第二十一話 お嬢様の笑顔を曇らせる者、それだけで万死に値する
商人ギルドの支部を訪れ、エドウィンに接触してから三日が経過した。
あの日から、俺たちの背後には常に誰かの視線がある。商人ギルドが俺たちの動向を監視しているのだろうが、今のところ特に接触はない。
そして四日目の朝——異変は始まった。
王都の中央市場。いつもなら朝から活気に満ちているはずの場所が妙に静かだ。露店の数が明らかに少ない。開いている露店の商品も明らかに少ない。いつもなら所狭しと並ぶ多様な商品だが、今日は歯抜けのように並んでいる。
「あれ? お菓子のおばあちゃんいないね」
お嬢様が首を傾げる。
いつも焼き菓子を売っている老婆の姿が、確かにない。その隣で果物を売っていた商人も、その向かいで布地を扱っていた行商人も、誰一人として姿を見せていない。
「おかしいな、今日も来ないのか」
「行商人が足りないらしいが……いつもなら必ず来る奴までいないぞ」
「昨日から急に減ったよな。何かあったのか?」
耳を澄ますと商人たちの困惑した声が、あちこちから聞こえてくる。
……いよいよ始まったか。
俺は表情を変えずに、周囲の警戒を続けながらお嬢様の横を歩く。
商人ギルドが動いた。ルミナス王国への物資供給制限。塩の独占を崩されたことへの、報復措置である。一種の脅迫のつもりだろう。
「クラウ、なんか変だよね」
お嬢様が真剣な面持ちで俺を見上げる。
「……ええ。一旦王城に向かいましょう。まだ旦那様もいるでしょう」
お嬢様と俺は、背後に視線を感じながら市場を後にした。
先日呼びつけられた執務室には、予想通り陛下と旦那様、そこに街道や物流の件でお世話になっているグレゴール卿も加わり話し合いが行われていた。俺たちが来ることも見越していたのだろう、門番に声を掛けるとすぐに陛下のもとに案内された。
王の表情は珍しく厳しい。
「商人ギルドが動いた」
開口一番、陛下がそう告げる。
「表向きは『行商人不足』とのことだが、実態はルミナス王国への物資供給制限だ。穀物、日用品——あらゆる物資の流入が急減している」
続けて旦那様が資料を広げる。
「昨日から今朝にかけて、主要な交易路を使う行商人の八割が王都に入っていない。これは明らかに組織的な動きと判断できるだろう」
グレゴール卿が深刻な表情で続ける。
「今は国内在庫で凌げますが、このままでは三ヶ月も持ちません。特に穀物は……冬を越せない可能性があります」
執務室の空気が重くなる。
お嬢様が唇を噛む。自分の行動が招いた結果だと、責任を感じているのかもしれない。
だが、陛下は即座に決断した。
「王国の備蓄穀物を解放する。当面の混乱は抑えられるだろう」
「しかし陛下、それでは根本的な解決には……」
旦那様が言いかけると、陛下が手を上げて遮った。
「わかっている。だが、まず民の不安を取り除くことが先決だ。対策はこれから練る」
陛下の言葉に、一同が頷く。
俺はお嬢様を見る。彼女の表情は俯いたまま、まるで自分を責めるかのように沈んでいた。
……お嬢様、あなたは何も間違っていない。
俺の仕事は、あなたの理想を守ることだ。そのために、どんな障害も取り除く。
―——
会議の後、お嬢様とともに再び町の様子を視察することにした。
王都の各所を回る中で、この世界最大規模の宗教、ルミナ教会のが突然施しを始めていた。
「困窮する民を救うのが我らの使命です」
白い僧衣を纏った司祭が、貧しい身なりの人々にパンを配っている。一見すれば善行だ。だが、その説教に妙な一言が混じる。
「秩序を乱せば混乱が訪れる。これは神の摂理です。我らは正しき道を歩まねばなりません」
別の教会でも、同じような光景が繰り広げられている。
「民を混乱させる者がいます。ですが、神は必ず正しき者を導いてくださいます」
お嬢様が眉を顰める。
「……タイミング良すぎない?」
「ええ」
俺は周囲を警戒しながら答える。
商人ギルドの物資制限と、教会の施しのタイミング——これは偶然ではない。
商人ギルドが物資を絞り、聖教会がそれを補う。そして説教で「秩序を乱す者」を遠回しに批判する。
……巧妙だ。
民の不満を、お嬢様に向けさせようとしているのは明らかだろう。
領民思いのお嬢様にとって、その領民からの暴言は耐えられないだろうと踏んでの事だろう。
「お嬢様、私に言われるまでもないことでしょうが、お嬢様が気にするところではありません。あなたは正しいことをしています」
「……うん!……ありがとクラウ!! ちょっと弱気になってたかも」
「……………」
そういってお嬢様が笑顔を見せる。
お嬢様の笑顔を一瞬でも曇らせるとはそれだけで万死に値する。あ奴らどんな天罰を喰らわしてやろうか……。
いや、まずいまずい。冷静になれ俺。俺というブレーキが壊れてしまえば、あの頭のいかれた集団であるリオネール家を止める者がいなくなる。お嬢様らのこととなれば彼らは理性を保てまい。あのエルド先生ですら、だ。
その時、タイミングを見計らったかのように前方から見覚えのある人物が歩いてくる。
エドウィン・カーライル ―—ルミナス王国商人ギルド支部長である彼が現れた。
「これはこれは、レティシア様にクラウス様」
エドウィンが口元だけ穏やかに微笑むが、その眼は全く笑っていない。
「町の視察ですか? ご苦労様です」
「……エドウィンさん」
お嬢様が警戒した表情で彼を見る。
エドウィンは何も言わず、ただ複雑な表情で俺たちを見つめた。
「気が変わればいつでもお尋ねください。商人ギルドは、常に交渉の余地を残しています」
「超余裕! てか全然大丈夫です! お気遣いなく!!」
お嬢様が胸を張って言い切る。
エドウィンの表情が、一瞬だけ悔し気に歪んだ。例えそれがポジティブな表情でなくても、感情を顕わにしてくれた方が余程人間らしい。
「……そうですか。では、失礼します。また近いうちに…」
彼が踵を返して去っていく。
その背中を見送りながら、俺は考える。エドウィンは、本当に商人ギルドの意向だけで動いているのだろうか。
あの表情——喜びと悲しみが混在するようなあの表情は一体どういう心情なんだ。何かを諦めているような、それでいてまだ何かを期待しているような。
……板挟みか。ただの敵対組織の一員、という側面だけではない気がする。
俺の知ったことではないが。
―——
翌日、再び王宮での作戦会議が開かれた。
執務室には、ロートニア王、レオン伯爵、グレゴール卿、そして俺たちが集まっている。
「このままでは尻すぼみになる」
旦那様が苛立ちを隠さずに言う。
「私が商人ギルドに出向く、か……いや、それでは王国が譲歩したと思われる」
「かといって、このまま膠着状態が続けば民の不満は高まります」
旦那様の発言にグレゴール卿が悩まし気に応える。
重苦しい沈黙が執務室を支配する。
その時、お嬢様が手を挙げた。
「ねえグレゴールさん、物流の国営化って今どこまで進んでる?」
王が顔を上げる。
「準備段階だが……まだ実施には至っていない」
「また皆に迷惑かけちゃうけど、前倒しで実施できないかな?」
お嬢様が真剣な表情で続ける。
「王都から主要都市を結ぶトロッコ作らない? 整備した街道にレール引くだけなら、協力してくれた魔法使いたちなら余裕でしょ。あたしにちょっとした秘策もあるし」
一同が顔を見合わせる。
トロッコ——鉱山で使われる、レールの上を走る荷車のことだ。
「輸送効率が劇的に上がれば、商人ギルドに頼らなくても物資回せるじゃん。あとさ、輸入に依存してるから経済制裁されて困るんじゃね? 国内で作ればよくない? いい機会じゃん、他の国に左右されない経済作っちゃおうよ。結果として国防?みたいなw」
お嬢様の言葉に、執務室の空気が変わる。
俺は即座にお嬢様の言葉を補足する。
「短期的には苦しいですが、長期的に見れば王国の基盤が圧倒的に強化されます。商人ギルドへの依存度を下げられれば、今後このような事態を防げます」
陛下が自身の膝を叩きながら大笑いする。
「ぶゎっはっは! 制裁を好機に変えるとは! 流石はレティシア嬢だ!」
「ピンチはチャンスってどっかの偉い人が言ってたし。あれ? 失敗は成功のもと??」
自分で言いながら混乱しているお嬢様を見ながら旦那様が頷く。
「確かに……街道整備の実績がある。魔法使いたちの協力も得られるだろう」
グレゴール卿が地図を広げる。
「王都からルミナス王国の五大都市にレールが伸びれば、あとはリオネール伯爵含めたルミナス王国が誇る”五翼公”の皆さまがどうとでもしてくれるでしょう」
「グレゴール卿、その呼び名は恥ずかしいのでやめて下さい」
五翼公——元勇者パーティーであったリオネール伯爵以外にも、政治や勉学など、さまざまな分野で陛下を支える五大貴族の呼び名である。
旦那様とグレゴール卿のやり取りを嬉しそうに眺めていた王が立ち上がる。
「商人ギルドに一泡吹かせてやろう。レティシア、お前の案を採用する」
「やった! さっすがロトっち!! 判断が早い」
お嬢様が拳を握り身を震わしている。決して臆病風に吹かれた訳ではない。
商人ギルドからの制裁を転機に王国の自立へと変える。なんとも、お嬢様らしい発想だ。
だが、これで商人ギルドとの対立は決定的になる。彼らは必ず、次の手を打ってくるだろう。
俺はお嬢様の背後に立ち、改めてお嬢様を守ると誓う。
お嬢様には指一本触れさせない。




