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とある執事の日常 ~お嬢様の中の人は多分ギャル~  作者: コシノクビレ
第二章 愛を架けるトロッコ

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第二十五話 ゴーレムの遺跡 -後編-

 広間を抜け、さらに奥へと続く通路に足を踏み入れる。


 松明の炎が揺らめき、石造りの壁に不気味な影を落とす。壁には先ほどまでよりも複雑な魔法陣が刻まれており、古代の技術の痕跡がより濃密になっていく。魔力の残滓が空気を震わせ、肌を刺すような緊張感が漂っている。


 ここまでの道のりで、ゴーレムとの戦闘を何度も繰り返してきた。最初は四体同時という無謀な状況に陥ったが、その後は母から叩き込まれた暗殺術——気配を消し、敵を個別に誘導し、一体ずつ確実に仕留める技術が役に立った。


 複数体との同時戦闘を避け、一対一の状況を作り出す。関節を狙い、コアを貫く。無駄な動きを削ぎ落とし、最短距離で敵を無力化する。


 母の教えは厳しかった。


『執事は時に暗殺者でなければならないのよ。わかるでしょクラウ?』


 幼い頃その言葉の意味が分からなかった。だが今なら理解できる、、、訳がない。執事は断じて暗殺者ではない。ちなみに、執事長である親父は、幼い俺が混乱している時助けを求めようとしたが無言で首を横に振っていたのが今でも強く記憶に残っている。


 今でも母の言葉の意味は分からないが、お嬢様を守るためなら使えるものは全て使っていく。


「ねぇクラウ、なんか空気変わってきたね。ヤバそうな雰囲気マシマシじゃん」


 お嬢様が周囲を見回しながら呟く。


「ええ。おそらくこの先に、重要な何かがあるのでしょう」


「重要な何か……ゴーレムのコアかな?」


「可能性は高いと思われます」


 通路は緩やかに下っており、長い石の階段が続いている。一段一段を慎重に降りながら、俺は周囲の気配を探る。魔力の流れが変化している。何かが近い。


 階段を降り切ると、目の前に巨大な円形の部屋が広がった。


 天井は高く、十メートルは優に超えるだろう。壁一面に無数の魔法陣が刻まれ、青白い光を放っている。まるで星空のように美しく、そして禍々しい。床には幾何学模様が描かれ、部屋全体が一つの巨大な魔法陣として機能しているように見える。


 そして部屋の中央には、石造りの祭壇。


 その上に、青白く輝く球体が安置されている。


 手のひらサイズの球体は、まるで生きているかのように脈動し、内部で魔力が循環しているのが見て取れる。美しく、神秘的で、そして圧倒的な力を秘めている。


「ひょっとしてあれじゃね!?  ゴーレムのコア!」


 お嬢様が目を輝かせ、祭壇に向かって駆け出そうとする。


「お嬢様、待ってください!」


 俺は反射的にお嬢様の肩を掴む。


 その瞬間——部屋全体がゴゴゴと揺れ始めた。


 低い振動が足元から伝わり、壁の魔法陣が一斉に輝きを増す。床の幾何学模様が赤く光り始め、まるで血管のように部屋中に広がっていく。


「お嬢様、下がってください!」


 俺はお嬢様を背後に庇い、剣を抜く。


 祭壇の奥、深い闇の中から重い足音が響く。


 ズン。


 ズン。


 ズン。


 一歩ごとに床が震え、石の破片が天井から降り注ぐ。そして暗闇から、それは姿を現した。


 巨大なゴーレム。


 高さは五メートルを優に超え、全身が銀色に輝く金属——おそらくミスリルで覆われている。表面には無数の魔法陣が刻まれ、青白い光を放っている。両腕には人間の胴体ほどもある巨大なハンマーが装備され、関節部分からは赤い魔力が漏れ出している。


 目が赤く光り、低い唸り声のような音が部屋中に響き渡る。


 これまで戦ってきたゴーレムとは、格が違う。


 圧倒的な威圧感。存在するだけで空気が歪む。


「......でかっ。つーか強っ」


 お嬢様が呆然と呟く。


「ちょマジでこれ倒すの? クラウス撤退する?」


 お嬢様の声に僅かな不安が滲む。


 無理もない。これまでとは明らかに次元が違う相手だ。


 だが——俺は剣を構えたまま、静かに答える。


「問題ありません。今まで通り、お嬢様が支援を、私が前衛を務めます」

「......イケメンかよw でもうちが無理だと思ったら撤退するからね」

「承知しました」


 お嬢様の言葉に俺は小さく頷く。

 ボスゴーレムが両腕のハンマーを構える。赤い魔力が膨れ上がり、部屋中の空気が振動する。


 戦闘開始だ。


 俺は地を蹴り、ゴーレムに向かって疾走する。最短距離で間合いを詰め、ゴーレムの膝ら辺に斬撃を叩き込む。


 だが——ゴーレムの反応速度は予想を遥かに超えていた。


 ハンマーが振り下ろされる。轟音と共に床が砕け散り、石の破片が飛び散る。衝撃波が俺を襲い、間一髪で横に飛び退く。着地と同時に次の一撃が迫る。


 速い。


 これまでのゴーレムとは比較にならないほど速い。大きなボディからは想像も出来ないスピードだ。


「身体強化~全マシマシっと! ついでに雷属性付加♪」


 お嬢様の声が響き、俺の全身を光が包む。筋力、速度、反射神経——全てが跳ね上がる。さらに剣身に雷の魔力が纏わりつき、青白い光を放つ。こんなものまで隠し持っていたのかあのお嬢様……。


「感謝します、お嬢様!」


 俺は再び地を蹴る。今度は先ほどの数倍の速度で。


「雷撃剣!」


 魔力を込めた剣がゴーレムの装甲を切り裂く。火花が散り、金属の軋む音が響く。


 だが——装甲が厚い。先ほどまでと比べ、明らかに俺の攻撃力が跳ね上がっているはずだが、それでも深いダメージを与えられない。


 ゴーレムのハンマーが横薙ぎに振るわれる。俺は飛び退くが、衝撃波が俺を捉え、壁に叩きつけられる。背中に鋭い痛みが走り、視界が一瞬歪む。


「クラウ!  大丈夫!?」


 お嬢様の心配そうな声が聞こえる。


「全く問題ありません。かすり傷です」


 俺は壁に手をつき、立ち上がる。呼吸を整え、剣を構え直す。全身が痛むが、動ける。まだ戦える。


 再びゴーレムに向かって駆け出す。ハンマーが振り下ろされる。回避。横薙ぎ。飛び退く。突き。受け流す。


 攻撃のパターンを読み取る。動きの癖を見抜く。そして——隙を探す。


「クラウ、弱点とかないの!? このままじゃジリ貧じゃない!?」

「戦いながら探っていきます。お嬢様は支援を継続してください」

「あいよ~」


 ゴーレムの動きを冷静に観察する。


 ハンマーを振り下ろす動作の直後、体勢を立て直すために僅かな隙が生まれる。その瞬間、関節部分の防御が薄くなる。


 そこだ。


 俺はゴーレムのハンマーを誘う。わざと攻撃を読ませ、大振りを引き出す。


 ハンマーが振り下ろされる。床が砕け、衝撃波が広がる。


 その瞬間——俺は体勢を低くし、ゴーレムの背後に回り込む。


「はっ!」


 先ほど攻撃した箇所の裏、膝の関節部に斬撃を叩き込む。雷の魔力が炸裂し、金属が軋む音が響く。


 ゴーレムが僅かに体勢を崩す。やはり硬い敵に対しては関節への攻撃が有効なようだ。どこの世界でも同だな。


 次は肘の関節。腰の関節。首の関節。


 一つ一つ、確実に破壊していく。


 ゴーレムの動きが鈍くなる。ハンマーの振りが遅くなり、足取りが重くなる。


 だが——俺の魔力も限界に近づいている。全身から汗が滴り落ち、呼吸が荒くなる。剣を握る手が震え、視界が僅かに霞む。


 それでも——止まるわけにはいかない。


 お嬢様が後ろにいる。お嬢様の理想が、お嬢様の未来がこの先にある。


 だから——俺は止まらない。


「クラウ! もう一発バフ行くから! 全部ぶっ込んじゃって!」


 お嬢様の声が響き、さらに強力な光が俺を包む。


 全身に力が漲る。魔力が回復し、剣が一層強く輝く。


 これが——最後だ。


 俺は全魔力を剣に集中させる。重ね掛けされた雷の属性により青白い光が眩いほどに輝く。剣身が震え、周囲の空気が帯電する。


 ゴーレムが最後の一撃とばかりに両腕のハンマーを振り上げる。


 俺は地を蹴り、真正面から突撃する。


 ハンマーが振り下ろされる。


 俺は剣を真っ直ぐに突き出す。


「ギガブレ……いや、雷撃剣——極!」


 剣がゴーレムの胸部中央——コアの位置を貫いた。


 轟音。


 閃光。


 雷の魔力が炸裂し、ゴーレムの内部で暴れ回る。赤い光が消え、魔法陣の輝きが失われる。


 巨大なゴーレムが——崩れ落ちた。


 轟音が部屋中に響き渡り、地面が激しく揺れる。天井から石の破片が降り注ぎ、壁の魔法陣が次々と消えていく。


 俺は剣を支えに、その場に膝をつく。


 全身汗だらけ。呼吸が荒い。魔力も体力も、完全に限界を超えている。視界が霞み、耳鳴りがする。


「クラウ! マジお疲れ! カッコよかったよ!」


 お嬢様が駆け寄ってくる。その声が遠くに聞こえる。


「......ありがとうございます」


 俺は何とか答える。


 温かい光が俺を包む。お嬢様の回復魔法だ。疲労が少しずつ癒され、魔力が回復していく。呼吸が整い、視界が晴れていく。


「でも今回は無理し過ぎだし! 小言は王都に戻ってからだからね!!」


 お嬢様が少し怒ったような、でも心配そうな表情で俺を見つめる。


「申し訳ございません。ですが——お嬢様の計画を成功させるためには、このコアが必要でした」

「......もう、クラウったら」


 お嬢様は小さく笑い、俺の手を取って立ち上がらせる。


 二人で祭壇へ向かう。崩れ落ちたゴーレムの残骸を越え、石の階段を上る。そして——青白く輝くゴーレムのコアを手に取る。


 球体は手のひらサイズで、内部で魔力が永遠に循環しているのが分かる。温かく、脈打つような感触。まるで生きているかのように。


 お嬢様がコアを見つめる。その表情は真剣そのものだ。


「これで......みんなを助けられるね」

「ええ。お嬢様の計画が進みます」


 お嬢様がにっと笑う。


「やったじゃん! クラウのおかげっしょ!」

「いえ、お嬢様がいなければ、私はここまで来れませんでした。お嬢様の支援魔法があったからこそ、あのゴーレムを倒せたのです」

「もう~、お互い様じゃん♪」


 お嬢様が俺の腕を軽く叩く。


 そうだ。俺たちは二人でワンセットだ。


 お嬢様がいるから、俺は強くなれる。俺がいるから、お嬢様は前に進める。


 持ちつ持たれつ。それが俺たちの関係だ。


「さ、帰ろっか。陛下たち待ってるし」

「そうですね。早くこのコアを届けなければ」


 俺たちは遺跡を後にする。長い階段を上り、広間を抜け、通路を進む。


 外の空気が肌に触れ、夕陽が俺たちを照らす。遺跡の入口に辿り着くと、お嬢様が大きく伸びをする。


「あ~、マジ疲れた~。でも達成感ヤバくね?」

「ええ。大きな一歩を踏み出せました」


 お嬢様は夕陽に照らされながら、コアを掲げる。青白い光が夕陽の橙色と混ざり合い、美しい色彩を生み出す。


「これで、トロッコ計画が進むね。物流が良くなって、商人ギルドに頼らなくても民が幸せに暮らせるようになる」


 お嬢様の横顔は、希望に満ちている。


「大丈夫、きっと上手くいく」


 お嬢様の横顔に見惚れている自分に気付き俺は家路を急ぐ。

 頭の中で怒り顔の旦那様が一瞬よぎるのだった。

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