優しい光。その光が渦を巻き、形を成していく。


 まず、大地。


 平原、山、谷、森。緑豊かな土地が広がっていく。


 次に、海。


 青く澄んだ水が地形の窪みを満たし、波が生まれる。


 そして、空。


 白い雲が浮かび、太陽が輝き、夜には月と星が瞬く。


 生命。


 草木が芽吹き、動物たちが駆け回り、鳥たちが空を舞う。


 最後に——人間。


 様々な種族。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族。それぞれが個性を持ち、それぞれの文化を育んでいく。


 創造の光が消えた時、あたしの目の前には新しい世界が広がっていた。


 人々が笑い、助け合い、幸せに暮らす姿。


 子供たちが走り回り、親が優しく微笑む。商人が品物を売り、農民が作物を育て、職人が技を磨く。誰もが自分の役割を持ち、互いに支え合っている。


 あたしは満足そうに微笑んだ。


「この世界を、ずっと守りたい」


 誰もが幸せに暮らせる場所。困っている人がいたら助け合える場所。笑顔が絶えない場所。


 それがあたしの理想だった。


 理想に燃える若き女神。当時のあたしは、まだ何も知らなかった。


 世界がどれだけ複雑で、人の心がどれだけ脆くて、理想がどれだけ儚いものか。



☆☆☆☆☆



 穏やかな日常が続いた。


 あたしは毎日、世界中の人々を見守っていた。見守ることしか出来ないけれど、迷っている人がいればその人の夢の中でヒントを送る。直接介入はできないけれど、あたしにできる範囲で精一杯サポートした。


 それでも人々はあたしを信じ、祈りを捧げてくれた。その純粋な想いが、あたしは何より嬉しかった。愛おしい。


 幸せな日々だった。


 ——それが崩れたのは、創造から数千年が経った頃。


 異変に気づいたのは、ある村の上空を見回っていた時だった。


 黒い、禍々しい気配。


 空間が歪み、裂け目が生まれる。そこから溢れ出す魔の気配。


「これは——!」


 魔の神。あたしたち光の神々とは対極に位置する存在。破壊と混沌を好み、世界を闇に染めようとする者たち。


 裂け目から魔の者たちが侵入してくる。黒い甲冑を纏った魔物、翼を持つ悪魔、歪んだ姿の怪物。


 村が襲われる。水は穢れ草木は枯れる。


 人々の悲鳴が響く。炎が上がり、建物が崩れ、血が流れる。子供たちが泣き叫び、母親が必死に守ろうとする。


「やめて!」


 あたしは叫んだ。


「私が守らないと!」


 力を解放しようとした、その瞬間——。


「待て、ルミナ」


 上位神の声が神界から響く。


「直接介入してはならぬ。それが掟だ」


「でも、人々が苦しんでいます!」


「人間は自らの力で立ち上がらねばならない。それが試練であり、成長の機会だ」


「そんな——!」


 掟は絶対。神が直接世界に干渉することは許されない。加護を与えることはできても、魔物を直接倒すことはできない。


 あたしは見守ることしかできなかった。なんて無力なんだろう。


 村人たちが必死に戦う。武器を持ち、力を合わせ、魔物に立ち向かう。でも力の差は歴然としていた。次々と倒れていく村人たち。


「お願い...誰か...」


 あたしは涙を流しながらも、ただ祈ることしか出来なかった。あたしはなんて無力なんだろう。




 上位神に何度も訴えた。


「お願いします、介入させてください!」


「掟は絶対だ、ルミナ」


「でも——!」


「汝の想いは理解している。だが、人間が自ら成長しなければ、真の平和は訪れない」


 正論だった。でも、あたしには受け入れられなかった。


 目の前で人々が苦しんでいるのに、何もできないなんて。


 諦めきれなかった。


 直接は駄目でも、間接的なら——。


 ある日、あたしは気づいた。女神の子として、特別な力を授けることができる。勇者という存在を生み出すことができる。


 それは掟の抜け道。あたし自身は直接介入せず、人間に間接的に力を貸すだけ。戦うのは人間自身。


 とは言っても抜け道なだけであって見つかれば止められるの間違いない。


 慎重に、確実に、一人だけ。


 あたしは世界中を探し始めた。


 勇者にふさわしい人物を。戦いの強さだけでなく、心の強さを持つ人を。


 そして——見つけた。


 辺境の小さな村に住む、一人の青年。


 名前はロートニア。後にルミナス王国の初代国王となる男の子。


 彼は特別な才能があるわけではなかった。剣の腕も、魔法の才能も、平均的。でも——。


 まっすぐな目をしていた。


 困っている人を見ると放っておけない性格。自分が損をしても、誰かを助けようとする優しさ。不器用だけど、一生懸命な姿。


 あたしは決めた。この男の子を勇者にする。


 ごめんなさい、あたしの決意は確実にあなたの人生を狂わせる。


 平穏な日々を奪って、戦いの運命を背負わせる。


 それでも——。


「せめてあなたに、私の力を」


 ある夜、あたしはロートニアの夢枕に立った。


 光に包まれた女神の姿で。威厳を保ちながら、でも優しく。


「ロートニアよ」


 青年が驚いて身を起こす。


「な、なんだ...夢か?」


「夢ですけれど現実でもあります。私は光と慈悲の女神、エル・デルアニア・ルミナ」


 青年が呆然とあたしを見つめる。


「汝に、勇者としての力を授けます」


 我ながら自分の口調に笑いそうになる。慣れなさ過ぎて口調が定まらない。


「勇者...? 俺が?」


「そうです。この世界は今、魔の脅威に晒されています。汝の勇気と優しさで、人々を救ってほしいのです」


 ロートニアが戸惑う。当然だ。突然こんなことを言われても。


「でも、俺なんか...」


「大丈夫、汝は強い。何よりもその気高い心が世界を救うでしょう」


 あたしは微笑んだ。


「力ではない。武器でもない。大切なのは、諦めない心と、誰かを想う気持ちなのです」


 ロートニアがゆっくりと頷く。


「...分かった。やってみる」


 その瞬間、あたしの力が彼に流れ込んだ。


 光が彼の身体を包み、勇者としての力が目覚める。


 勇者の誕生。


 翌日、ロートニアは幼馴染の青年とともに旅立った。


 村人たちに見送られながら。武器は古びた剣一本。防具はボロボロの革鎧。それでも彼らは前を向いて歩き出した。


 あたしは常に見守った。


 ロートニアが魔物と戦い、傷つき、それでも立ち上がる姿を。


 新たな仲間と出会い、笑い合い、時には言い争いながらも絆を深めていく姿を。


 加護という形でしかサポートできない。直接助けることはできない。


 でも——。


 彼が傷つくたび、あたしの心も痛んだ。


 彼が笑うたび、あたしも嬉しくなった。


 彼が仲間と語り合う夜、あたしも一緒にいるような気持ちになった。


 次第に、特別な感情が芽生え始めた。


 これは一体——。


 気づかないふりをした。絶対に気づいてはいけない。


 神と人間。越えてはいけない一線。


 あたしは女神。彼は人間。


 想いを伝えることは許されない。


 だから——見守るだけ。それでいい。


 あたしはあたしの心に蓋をした。



☆☆☆☆☆



 長い戦いが続いた。


 ロートニアは仲間たちと共に、魔の軍勢と戦い続けた。レオン、セシリア、バルド、エルド。かけがえのない仲間たち。その場にあたしがいないのは歯痒いけれど、それでもあたしは彼らを見守り続けた。


 彼らは何度も死線を越え、それでも諦めなかった。


 そして——ついにその日が来た。


 魔王城。


 この世界の魔の王、魔神の手先である魔王との最終決戦。


 あたしは固唾を呑んで見守った。


 激しい戦い。仲間たちが次々と倒れ、ロートニアも満身創痍。それでも——。


「俺は...諦めない!」


 ロートニアの剣が光を放つ。あたしの加護と、彼の想いが一つになった一撃。


 魔王の身体を貫く。


 魔王が断末魔の叫びを上げ、光の中に消えていく。


 ——戦いは、終わった。


 世界に平和が戻る。


 人々が歓喜し、街中で祝祭が始まる。涙を流しながら抱き合う人々。生き延びたことへの感謝。未来への希望。


 あたしも、心から喜んだ。


「よく頑張った...本当に」


 涙が溢れた。嬉しさと、安堵と、そして——少しの寂しさ。


 戦いが終われば、あたしの役目も終わる。もう夢枕に立つ理由もない。


 ロートニアが魔王城の屋上で、空を見上げる。


 傷だらけの身体で、でも満足そうな笑みを浮かべて。


「ルミナ...見てるか?」


 彼が呟く。


「俺たち、やったぜ」


 あたしは答えられない。でも——。


 心の中で、精一杯の想いを込めて叫んだ。


”ありがとう、ロートニア! 大好き”


 その瞬間、彼が微笑んだ。


 まるであたしの声が聞こえたかのように。


 見えていないはずの女神と、勇者の間に流れる特別な空気。


 言葉にできない想い。


 伝えられない気持ち。


 それでも——この瞬間は、確かに二人だけのものだった。


 戦いは終わった。

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