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とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第二章 愛を架けるトロッコ

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第二十七話 逆転

 王都ルミトルニアとポートランドを結ぶトロッコが完成してから二ヶ月が経過した。


 王都中央駅——新しく建設された巨大な建造物が、朝日を浴びて輝いている。


 石造りの壁には、五翼公の紋章が刻まれている。北のノースター家、東のイーストリア家、西のウェーンウッド家、南のサウザード家、そして中央のリオネール家。


 駅の中央には、王国全土に張り巡らされたレールの路線図が掲げられている。


 王都を中心に、放射状に延びる五本の幹線。さらにそこから枝分かれした支線が、王国のあらゆる町へと繋がっている。


 俺は路線図を眺めながら、この二ヶ月の激動を思い返す。


 陛下が五翼公に協力を要請した翌日、各公領から職人と技術者が次々と集まってきた。ドワーフの鍛冶師、エルフの魔術師、人間の土木技師——種族も専門も様々な者たちが、一つの目的のために集結した。


 グリムとセリオスが統率を執り、作業は驚異的な速さで進んだ。


 五翼公の領地には、それぞれ得意分野がある。


 北のノースター家は穀物の一大生産地で、広大な平原が広がっている。レールの敷設は比較的容易だった。


 東のイーストリア家は鉱山が豊富で、ミスリル合金の材料供給に協力してくれた。


 西のウェーンウッド家は領地の八割を超える森林を抱えるため、建築に必要な材木のほぼ全てを無償で提供。


 ポートランドを抱える南のサウザード家は港を多く抱え、海運との接続を担当した。


 そして中央のリオネール家は王家の声と他の五翼公の声をまとめるバランサーの役目を担っている。


 特に任命されている訳ではないが、陛下をはじめ個性の強い他の貴族からの信頼も厚い旦那様にしかできないポジションだろう。お嬢様が関わらなければ常識人なのである。


 駅の正面には、陛下、旦那様、お嬢様、グレゴール卿、そして五翼公の代表者たちが並んでいる。


 民衆が駅の周囲を埋め尽くしている。数千人——いや、一万人は超えているだろう。


 お嬢様が、隣のグリムとセリオスに話しかける。


「グリちゃんセリちゃん、マジでお疲れ様! 二ヶ月でこんなん作るとか、ヤバすぎでしょ!」

「わっはっは! レティ嬢に褒められると照れるのう。じゃが、五翼公はじめ、関わってくれた職人や技術者らのおかげじゃ。わしらだけじゃ、とてもこうはいかんかったわい」


 グリムが豪快に笑い、隣でセリオスが感慨深そうに頷いている。


 お嬢様が、両手を広げて周囲を見回す。


「みんな、マジありがとね! うち一人じゃ絶対できなかったし!」


 関係者らから温かい拍手が起こる。


 お嬢様の笑顔は——本当に、心から嬉しそうだ。


 陛下が一歩前に出て、宣言する。


「本日、ルミナス王国全土を結ぶトロッコ網の運用を開始する! 我が国では誰一人として決して飢えさせぬ!! くだらぬことで笑って泣いて、ときに喧嘩するようなそんな国でありたい!! 文句がある奴はかかって来い!!!」


 世界最強の一角に挑む一般人などいるはずもない。そもそも”かかって来い”も意味わからん。

 

 ……が、民衆の歓声がさらに大きくなる。流石だ。


 そして陛下が中央のレバーを引く。


 瞬間——。


 駅の地下に収められたゴーレムのコアが、強烈な光を放つ。


 青白い光が脈動し、まるで血管のように路線図全体へと流れ込む。


 駅に停車していた十数台のトロッコが、一斉に動き出す。


 ゴゴゴゴゴ——。


 低い音が響き、トロッコは滑らかにレールの上を走り出す。


 ポートランドへ向かうトロッコには、王都で生産された織物と工芸品が積まれている。


 北のウォーレン公領へ向かうトロッコには、ポートランドの塩と海産物が積まれている。


 東のセレスティア公領へ向かうトロッコには、北部の穀物が積まれている。


 西のグラディウス公領へ向かうトロッコには、東部の鉱石が積まれている。


 南のマーレ公領へ向かうトロッコには、王都の工芸品と織物が積まれている。


 各地の名産が、王国全土へと流通していく。


 民衆の歓声が、空を揺らす。


「動いた! 本当に動いてる!」

「これで物資が安く手に入る!」

「ルミナス王国、万歳!」


 その様子を眺め、お嬢様が瞳を拭う。


「えへへ~、マジで嬉しい!」


 その表情を見て、旦那様が目を細める。


「頑張ったね、レティ」

「パパ! マジでみんなの協力あってこそっしょ! うち一人じゃ何もできなかったし!」

「……そうだね。でも、レティが最初の一歩を踏み出したから、みんなが協力してくれたんだよ」


 旦那様の言葉に、お嬢様が再び目を潤ませる。


 俺は二人の様子を横目で見ながら、周囲の民衆の表情を観察する。


 希望に満ちた、明るい笑顔。


 商人ギルドの物資供給制限が始まった頃、この街には不安が漂っていた。露店は減り、物価は上がり、人々の表情は暗かった。


 それが今、活気が戻った。むしろその光は以前よりも強い。


 市場には物が溢れ、商人たちの声が響き、子供たちが走り回っている。


 お嬢様の理想が、形になった瞬間だ。


 だが——俺の胸の奥には拭えない不安がある。


 商人ギルドが、このまま黙っているとは思えない。



―——



 数週間後——王宮の会議室。


 陛下、旦那様、グレゴール卿、お嬢様、そして俺が席についている。


 グレゴール卿が、各地からの報告書を読み上げる。


「北のウォーレン公領、物資供給正常化。穀物の出荷も順調です」


「東のセレスティア公領、問題なし。鉱石の流通も安定しています」


「西のグラディウス公領、商業活動活発化。トロッコの運用も円滑です」


「南のマーレ公領、海運との連携順調。ポートランドからの塩の出荷も増加しています」


 グレゴール卿が報告書を置く。


「陛下、リオネール領を含む全領地から、安定の報告が届いております」


 陛下が満足そうに頷く。


「レティシア嬢、クラウス、よくやっってくれた」


 お嬢様が少し照れたように笑い、その隣で旦那様が優しく微笑む。


「頑張ったね、レティ」


 グレゴール卿が、さらに報告を続ける。


「加えて、陛下のご威光のお陰でルクシオンから直接の輸入航路も開けております。これで商人ギルドからの制裁は、全く影響を受けなくなりました」


 陛下が腕を組む。


「商人ギルドは、まだ何も動きを見せていないのか?」

「はい。エドウィン支部長は、相変わらず王都に留まっておりますが、目立った行動は確認されておりません」


 お嬢様が、少し不安そうに呟く。


「……逆に怖くない? なんか、嵐の前の静けさっぽくない?」


 的確な指摘だ。


 俺も同じことを考えていた。


 商人ギルドは世界規模の組織だ。一国の王を凌ぐこともある影響力を持つ。


 その商人ギルドが、塩の独占を崩され、物流網まで奪われて、何もしないはずがない。


 必ず——何か仕掛けてくる。


 グレゴール卿が、慎重な口調で続ける。


「警戒は怠っておりません。王都の商人ギルド支部には、常に監視を配置しております」

「引き続き、頼む」


 陛下の言葉に、グレゴール卿が深く頭を下げる。


 会議が終わり、お嬢様と俺は王宮の廊下を歩く。


 お嬢様が、少し疲れたように息を吐く。


「クラウ、マジで疲れたわ~」

「お疲れ様です、お嬢様」

「でもさ、みんなが笑顔になってるの見ると、マジで頑張ってよかったって思うんよね」


 お嬢様の横顔は、柔らかく微笑んでいる。


 俺は、その表情を守りたいと——改めて思う。



―——



 東大陸ヴァルトレイド帝国——商人ギルド本部。


 豪華な会議室に、幹部たちが集まっている。


 長いテーブルを囲む十数人の男女は、皆一様に怒りの表情を浮かべている。


「ルミナスが独自流通網を構築しただと!?」


 一人の幹部が、机を叩く。


「しかも二ヶ月で王国全土を!?」

「エドウィンは何をやっている!」

「無能め!」


 怒号が飛び交う。


 テーブルの最上座に座る老人——商人ギルドグランドマスターのヴィクター・ブラックウッドが、冷ややかな視線で幹部たちを見渡す。


「静まれ」


 低く、しかし圧倒的な威圧感を持つ声。


 幹部たちが、一斉に口を閉ざす。


 ヴィクターが、ゆっくりと立ち上がる。


「エドウィンに、ラストチャンスを与える」


 幹部たちが、息を呑む。


「ルミナスのトロッコシステムを破壊させろ。手段は問わない。成功すれば不問、失敗すれば即刻解任だ」


「マスター、期限は?」


 一人の幹部が問う。


「一ヶ月」


 ヴィクターが、冷たく告げる。


「一ヶ月以内にトロッコシステムを停止させ、塩の権利を買い上げろ」


 幹部たちが、ざわめく。


「了解しました。直ちにエドウィンに伝達します」


 ヴィクターが、再び座る。


「行け」


 幹部たちが、一斉に会議室を後にする。




 十日後、ルミナス王国——商人ギルド支部。


 エドウィン・カーライルの執務室に、本部からの書状が届く。


 エドウィンは、封を切り、書状を広げる。


 読み進めるうちに、顔色が変わる。


 手が——震えている。


『トロッコシステムを破壊し、塩の権利を買い上げよ。手段は任せる。期限は一ヶ月。失敗すれば即刻解任する』


 エドウィンが、書状を握りしめる。


 窓の外には——笑顔が戻った街。


 市場には物が溢れ、人々は活気に満ちている。


 子供たちが走り回り、商人たちが声を張り上げている。


 レティシア嬢の言葉が、脳裏に蘇る。


『全ての民が、味のする美味しいものを食べられる国にしたい。ただそれだけです』


 あの時の、純粋な瞳。


 嘘のない、真っ直ぐな想い。


 エドウィンにとって、利益を追求し、取引を成立させ、組織を大きくすることが全てだった。


 だが——。


 レティシア嬢の言葉を聞いた時、何かが胸に引っかかった。


 自分は、何のために商人になったのか。


 利益のためか?


 組織のためか?


 違う——最初は、人々の役に立ちたかったはずだ。


 必要な物を、必要な場所に届ける。


 それが商人の本分だったはずだ。


 いつから——組織の利益が、全てになってしまったのか。


 エドウィンが立ち上がり、決意を込めた表情で拳を強く握りしめていた。

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