第四十九話 ルミぽよ教
翌日——俺とお嬢様は、王宮の謁見の間に立っていた。
玉座に座る陛下、その隣にはグレゴール卿と旦那様ら数名の家臣が控えている。俺たちは陛下に呼ばれ、少し離れた場所からこの場を見守っている。
謁見の間の扉が開くと、エリュシュア聖国からの使者団が入ってくる。
先頭を歩くのは枢機卿だ。真紅のローブに身を包み、黄金の杖を持っている。その後ろには、使者団の一員として——ルーカス・フェリクスの姿もあった。
昨日、女神様の前で跪き、本当の信仰を取り戻したと宣言した男。
だが今日は、その表情に一切の感情が見えない。
枢機卿が玉座の前で膝をつく。
「ロートニア陛下。教皇セレノ・ヴァルデン様より親書をお持ちしました」
枢機卿が差し出したのは、蝋で封印された一通の書簡だった。
陛下が無言で受け取り封を切る。
謁見の間に、紙のすれる乾いた音だけが響く。
陛下が読み進めるうちに——その表情が、笑みに変わった。
そして——
「はははは! これは傑作だな!」
笑う陛下に目の前の枢機卿が戸惑う。旦那様も眉をひそめる。
陛下は書簡を無造作に旦那様へ渡す。
旦那様が読み進めると、徐々に表情が凍りついた。
「ほぉ……随分と舐めた真似をしてくれる」
静かな、だが恐ろしいほどの怒りに満ちた声。
「女神様と我が娘を差し出せ……と。しかもご丁寧にエリュシュア聖国の印章つきとは痛み入る」
よし取りあえずまず殴ろう、話はそれからだ。さあ旦那様、GOサインを。
旦那様が隣の家臣に……ではなく、女神ルミナに書簡を渡す。
女神は何故か家臣に紛れ同席していた。セーラー服姿のまま。どうやらあのあからさまな気配は隠せるらしい。女神様の存在に気付いたルーカスが目を丸くしている。
女神が書簡を受け取り、軽く目を通す。
大きなため息。
「ごめんねロトっち。レティちゃんまで巻き込んじゃって」
陛下が首を横に振る。
「お前のせいじゃねえ。あいつらが腐ってるだけだ」
陛下が立ち上がる。
玉座から降り、枢機卿を見下ろす。
「使者よ、さっさと帰って教皇に伝えろ」
声が謁見の間に響く。
「仮にエリュシュアと全面的に戦うことになったとしても、ルミナも、レティシア嬢も絶対に渡さねえ!!」
枢機卿が青ざめる。
「そ、それはエル・ルミナ教への裏切りー
「さっさと去れ! 二度とくるんじゃねえ!!!!」
陛下の怒声。
使者団が慌てて立ち上がり、退出していく。
扉が閉まり、謁見の間に静寂が戻った。
陛下が書簡を再度手に取る。
「それにしても……昨日の今日でなんでエリュシュア国王の印章があるんだろうな」
旦那様も首を傾げる。
「確かに。西大陸から王都まで、最速の船でも一週間はかかるはずですね」
グレゴール卿が腕を組む。
「まさか伝書鳥を使ったとか?」
「いや、それでも数日はかかる」
その時——謁見の間の隅に、立ち尽くす人影に気づいた。
ルーカスだ。
彼は、退出せずに残っていた。
「ルーカス…殿…?」
陛下が問いかける。
ルーカスが前に出て陛下に向かい軽く会釈すると、、、
突如跪き、女神に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません女神様……私は、あなたを裏切りました」
女神が首を傾げる。
「ん~、どちらかというと謝る相手はレティちゃんじゃね?」
女神の言葉にルーカスがはっとしてお嬢様に向き直る
「レティシア様……この度の無礼の数々……誠に申し訳ありません。この命を持って償——」
お嬢様が手を振る。
「あー重い重いw むしろルミぽよもあたしも、ああすればあたしが魔女認定されると思って動いたからなぁ。むしろジョージが被害者?みたいな? ね、ルミぽよ」
「間違いないw」
ジョージ? ジョージ・ルーカス?? 前から思っていたが。お嬢様はネーミングセンスが絶望的だと思う。
自身を呼ぶ聞き慣れぬ名のせいか、お嬢様の発言に対してか、ルーカスが戸惑いながら言葉を続ける。
「私利私欲に走った以上、私は……もう女神様の子を名乗れません。残りの少ない我が人生、世界を巡り旅を続けながら罪を償います」
「ん~」
困った表情を浮かべる女神への助け船か、陛下が咳払い一つ会話に割り込む。
野暮な詮索をするつもりはないが、やはりこの二人只ならぬ関係性なのだろう。
「あーところで…ちょっといいか?」
ルーカスが顔を上げ陛下に視線を向ける。
「昨日の今日で、なんでエリュシュア国王の印章があるんだ?」
旦那様も頷く。
ルーカスが深く息を吸い、告げる。
「……教会の大司教以上しか知り得ぬ情報ですが、各国の主要の教会には転送の魔法陣があります」
謁見の間の空気が凍りついた。
あの冷静なグレゴール卿も思わず息を呑む。
「転送魔法陣……あのロストテクノロジーか」
ルーカスが頷く。
「はい。大陸間移動ゲートの技術を応用したもので、エリュシュア聖国の中央教会と各国を繋いでいます」
陛下が拳を握る。
「あれはドワーフとエルフの戯言じゃねえんだな」
旦那様が腕を組む。
「なるほど……それで昨日のうちに本国へ連絡が届き、今朝には書簡が届いたと。じゃあ教皇も前もってルミナス王国に入国していた訳ではねえんだな」
グレゴール卿が続ける。
「つまり、エリュシュア聖国は世界中の主要都市に転送魔法陣を張り巡らせ、情報網と物流網を掌握している……。ということは商人ギルドも実情は教会が支配を……」
ルーカスが苦しげに頷く。
「はい。それが……教会の、真の力です」
俺は背筋が凍る思いだった。
そんな世界を裏から支配する組織を、ルミナス王国は敵に回したのだ。
陛下が腕を組む。
「ルーカス殿、当然王都の大聖堂にもその魔法陣があるんんだな?」
「はい」
「場所は?」
「大聖堂の地下、最深部です」
陛下が頷く。
「まずは王都大聖堂の転送魔法陣を停止させよう。最低限奇襲には備えたい。ルーカス殿、案内してくれるな?」
ルーカスが立ち上がる。
「はい、勿論です」
グレゴール卿が続ける。
「教会をどうするか、も課題ですね」
旦那様も考え込む。
「民衆は女神様を信じている。だが教会組織は……」
沈黙が場を支配する。
その時——お嬢様が手を挙げた。
「はーい!」
陛下が頷く。
「ああ、レティシア嬢。何か良い案でも?」
お嬢様がにこりと笑う。
「みんなエル・ルミナ教、ていう組織が大切なんじゃないよ? 本質はそこじゃない。少なくても、昨日の様子を見る限り、この国のみんなは目が覚めたはず」
一同が息を呑む。
「だから信仰がルミナ教である必要はなくない? そもそもルミぽよこっちにいるし」
さっきの使者団が聞いたら発狂しそうな発言だ。
「ロトっちが作ってくれたこの国は、元々女神様を慕って集まってきた人も一杯いるっていうじゃん? そもそも国名が”ルミナ”ス王国ってもうそのまんまだし」
女神ルミナに勇者としての力を授けられたロートニア王、世界を救った後東の最果ての小さな島に新しい国を建国。そこに女神ルミナを信じ、夢を追って移住してきた人間は少なくない。
「だったらもうエル・ルミナ教に拘らないで、ルミぽよ教とか新しい宗教つくっちゃえばいいじゃん」
「え? マジで?? あたし聞いてないんだけどw」
言ってないのかよw 思わずお嬢様の口調で突っ込みそうになる。
「うん。ルミぽよ教会。略してルミぽよ教」
グレゴール卿が真剣な表情で頷く。
「民衆も女神様を慕っている。新しい教会を作った方が我が国の民の混乱も少ないかもしれません」
ルミナが慌てる。
「ちょ、ちょっと待って! あたしはもういいよそういうの」
お嬢様が慌てる女神の肩を叩く。
「大丈夫大丈夫。ルミぽよは適当にふわふわしてればいいから」
「ふわふわって何!?」
「大丈夫。この国はそんな弱くない。自分達で何とかするから、女神様はあたしたちを見守ってくれて入ればいいの。それ以外は適当に恋してていいよ笑」
ルミナが涙目になる。
「レティちゃん、あたしを何だと思ってるの……」
陛下が手を打つ。
「よし、決まりだな。ルミぽよ教会、正式に認可しよう」
ルーカスが前に出る。
「陛下……私も、新しい教会に参加させていただけませんか」
陛下が首を傾げる。
「ん? 何をいっているんだ??」
「す、すみません…自分の過ちも忘れて出過ぎた真似を…」
「そんなもん全部、ルーカス殿に任せるに決まっているだろう?」
ルーカスが驚愕に目を見開く。それはそうだろう。
俺だってお嬢様に危害を加えようとしたルーカスを心から許すことは出来ていないが、旦那様もお嬢様も異論がないのであれば俺も黙るしかない。
「ルーカス、次からは大切なこと忘れたらダメだよw」
女神の言葉にルーカスの涙腺は決壊する。
見た目こそセーラ服の白ギャルだけど、やはりこの人は女神なのだろう。ルーカスを見つめるその視線はあまりにも慈愛に満ちている。
ルーカスが深々と頭を下げる。震える声で告げる。
「……ありがとうございます。必ず、女神様の本当の想いを伝える教会を作ります」
「力入れすぎんなよw」
女神の言葉に陛下が微笑みながら頷く。
「いい雰囲気の所申し訳ないが、とりあえず転送魔法陣の停止に向かおう。ルーカス殿、案内を」
ルーカスが背筋を伸ばす。
「はい。魔力供給を止めればすぐに機能は停止します」
グレゴール卿が前に出る。
「グリム殿、セリオス殿、エルド先生にも声をかけましょう。ロストテクノロジーを解析できる貴重な機会です」
陛下が首肯する。
「そうだな。すぐに呼ぼう」
一同が謁見の間を出ていく。
旦那様とグレゴール卿は伝令を走らせ、陛下はルーカスと何事か話し込んでいる。お嬢様は女神様と笑い合いながら廊下を歩く。
俺は少し遅れてその後を追う。
窓の外には、昨日の騒ぎが嘘のように穏やかな王都の街並みが広がっている。
しかし、その裏でエル・ルミナ教会とのトラブルが確実に燻っている。
今回、ルミナス王国が女神ルミナを降臨させ、それをエル・ルミナ教会が”悪魔”と断じた。もはや両者の衝突は避けられないだろう。
商人ギルドを牛耳る教の力、世界を巻き込むに争いに発展する可能性も高い。
俺はお嬢様の後ろ姿を見つめる。
歩きながら女神様と何かを話し、楽しそうに笑っている。
お嬢様は、きっとこの先も無茶をする。
他人のため、国のため、世界のため、誰かの幸せのため。
自分の身を顧みず、理想を追い続ける。
せめて俺だけはお嬢様の幸せを何よりも願う。
廊下の先で、お嬢様が振り返る。
「クラウ、何ぼーっとしてるの? 早く行くよ!!」
俺は小さく笑い、歩を進める。
「はい、お嬢様」
世界が動き始めている。




