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とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第二章 愛を架けるトロッコ

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第二十八話 見失っていたもの(エドウィン視点)

 初めはただの、世間知らずの小娘だと思っていた。


 私——エドウィン・カーライルは、商人ギルド・ルミナス支部長として、数え切れないほどの貴族たちと交渉してきた。彼らの多くは、金と権力にしか興味がない。建前は美しいが、本音は醜い。


 レティシア・リオネール嬢も、そういった貴族の一人だと思っていた。


 だが、違った。


 ”塩”の交渉の場——あのランチの席で、私は彼女の本質を見た。


 私が塩の製法の買い取りを申し出た時、彼女は迷いなく断った。


『製法を秘密にするつもりはありません。全ての民に、行き届かせたいんです』


 独占販売権を求めた時も、彼女はきっぱりと言い切った。最初は、条件の吊り上げを狙っているのかとも邪推したが全く違った。


『塩は生活必需品です。一つの組織が独占するのは、民のためになりません』


 また、商人ギルドとの敵対を理解しているかと問うた時、彼女は真っ直ぐに私の目を見て答えた。


『敵対するつもりはありません。ただ、全ての民が味のする美味しいものを食べられる国にしたい。それだけです』


 あの瞳に、全く嘘はなかった。


 打算も、駆け引きも、何もない。


 ただただ純粋に民のことを思っている。


 世間知らず? その通りかもしれない。


 青臭い理想論? そうなのだろう。


 だが——その青臭さは、美しさすら感じさせた。


 私が商人になった頃、確かに持っていた何か。


 いつの間にか失ってしまった、大切な何か。


 そしてあの執事——クラウス・ハートレイ。


 あの若者も、普通じゃない。


 私は自分の目を疑った。


 これでもロートニア王——元勇者に憧れてこの国に来た身だ。武術の嗜みもある。多少腕にも自信がある。だからこそ分かる。


 クラウスの立ち振る舞い、視線の配り方、気配の消し方。


 あれは既に達人の域に達している。


 常に周囲を警戒し、レティシア嬢を守る位置取りを維持している。


 私が少しでも動けば、即座に反応できる体勢を崩さない。


 年齢は二十そこそこのはずだが——あの動きは、修羅場を潜り抜けた者のそれだ。


「どんな育て方をすれば、あんな化け物が育つのか......」


 私は思わず、呟いていた。


 レティシア・リオネールとクラウス・ハートレイ。


 未来明るい若者たちの夢の邪魔をする。私はそんな大人になっているのではないだろうか。



 思い返せば二十年前。私はまだ、商人ギルドで実績を積んでいた頃だった。


 東大陸ヴァルトレイド帝国の支部で、順調にキャリアを重ねていた頃、突然本部から通達が来た。


『ルミナス王国支部長、公募』


 建国間もない辺境の小国——誰も手を上げなかった。当然だろう。


 待遇は悪くないが、実績を積むには不向きだ。何より、辺境の新興国など、将来性があるかどうかも分からない。


 会議室で、同僚たちが顔を見合わせている。


「誰が行くんだ?」

「俺は嫌だね。辺境なんて」

「左遷みたいなもんだろ」


 だが、私は迷わず手を上げた。


「私が行きます」


 室内が、静まり返り、ライバルたちが驚いた顔で私を見る。


「え、エドウィン、正気か!?」

「なぜわざわざ?」


 理由は単純——ロートニア王への憧れ、まだ見ぬ国への期待。


 元勇者が建国した国を、この目で見たかった。


 魔王を倒したと言われている伝説の勇者。


 引退後、辺境の地に小さな王国を築いたという。


「その国を、自分の目で見てみたい。そして経済成長の力になりたい」


 私はそう答えた。


 同僚たちは呆れた顔をしたが、私の決意は変わらなかった。


 そして——実際にルミナス王国に来てみて、私は自分の判断が間違っていなかったことを確信した。


 この国を強く愛した。


 ロートニア王は噂通り、温厚で民を想う人物だった。


 最初で最後の謁見の際、王は笑顔で言った。


「エドウィン殿、この国をよろしく頼む。商人ギルドとは良い関係を築きたい」


 その言葉に、嘘はなかった。


 ルミナスの文化、美しい風景、温かい人々。


 市場の活気。子供たちが走り回り、老人たちが井戸端で語らう。


 朝靄に包まれた街並み。夕暮れ時の教会の鐘の音。冬の祭りで、民が皆で歌い踊る光景。春の花が咲き乱れる王都の中央広場。


 全てが——愛おしかった。


 この国の支部長になれて、誇りに思っていた。私は本気でそう思っていた。



 ―しかし、本部の方針は違った。


『利益を最大化しろ』

『塩の独占を維持しろ』

『物資供給を制限しろ』


 私は反論した。


「しかし、それではルミナスの民が苦しみます」


 本部の返答は冷たかった。


『商売に感情など不要。常に利益を考え命令に従え』


 私は——従った。


 従うしかなかった。


 組織の一員として、命令は絶対だった。少しでも抵抗を見せれば、塩の価格を更に吊り上げ、物資の供給を制限し、民が苦しむ。


 そうさせない為には命令に従うしかなく、多少の痛み・苦しみであれば見て見ぬ振りをした。


 いつしか、それが当たり前となり、ルミナスを愛する気持ちをどこかに置き忘れていった。


 レティシア嬢との交渉も、トロッコ破壊の示唆も、物資供給制限も——全て本部の命令。


 自分は何をやっているのだろう。レティシア嬢らのひた向きな真っ直ぐさに触れると、その思いは更に強くなる。


 過去の自分に、顔向けできない。


 そして届いた——最後通告の書状。


『一ヶ月でトロッコシステムを破壊し、塩の権利を買い上げよ。失敗すれば即刻解任』


 私の手が、震えた。


「私は.....私は一体.何をしているんだ」


 愛する国を、私の第二の故郷を、自分の手で苦しめているではないか。


 ロートニア王に憧れてこの国に来て、何よりもこの国を愛していたはずなのに——今の私は、その想いを自ら踏みにじっている。


 窓の外を見る。


 夕暮れ時の王都。


 トロッコが完成してから、街はそれまで以上に活気を取り戻していた。


 市場には物が溢れ、人々は笑顔で歩いている。


 子供たちが走り回り、商人たちが声を張り上げている。


 老人たちが井戸端で笑い合い、若者たちが恋を語らっている。


「......この街が、好きだった」


 レティシア嬢の言葉が、蘇る。


『全ての民が、味のする美味しいものを食べられる国にしたい。ただそれだけです』


 あの時の、純粋な瞳。


 嘘のない、真っ直ぐな想い。


 私は——気づいた。


「私は、いつから間違っていたのだろう」


 商人になった理由。


 人々の役に立ちたかったはずだ。


 必要な物を、必要な場所に届ける。


 それが商人の本分だったはずだ。


 いつから——組織の利益が、全てになってしまったのか。


 いつから——命令に従うことが、正しいことになってしまったのか。


 これが、私の望んだことか?


 違う。


 断じて違う——!


 私は、書状を握りしめる、、、そして破り捨てた。


 ビリビリと音を立てて、書状が破れていく。


 本部からの命令書が、紙屑になる。


 私は立ち上がり、扉を開ける。


「誰か!」


 廊下にいた部下が、慌てて駆けつける。


「支部長、どうされました?」

「全員を集めてくれ。今すぐだ」


 珍しい私の強い口調に部下が驚いた顔をするが、すぐに頷いて走り去る。


 十分後——会議室に、支部の全員が集まった。


 私は彼らを見渡す。


 共に十年以上、この支部を支えてくれた仲間たち。


 一番付き合いの古い副支部長のマルコが、不安そうな顔で問う。


「支部長、一体何が?」


 私は、深く息を吸う。


 そして——告げた。


「私は今この瞬間を持って、商人ギルドを抜ける」


 予想だにしなかったであろう私の言葉に室内が凍りついた。


 誰も、言葉を発しない。


 私は続ける。


「今まで私を支えてくれたことを、心から感謝する。皆は私を裏切り者として本部に伝えて欲しい。そうすれば、悪いようには扱われないだろう」


 沈黙。


 長い、長い沈黙。


 そして——マルコが、笑った。


「やっと目を覚ましましたか?」


 私は、目を見開く。


「マルコ......?」


 マルコが立ち上がる。


「俺たちも、この国を愛してるんですよ。支部長」


 他の部下たちも、次々と頷く。


「俺もです」

「私もです」

「ずっと、本部の命令に従うのが嫌でした」

「この国の人たちを苦しめるのが、辛かった」


 どうやら空回りしていたのは私だけだったようだ。。


「……自慢の頭の切れる部下だと思っていたが、どうやら大馬鹿者たちだったようだ…」

「なんせ長いこと自分の一番大切なものを見失ってた大馬鹿上司の部下ですからね」


 私の言葉にすかさずマルコが反論すると、「ちげえねぇw」と室内に笑い声が響く。


 私は零れそうになる涙を拭い、すぐさま部下たちに告げる。


「支度をしろ。リオネール邸へ向かう」


 部下たちが、驚いた顔をする。


「リオネール邸......ですか?」


「私には、まだやるべきことがある」


 私は窓の外を見る。


 夕暮れの王都。


 愛する街。


「レティシア嬢に、謝罪しなければならない。そして——協力を申し出る」


 マルコが、にやりと笑う。


「了解です、支部長」

「いや——もう支部長ではない。ただのエドウィン・カーライル、この国を愛するただの国民だ」


 私は、彼らに向かって頭を下げる。


「改めて、頼む。私に力を貸してくれ」


 部下たち——いや、仲間たちが、一斉に頭を下げる。


「喜んで」


 私は顔を上げ、決意を込めて拳を握りしめる。


 商人ギルドとの決別。


 失うものは多い。


 だが——得るものはもっと多い。


 自分の誇り。


 仲間の信頼。


 そして——愛する国のために戦う資格。


 私は、ようやく本来の自分を取り戻した。


 ロートニア王に憧れた、あの日の自分を。


 人々の役に立ちたいと願った、商人としての原点を。


「行くぞ」


 私は会議室を出る。仲間たちが、後に続く。




 こうして——物語は新たな局面へ向かっていく。

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