第三十二話 修行
王城会議室—。
朝日が差し込む荘厳な空間に、ロートニア王、レオン伯爵、グレゴール卿、お嬢様、そして俺が並ぶ。お嬢様が「女神様からお告げがあった」と旦那様に報告があり、関係者が集められ現在に至る。
恐らく全員なぜお嬢様に女神のお告げが…と疑問に思っているだろうが誰もそれを口にしない。賢明である。俺も出来る事ならば記憶を消したい、セーラ服姿の女神様とか…。
「古代神殿の攻略か……」
陛下が、真剣な表情で地図を見つめる。
その視線の先には、王都から東の場所に印がつけられている。険しい山岳地帯を越えた先にある、古代神殿——光の依代が眠る場所。
「古代神殿——ここだな」
グレゴール卿が資料を読み上げる。
「記録によれば、この神殿のギミックは『四つの魂、四つの道』。単独では扉すら開かず、攻略には四人のパーティーメンバーが必要とあります」
その話を受け俺は静かに頷く。
「では冒険者ギルドに人選を依頼しましょう」
旦那様は何も言わず、ただお嬢様を見つめる。
その瞳には新たなダンジョンの心配と、それを必死に飲み込もうとする父親の覚悟が滲んでいる。口を開きかけて、閉じて、また開きかけて——結局、何も言えずに唇を噛む。
陛下がそれに気づき、レオンの肩に手を置く。
「レオン。お前の娘だ。信じてやれ」
そんな陛下と旦那様のやり取りを横目に、お嬢様がにっこり笑う。
「それならメンバーは心当たりあるよ」
―——
その日の午後、お嬢様に連れられてとある貴族の王都にある別邸を尋ねる。
五公翼の一角、サウザード家である。
戦士の血筋で知られる名門中の名門だ。屋敷の門をくぐると、広大な庭園が広がり、その中央で一人の少女が剣の素振りをしている。
赤みがかった栗色の髪をサイドテールにまとめ、琥珀色の瞳。
オクタヴィア・サウザード。
お嬢様の幼馴染で、お嬢様をライバル視している令嬢だ。
「はぁっ!」
木剣が風を切る。
その動きは力強く、基礎がしっかりと叩き込まれているのがわかる。
俺たちの気配に気づき、オクタヴィア嬢が振り返る。
「レティシア様!? ま、まさか私に会いに……?」
駆け寄ってくる。
頬が紅潮している。息が上がっているのは、素振りのせいだけではないだろう。
オクタ嬢は昔から、ライバル視以上にお嬢様のことを好き過ぎる。本人はバレていないつもりだろうが周囲は皆知っている。
そんなオクタ嬢に向け、お嬢様が軽い調子で告げる。
「オクちゃん、ダンジョン一緒に行かない?」
お嬢様からの誘いを受け、オクタ嬢が言葉を失う。
口をぱくぱくさせ、そして——
「わ、わたくしを……わたくしなんかを、レティシア様が、そのっ、誘ってくださるのですか!?」
声が上ずり、両手で自分の頬を押さえ目を潤ませる。
「レティシア様がわたくしをっ……! あ、あの、えっと……!」
完全にパニックになっている。
お嬢様が、きょとんとする。
「え、ダメだった?」
「し、仕方ありませんわね! レティシア様がそこまで仰るなら、わたくしも覚悟を決めませんと!」
お嬢様が無邪気に笑う。
「オクちゃん超強いから助かるよ。持つべきものは幼馴染だね」
「べ、別に嬉しくなんてありませんわ」
オクタヴィア嬢が感激で震えていると、屋敷の中から一人の男が現れた。
銀髪を綺麗に撫でつけ、端正な顔立ち。背が高く完璧な姿勢。青灰色の瞳には静かな闘志が宿る。
セバスチャン・ノーマル。
オクタヴィア嬢の専属執事で、こっちはこっちで俺を一方的に敵視している男だ。3年前、初めて会ってから特に接点もないはずなのだが。
「オクタお嬢様、旅の準備を手配いたします」
そう言って、セバスチャンがうちのお嬢様に一礼する。
そして、ついでと言わんばかりにキッと俺を睨む。
俺の背筋に原因不明の悪寒が走る。
俺を捉え離さないセバスチャンの瞳、明らかな敵意が滲む。だが、それとは違う何かも混ざっている気がする。
ゾクッ
——何だ、この視線。
俺は、内心で警戒を強める。
お嬢様が、二人の間に割って入る。
「じゃあ決まりね! オクちゃんとセバスも一緒に古代神殿行こ」
「こ、古代神殿ですか!?」
オクタヴィア嬢が、目を輝かせる。
「わたくし、レティシア様と共に戦えるのですわね! これは夢ではありませんわね!?」
「大袈裟すぎだよw あ、でもねオクちゃん、これ実はめっちゃ大事な依頼なの」
お嬢様が、真剣な表情になる。
「女神様の顕現のために必要なアイテムを取りに行くんだよね。女神様のお告げで」
その言葉に、オクタヴィア嬢の表情が一変する。
「女神ルミナ様のために……!」
オクタヴィア嬢が、胸の前で手を組む。
その瞳には、純粋な信仰心が宿っている。
この国の初代国王であるロートニア王、元勇者。そのロートニア王を勇者に任命したのが女神ルミナである。従って、この国、特に建国を支えた貴族らは皆敬虔なルミナ教の信徒であり、オクタ嬢もその例外ない。
「それは……なんと尊いお仕事! わたくし、微力ながら全力でお手伝いさせていただきますわ!」
セバスチャンも、厳かに頷く。
「女神様のためとあらば尚更…この命に代えても」
俺は、二人の反応に少し驚く。
ルミナ教会が腐敗しているとはいえ、民の信仰心そのものは本物なのだろう。より一層、腐敗した教会の上層部が許せない。
「ありがと、オクちゃん。じゃあ明日、王宮で作戦会議ね」
「はいっ!」
オクタヴィア嬢が、力強く頷く。
―——
翌日——王宮の会議室。
円卓にロートニア王、旦那様、グレゴール卿、そして古代神殿攻略メンバーとなる四人のが座る。
陛下がその四人を見渡す。
「オクタヴィア嬢とセバスチャンか。南の五翼公サウザード家の令嬢と中央のリオネール家の令嬢、その執事ら——実に心強いな」
オクタヴィア嬢が、背筋を伸ばす。
「必ずや期待に応えてみせます」
その声には、緊張と決意が滲んでいる。
旦那様が、四人を見る。
「やる気なのは嬉しいが、一番大切なのはお前らが無事帰ってくることだ。それを忘れないで欲しい」
「「「「はい!」」」」
陛下は四人の返事に満足そうに頷く。
「一週間後、国が責任を持って古代神殿まで諸君らを送り届けよう」
陛下と旦那様がメンバー四人を眩しそうに見つめている。もしかしたら若かりし頃の自分達に姿を重ねているのかもしれない。
グレゴール卿が補足する。
「神殿内部は魔物の巣窟です。油断なきよう。特に『四つの魂、四つの道』のギミック——これは個々の力が試されると記録にあります」
俺は、静かに頷く。
——個々の力、か。
つまり、お嬢様のバフに頼りきりではいけないということだ。それは同時にお嬢様自身の力も試されることになる。色々不安だらけだ。
「こうしてレティシア様と共闘し、国と女神様のために戦える日が来るとは…。今日まで剣を振るってきた甲斐がありますわ」
オクタ嬢の目が眩しい程に輝いている。真っすぐ過ぎる。
その後ろからセバスチャンが、俺に視線を向けているが気付かない振りをしておこう。争いは避けられるならそれに越したことはない。
その後会議が終わり廊下を歩いていると——
「レティシア様、少しよろしいでしょうか」
我が父上、アーロン・ハートレイが声をかけてきた。
「息子を預からせていただきたい。一週間、みっちり鍛え直します」
お嬢様が、きょとんとする。
お嬢様が反応する前に俺は即座に反論する。
「父上、私はお嬢様の護衛を——
「だからこそだ」
父の声が強く重い。
「今のお前の実力ではこの先お嬢様を守り切れん。そもそも古代神殿では個々の力が試されると聞く。お嬢様のバフも期待できない状態でお前に何が出来る?」
言葉に詰まる。悔しいが反論できない。
——確かに。
グレゴール卿の言葉が、頭に蘇る。
お嬢様を見る。
「んー、クラウがいないのは寂しいけど……」
その時、廊下の奥からエルド先生とバルド師匠が、まるでタイミングを見計らっていたかのように歩いてくる。
俺たちの近くまで来ると、エルド先生が静かに告げる。
「レティシア様、クラウスが不在の間は我々が護衛を」
バルド師匠が胸を叩く。
「レティシア様は俺たちに任せておけ! お嬢様も立派なトレーニーに鍛え上げるぜ!」
エルド先生が呆れた表情になる。
「……私一人で十分なのだが……」
俺は二人を見て少し肩の力が抜ける。確かにこの二人なら文句のつけようがない。
お嬢様が、にっこり笑う。
「じゃあクラウ、少しの間お別れだね。私とオクちゃんはポートランド行く。グリちゃんとセリちゃんに装備作ってもらう。道中も修行になりそうだし」
そう言ってお嬢様はエルド先生とバルド師匠を交互に見つめる。
「はい…承知しました」
お嬢様の専属執事となってから5年、顔を合わせない日はなかった。1週間とはいえ、離れるのは非常に不思議な感じがする。
お嬢様が俺の目を見る。
「クラウ、うち信じてる。クラウが強くなってうちも強くなる。そうすればもっと色んなことできる! この国どころか世界だってもっとよく出来るよ!!」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。
——お嬢様のために強くなる。お嬢様とは目的にズレはあるが、着地点は一緒のはずなので問題はないだろう。
「……必ず、強くなってまいります」
「うん、頼りにしてるよ」
俺はお嬢様に深く一礼し、その場を後にした。
―——
その夜——リオネール邸の訓練場。
月明かりの中、父と母が俺を待っている。
二人のシルエットが、不気味なほど禍々しい。
「息子よ。久々に鍛え直す」
父の声が、低い。
「クラウ、手加減しませんからね」
母の笑顔が、怖い。
「クラウス殿、貴殿には絶対に負けない」
何故か一緒に修行することになったセバスチャン。
俺は天を仰ぐ。セバスチャンはどうでもいいが、うちの両親は無視できない。
実の親に対して言いたくはないが、あの二人はどうかしている。人としてのブレーキが壊れている。
「一週間で別人にしてあげるからね」
母の笑顔が悪魔にしか見えない。
「さあ時間がもったいない。すぐに始めるぞ。まず死ね」
「「 」」
父の言葉を最後に、地獄の一週間が幕を開けた。




