第二十六話 トロッコ建設
遺跡からの帰路。馬車の中でお嬢様は、ゴーレムのコアを両手で大事そうに抱えている。
コアの青白い光がお嬢様の顔を優しく照らしている。まるで宝物を手にした子供のような表情だ。
「ねえクラウ、これマジでヤバくね? これで真ん中通るは山の手線ができるわw」
「恐らくまあるい緑かと……」
お嬢様の目が眩しいほど輝いている。それを見るとこっちまで嬉しくなってくる俺はもう手遅れである。
俺は視線を窓の外に向ける。街道沿いの町が見える。露店の数は相変わらず少なく、人々の表情には不安が滲んでいる。
商人ギルドの物資供給制限は、まだ続いている。
だが、それももうすぐ終わる。
お嬢様が手にしたコアが、全てを変える。あと少しだけ我慢して欲しい。自分たちの足でしっかりと立つために。
―——
三日後、お嬢様と俺は王都に帰還し、すぐに王宮へ直行する。会議室には陛下、グレゴール卿、そして旦那様が待っていた。
旦那様の表情は複雑だ。安堵と、何か別の感情が混ざり合っている。
「ただいま~♪ コアゲットしてきたよ!」
お嬢様が元気よく部屋に入り、青白く輝くコアを差し出す。
その瞬間、旦那様がお嬢様に駆け寄る。
「レティ......無事で何よりだ」
旦那様がお嬢様を抱きしめる。その腕には、娘を心配する父親の愛情が溢れている。
「パパ、痛い痛い。クラウがちゃんと守ってくれたから大丈夫だって」
お嬢様が笑いながら旦那様の腕を緩めさせる。
旦那様が俺を見る。その視線は——複雑だ。
「......クラウスくん、娘を守ってくれて感謝する」
「いえ、それが私の務めですから。ご心配おかけしました」
俺は頭を下げる。
と、旦那様の表情が変わる。
「…だが三日も年頃の娘を連れまわした挙句、無断外泊させるとは......!」
「......ふぁっ!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
いや、待て。確かに三日間お嬢様と二人きりだったが、別に怪しいことは何も——。そもそもそんなの報告もせずともわかっていることだろうと言いたい。
そもそも冒険者になるとき、別れの挨拶は済んでいるはずである。
「伯爵、落ち着きなさい。二人は仕事で遺跡に行っていたのはわかっているだろう?」
エルド先生が呆れたような声で旦那様を諫め、その様子を陛下が腹を抱えて大笑いする。こっちは笑い事ではない。
「ぶゎっはっはっは! レオンの娘バカは相変わらずだな! さて、早速だがトロッコシステムの建設に入ろう」
「ぐっ……」
陛下の一声で、旦那様が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ引き下がる。
会議室のテーブルに、王国全土の地図が広げられる。主要街道が赤い線で示され、重要拠点には印がつけられている。
「まずは王都からポートランドまでの幹線を優先します。次に北部の穀倉地帯、そして東部の鉱山地域へと順次拡大していきます」
グレゴール卿が地図を指しながら説明する。
「工期は?」
陛下が尋ねる。
「グリム殿とセリオス殿の技術があれば、最初の幹線は二週間で完成する見込みです」
「二週間......!」
陛下が驚きの声を上げる。
俺も同じ気持ちだ。王都からポートランドまでは、馬車で二日かかる距離。その間にレールを敷設し、魔法陣を刻み、動力システムを構築する——。
普通なら半年はかかる作業だ。
だが、あの短期間で塩生成装置を作り上げたグリムとセリオスなら——可能かもしれない。
その時、会議室の扉が開く。
「嬢ちゃん、お帰り! 無事で何よりじゃ!」
グリムが豊かな髭を揺らして入ってくる。その後ろから、セリオスも続く。
「コアの入手、おめでとうございます。私たちも準備を整えてお待ちしておりました」
セリオスが眼鏡を光らせる。
「グリちゃんセリちゃん乙~! じゃあ早速作っちゃお!」
お嬢様が満面の笑みでコアを二人に見せる。
グリムが驚いた表情を浮かべ目を細める。
「ほう......これが古代のゴーレムコアか。わしにはよくわからんが並々ならぬ魔力を感じるわい。これなら永久機関として使えるじゃろ」
「素晴らしい。理論上は可能だと分かっていましたが、実物を見るのは初めてです。これならばグリムの作る傑作の一部に値するでしょう」
「な、何を言っておる。セリオスが魂を込めてくれるからこそじゃ」
おっさん同士で頬を赤らめ讃え合うのは辞めて欲しい。お嬢様の教育に宜しくない。
一通りいちゃついた後、グリムが懐から巻物を取り出しテーブルに広げる。設計図だ。
「レールはミスリル合金で作る。なんせ王様がスポンサーだからの! 強度と魔力伝導性を両立させた特別製じゃ」
設計図にはレールの断面図や接続部分の詳細が描かれている。一本一本が芸術品のような精密さだ。
セリオスも別の設計図を取り出す。こちらは魔法陣の構造図だ。
「ゴーレムのコアを中央動力源とし、レール全体に魔力を循環させます。各区間ごとに中継点を設け、効率的に魔力を分配する仕組みです」
複雑な魔法陣が幾重にも重なり合い、一つの巨大な魔法回路を形成している。
「えぐいえぐいえぐいw グリちゃんセリちゃん仕事早すぎw」
お嬢様が目を輝かせる。
「当然じゃ! こんな面白いもん作れるなんて職人冥利に尽きるわい!」
グリムが豪快に笑う。
「失われた古代技術の応用......研究者として最高の機会です」
セリオスも珍しく興奮した様子だ。
エルド先生も興味津々で設計図を覗き込む。
「なるほど......魔力の循環理論はこう応用するのか。私も勉強になる」
技術者たちの熱い議論が始まる。
レールの材質、魔法陣の配置、動力の伝達効率——専門的な話が次々と飛び交う。
俺には半分も理解できないが、お嬢様が嬉しそうなのでそれで良しとしよう。
翌日から、建設が開始された。
王都の南門から、ポートランドへと続く幹線道路。その脇に、レールを敷設していく作業が始まる。
グリムが現場の中心に立ち、指揮を執る。
「レールは真っ直ぐ! 僅かな歪みも許さんぞ!」
ドワーフの職人たちが、精密にレールを加工し設置していく。金槌の音が街道に響き渡る。規則正しいリズムが、まるで音楽のようだ。
一本のレールは約五メートル。それを継ぎ目なく接続していく。ミスリル合金は硬く、加工が難しい。だが職人たちの手は正確無比で、寸分の狂いもない。
セリオスは魔法陣を刻む作業を指揮している。
「レール全体を一つの魔法回路として機能させます。中継点ごとに魔法陣を配置し、魔力の流れを最適化します」
エルフの魔術師たちが、複雑な魔法陣をレールに刻んでいく。青白い光が魔法陣に宿り、レール全体が淡く光り始める。
ドワーフとエルフ、まだ種族として完全に関係が修復した訳ではないが、グリムとセリオスの互いを認め合う関係はポートランドを中心に少しずつ広がりを見せている。
技術と魔法が融合した、新しい時代の象徴だ。
お嬢様と俺も、現場を視察する。
「うわ~マジでどんどん出来てくじゃん! テンション上がるわぁ?」
お嬢様が目を輝かせる。
「ええ。グリムとセリオスの技術は本物ですね」
俺も感心する。
作業は驚くべき速さで進んでいく。ドワーフの職人とエルフの魔術師——かつては対立していた二つの種族が、完璧な連携で作業を進めている。
グリムが設置したレールに、セリオスが魔法陣を刻む。その繰り返し。
途中の町にも、中継点が設置される。魔力供給ネットワークが、着実に構築されていく。
王都の中央には、ゴーレムのコアを収めた動力施設が建てられる。石造りの頑丈な建物で、内部には複雑な魔法陣が刻まれている。
コアから発せられる魔力が、そこからレール全体に循環し、トロッコを動かす仕組みだ。
一週間が過ぎた。
レールは王都から中間地点まで到達している。予定通り——いや、予定以上の速さだ。
現場では、職人たちが休む間も惜しんで作業を続けている。
「グリム、少し休憩を入れては?」
俺が提案する。
「休憩? 何を言っとるんじゃ。こんな面白い仕事、休んどる暇なんぞないわい!」
グリムが豪快に笑う。セリオスも同じだ。
「同感です。理論が形になっていく過程を、一瞬たりとも見逃したくありません」
職人と技術者の情熱は、止められない。
お嬢様も現場に入り浸っている。関係者たちに差し入れを配り、励ましの言葉をかけている。
「マジでお疲れ様! みんな超カッコいいよ!」
「嬢ちゃんに褒められると、やる気が出るわい!」
「レティ、パパ以外の男性をカッコいいと言うのは結婚前の淑女としては感心できないな」
「…………」
職人たちがお嬢様の言葉に笑顔を見せる。侵入者が混ざっているが気にしたら負けだ。
それから三日後。ついにポートランドまでのレール建設が完了した。
王都の南門——出発地点には、陛下、旦那様、グレゴール卿、お嬢様、そして俺。さらに多くの民衆が集まっている。
レールの上には、木製の荷台を持つトロッコが設置されている。荷台には試験用の荷物が満載されている。穀物の袋、木材、布——様々な物資だ。
グリムが動力施設の前に立つ。
「じゃあ、起動するぞ」
陛下が、施設中央のレバーを引く。
瞬間——。
ゴーレムのコアが、強く輝く。
青白い光が、まるで生きているかのように脈動し、レールへと流れ込む。光の線がレールを伝い、瞬く間に遠くまで広がっていく。
トロッコの車輪が——回り始めた。
ゴゴゴゴゴ——。
低い音を立てて、トロッコが動き出す。
ゆっくりと、そして確実に。
荷物を満載していても、止まらない。速度を上げ、レールの上を滑らかに走っていく。
民衆から、歓声が上がる。
「動いた!」
「本当に動いてる!」
「すごい! 魔法みたいだ!」
お嬢様が飛び跳ねる。
「やった! マジで動いてる! ヤバすぎでしょ!」
グリムが胸を張る。
「完璧じゃ。計算通りじゃい」
セリオスが眼鏡を光らせる。
「美しい......理論が現実になった瞬間です」
陛下が、満面の笑みで宣言する。
「これでルミナス王国は、商人ギルドに頼らずとも物流が回る! レティシア嬢、クラウスくん、そしてグリム殿、セリオス殿、皆に感謝する!」
民衆の歓声が、さらに大きくなる。
お嬢様が、隣の俺を見る。
「やったね、クラウ——」
お嬢様が思わず俺に抱きつこうとしたであろう——その瞬間。
背筋に、強烈な殺気が走る。
俺は反射的に、横に跳ぶ。
お嬢様が虚空を抱きしめる格好になり、バランスを崩して前のめりになる。
「うわっ!?」
俺は素早くお嬢様の手を取り、支える。
視線を感じる方向を見ると——旦那様が、恐ろしい笑顔でこちらを見ていた。
......命拾いした。




