第五十話 旅立ち
「…………………」
俺は何を見せられているのか。
「よっしゃいくぞぉぉぉおおお!」
お嬢様の声に、広場が沸き上がる。
「お前ら最終日だかんなぁぁぁぁああ!」
女神がオーディエンスと化している民衆を更に煽る。
「グラスを構えろぉぉぉお!」
お嬢様の号令に、数千の民衆が一斉に酒杯を掲げる。お嬢様と女神が息を合わせて叫ぶ。
「「神々のぉぉぉぉ」」
広場全体から、民衆の声が返ってくる。
あそびぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!
「「飲んじゃってぇぇぇぇえええ」」
そぉぉぉぞぉぉぉしぃぃぃんん!!!
「「女神さまの教えはぁぁぁあああ」」
ほどほどにぃぃぃいいい!!!
「「みんなでぇぇぉぉえええ」」
かんぱぁぁぁぁああああい!!!
一斉に酒杯が傾けられ、民衆が飲み干す。歓声。拍手。笑い声。そして——再び酒が注がれる。
俺は広場の端で、遠い目でその光景を眺めていた。
女神が民衆と酒を酌み交わす。お嬢様が、完全にライブのMCと化している。壇上では、二人が肩を組んで踊っている。顔を赤くして酔っている。
「レティちゃん超ウケるwww」
「ルミぽよもマジやばたにえんwww」
意味がわからない。これがこの国の最高神と貴族令嬢である。最高じゃねえか。
あれから一ヶ月。祭りが始まってから一週間。今日でようやく、この祭りも終わる予定だ。
教会事件の後、ルミぽよ教が国教として正式に認可された。当初、陛下は宗教の自由を、女神は自分自身の自由を理由に反対していたのだが——全国民が改宗を希望し、陛下と女神以外全員の強い希望で押し切られる形となった。
そこからは非常に早かった。王と女神以外の全員が一丸となり、ルミぽよ教の準備が整い、エル・ルミナ教への国王名での「ルミナス王国」全体の改宗通知。その後、お嬢様の希望もあり”国を挙げての祭り”、『女神生誕祭』が開催されることになった。
一週間。連日連夜、ルミナス王国中が酒と笑い声に包まれ続けた。
「クラウ!クラウも飲もうよ!」
お嬢様が壇上から俺を呼ぶ。
「お嬢様、お控えください。もう十分お召し上がりになられたかと」
「えー、ノリ悪ー」
女神が笑う。
「クラウ真面目かよwww」
祭りは深夜まで続いた。
☆☆☆☆☆
祭りが終わって数日後、お嬢様、オクタヴィア嬢、セバスチャン、俺は王に呼ばれ王宮の謁見の間を訪れる。
謁見の間には、既にグレゴール卿と旦那様が控えていた。実質的な陛下の両腕だろう。
「レティシア、オクタヴィア、その従者であるクラウス、セバスチャン……よく来てくれた」
四人が一列に並び、陛下を見上げる。グレゴール卿が報告書を読み上げる。
「転移魔法陣の解析が完了した。そしてなんと―」
かつてドワーフとエルフが共同制作したとされる大陸間移動ゲート。
そのロストテクノロジーが、ついに解き明かされたという。エル・ルミナ教が秘匿にしていた転移魔法陣。グリム、セリオス、エルド先生らが一ヶ月かけて解析を進めていたのだ。
「彼らの手によって現代に蘇らせることに成功した」
素直にすごい。
教会の魔法陣はあくまでも古代から残されたものの使いまわしで、再現どころかメンテナンスも出来る人間もおらず、少しずつその数を減らしていたらしい。
それをあの三人は、わずか一か月で解析どころか再現に成功したのだ。
グレゴール卿が説明を続ける。グリムとセリオスが転移魔法陣を作成し、それをエルド先生が巻物に変換した。設置場所で魔力を流せば、それだけで設置できるそうだ。
「お前たちに頼みがある」
陛下が俺たち四人を見回し、ゆっくりと口を開く。
「ルクシオンに向かい、南の大国ルクシオンの王宮と冒険者ギルドの本部にこの転移魔法陣を設置してほしい」
その言葉を聞きお嬢様の目が分かりやすくキラキラと輝く。
「今後、教会と商人ギルドとの戦いに備え、友好国であるルクシオンとの連携を強化する重要な任務だ」
「マジで!? ルクシオン行けるの!?」
「ああ。それだけではない」
陛下は続ける。
「任務終了後は、そのままルクシオンに残り、俺も卒業した学校に通いつつ、冒険者ギルド本部で活動してもらいたい」
オクタヴィア嬢が凛とした声で問う。
「陛下、それは——留学、ということでしょうか」
「その通りだ。ルクシオンとの関係強化、そしてお前らの成長。どちらもこの国の将来において大きな力となるだろう」
セバスチャンが冷静に分析する。
「外交使節と実戦経験を兼ねた任務、ということですね」
陛下が微笑む。
「理解が早くて助かる」
旦那様は——何も言わない。ただお嬢様を見つめている。その瞳には、心配と誇りと、そして覚悟が混ざっている。
そして——俺を睨む。
「クラウス」
俺かよ…。
「はい」
「レティに、指一本でも触れてみろ」
低く、静かな声。
「承知しております」
陛下が咳払いをする。
奥様がいない以上、ここでは陛下だけが頼りだ。お嬢様はすでに心はルクシオンに飛んでいる。
陛下の咳払いで我に返った旦那様がお嬢様に向き直る。
「頑張っておいで、レティ」
「はーい」
「ただし」
旦那様の表情が一瞬だけ厳しくなる。
「無茶はするな。今回の任務は絶対に一筋縄ではいかない。特にルクシオンとルミナス王国の接近を良しとしない連中はかなりの数いるはずだ」
「うん……!」
お嬢様はいつものように元気よく頷くが、俺は内心で溜息をついていた。
ルクシオン。火と戦いの大陸。一体、何が待っているのだろうか。
☆☆☆☆☆
ルクシオンへの出発前夜、お嬢様の部屋でメイドたちと荷造りを手伝っていた。
「ねえクラウ、ルクシオンってどんなとこなんだろ」
荷造りをしながら、お嬢様が呟く。
「火山と荒野の大陸、と聞いています。戦闘民族が多く、個の武力は世界最強との評判です」
「へー。筋肉ムキムキな人ばっかなのかな」
「おそらく」
お嬢様は楽しそうに笑う。
「早く世界をハッピーにして余生を幸せに過ごしたいわーw」
俺は知っている。冗談っぽく言っているがこの人は本気だ。見ている先が常人とは比べ物にならない。
「お嬢様らしいお言葉です」
コンコン。旦那様と奥様が部屋に入ってくる。
「レティ、準備は順調?」
「うん!バッチリだよママ!」
奥様が俺に微笑む。
「クラウくん、レティのこと、よろしくね」
「お任せください」
旦那様が、お嬢様の頭を撫でる。
「ルクシオンは——私たちの故郷だ。懐かしいな」
「え、パパもママもルクシオン出身なの!?」
「ああ。ロートニア王もだ。良い奴らも多いが、荒くれ者も多い。気をつけるんだぞ」
旦那様が——俺を見る。
「クラウス」
「はい」
「レティのことは頼む。だが——」
旦那様の目が、一瞬だけ鋭くなる。
「変なことを考えるなよ」
「……旦那様、私は執事です」
奥様が苦笑する。
「娘とお近づきになりたくば、まずは俺を倒してからだ」
そんなつもりはなかったが、今この瞬間俺がお嬢様とどうにかなる可能性が完全に潰えた。
その後、旦那様は奥様に耳を引っ張られながら退散していき―翌日俺たちは大勢の仲間たちに見送られルクシオンへ旅立った。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐
‐‐‐‐‐‐
‐‐‐
王宮の最上階。女神ルミナとロートニア王が並んで立っている。
二人の視線の先には——ポートランドの港。今頃四人の若者たちが船に乗り込んでいる頃だろう。
レティシア・リオネール。クラウス・ハートレイ。オクタヴィア・サウザード。セバスチャン・ノーマル。
「あの子たち、大丈夫かな」
女神ルミナが呟く。ロートニアが豪快に笑う。
「大丈夫だろ。俺やレオンの若いころにそっくりだ」
「だから心配なんよw」
「細かいこたぁ気にすんな」
二人は笑い合う。そして——。
女神ルミナが空を見上げる。
「楽しいこと、辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと、「全部ひっくるめて——成長していくんだろうな」
ロートニアが静かに言う。
「ああ。だから見守ってやろうぜ」
「うん、あの子たちの、新しい物語をね♪」
女神ルミナが優しく微笑む。その表情はまさに慈愛の女神そのものだ。
ルミナが空に向かって小さく呟く。
「頑張ってね、レティちゃん」
ロートニアが腕を組む。
「さて——俺たちも準備しないとな」
「え? 何かあったっけ?」
「決まってんだろ。教会がこのまま黙ってるはずがない」
ルミナの表情が引き締まる。
「……そうだね」
「嵐が来るぞ」
ロートニアが静かに言う。
「だが——あの子たちなら、絶対に乗り越えられる」
「うん」
ルミナが頷く。
「若者たちの物語は、誰にも邪魔させねえ」
新たな物語が動き出す。
第三章「セーラ服の女神」、ついに完結です!
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
セーラ服姿の女神ルミナが降臨し、教会と対峙し、そして新たな宗教「ルミぽよ教」が爆誕するという、我ながらカオスな展開でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。
特に公開処刑からの女神降臨シーンは、書いていて一番テンションが上がりました。
「神々の遊びぃぃぃ!飲んじゃってぇぇぇそぉぉぞぉぉしぃぃん!」
...こんなノリの女神、他にいますかね(笑)
そして次章からは舞台を火と戦いの大陸・ルクシオンへ!
レティシア、クラウス、オクタヴィア、セバスチャンの四人が、新たな冒険に挑みます。
ロートニア王やレオン達の故郷でもあるルクシオン、一体どんな出会いが待っているのか...。
ブックマークしてくださっている方、本当にありがとうございます。
皆様の応援が、毎日の更新の原動力です。
評価やレビューもいただけると、作者は小躍りして喜びます。
それでは、第四章でまたお会いしましょう!
クラウスとレティシアの物語は、まだまだ続きます。




