第二十話 ケツの穴の小さな集団
ルミナス王とレオン伯爵への報告を済ませたお嬢様と俺は王都の宿で一晩過ごした。
冒険者としての収入で過ごしているお嬢様と俺が泊まる宿は、当然それなりの宿である。贅沢はできない。
宿の朝食は固い黒パンと素材の味を活かした野菜スープ…、これもそう遠くない未来、しっかりと味のするスープが提供されるようになるだろう。そう考えるとこの味気のないスープも美味しく感じて来る。
お嬢様は満足そうにスープを飲みながら、冒険者として、近々の過ごし方を考えていらっしゃるようだ。
「クラウ、山岳地帯って寒いかな? 防寒具とか用意した方がいいよね」
「そうですね。今の季節なら厚手のマントがあれば十分かと」
「あとね、ドワーフの集落があるって聞いたの。グリムさんに紹介状書いてもらえばよかったかも」
そんな他愛のない会話を続けていると、宿の主人が俺たちのテーブルへ近づいてきた。
「あんたらがレティシアさんとクラウスさんかい?」
「はい、何でしょう?」
パンを頬張っているお嬢様に代わり俺が対応する
「今朝方商人ギルドの人間があんたらに会いに来たよ」
商人ギルド―—その単語を聞いた瞬間、俺の中の警戒心が跳ね上がる。
「その商人ギルドさんはなんと?」
「お二方を、”本日正午、支部でのランチにご招待したい”だとよ。俺は確かに伝えたぞ」
そう伝えると、宿の主人は迷惑そうにさっさとその場を後にする。
あまり褒められた対応ではないが、駆け出し冒険向けの宿ということを考慮すれば伝言を伝えてくれるだけありがたいのかもしれない。
「……早速来ましたね」
俺が呟くと、お嬢様が俺を見上げた。
「クラウ、どうする?」
「断る理由はありません。むしろ、向こうから接触してきたのなら話を聞くべきでしょう」
お嬢様が頷く。
「じゃあ、行こうか」
「かしこまりました。念の為、冒険者ギルドを通して王にも『ご招待』いただいち件が伝わるように手配しておきます」
……さて。商人ギルドがどう動くのやら。
腹の探り合いは面倒で仕方ない。そう考えてしまう俺エルド先生の言う通り、バルド師匠に毒されているのだろう。
———
正午少し前、俺たちは王都の商人ギルド支部を訪れた。
建物は石造りの重厚な造りで、三階建て。入口には商人ギルドの紋章が掲げられている——天秤と剣を組み合わせたデザイン。商売と力、両方を象徴している。
扉を開けると、すぐに案内の男が現れた。
「レティシア様、クラウス様。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
案内された部屋は二階の個室で、窓からは王都の街並みが一望できる。
テーブルには既に料理が並んでいた。肉料理、魚料理、温野菜のサラダ、焼きたてのパン。
……商人ギルドの財力を見せつけるつもりなのか、豪勢な料理がところ狭しと並んでいる。
「失礼いたします」
料理やインテリアなどを確認していると、扉が開き一人の男性が入ってくる。
四十代前半と思われる、端正な顔立ちの男。髪は黒く、短く整えられている。紺色の上質なコートを着こなし、立ち居振る舞いに一切の隙がない。
「レティシア様、クラウス様。突然のご連絡、お許しください。商人ギルド、ルミナス支部長のエドウィン・カーライルと申します」
男——エドウィンが深く一礼する。
お嬢様が貴族令嬢としての笑みを浮かべた。
「初めまして、エドウィン様。リオネール家のレティシアと申します。こちらは私の執事、クラウスです」
お嬢様の口調が、普段とは違う。家名を名乗る時は外行きの時だ。
貴族としての完璧な立ち居振る舞い。
……普段からこうしてくれれば楽なのに、とは言えない。お嬢様は使い分けができる人間だ。ただ、普段はそれを選んでいないだけ。
「どうぞ、お掛けください」
エドウィンがお嬢様に席を勧める。伯爵家の一員であるお嬢様の立場であれば促される必要はないのだがそこはお嬢様、偉そうに振る舞うことが出来ない。庶民はお嬢様である。
お嬢様が無言で頷き、俺の引いた椅子に優雅に腰掛ける。俺は何が起きても対応できるようにお嬢様の少し後ろに控え立腰の姿勢を崩さない。
「まずは食事を。お話はその後で」
エドウィンが淡々と告げる。
お嬢様が頷き、ナイフとフォークを手に取った。
……さて、どうなることやら。
―——
食事は静かに進んだ。
お嬢様は貴族らしい優雅な所作で料理を口に運び、エドウィンは無表情のまま、機械的に食事をしている。
お嬢様が料理を賞賛しているが、お嬢様の表情を見る限り必ずしも社交辞令だけではなさそうだ。塩加減が絶妙らしく、肉の旨味を引き出しているとのこと。
……商人ギルドが独占していた頃の塩の価値を、これでもかと見せつけているつもりなのかもしれない。
食事が終わり、紅茶が運ばれてくる。
エドウィンがカップを一口含んでから、ようやく口を開いた。
「単刀直入に申し上げます」
その声には、感情が籠もっていない。
「ポートランドで成功された、海水からの塩の製法を、買い取らせていただけませんか。金額は言い値で結構です」
お嬢様がキョトンとした表情を浮かべ首を傾げる。
「なぜでしょう?」
「…え? ……なぜ、とは?」
話が全く嚙み合っていない。
商人ギルドが、お嬢様の目的が”利益”や”栄誉”などと勘違いしているうちは一生分かり合えないだろう。商人ギルドだから、という訳ではなく本来それが普通なのだろうが…。
「私たちは別に製法を秘密にするつもりはありません。むしろ、全ての民に行き届くようにしたいと考えておりますが…」
お嬢様の言葉に、エドウィンの顔が僅かに動いた。
動揺——というより、困惑に近い。
「むしろ……そっちの方が問題なのですが…」
エドウィンが額に手を当てる。
「では、せめて独占販売権だけでも。流通を我々に任せていただけないでしょうか。原価以外全ての残りをレティシア様にお支払い―—
「お断りします」
お嬢様がエドウィンの言葉を遮りきっぱりと告げた。
「塩は本来生活必需品です。それを一つの組織が独占するのは、民のために決してなりません。我々としてはより安価で、誰もが気軽に手に入れる状況を望んでおります」
お嬢様の発言を聞いたエドウィンの表情が苦しげに歪んだ。
「……レティシア様」
彼が俯く。
「それが"商人ギルドと敵対する"と理解した上での、ご発言でしょうか」
部屋の空気が張り詰める。
俺はお嬢様の背後からエドウィンの動きを注視する。表情からでは何を考えているのか推察することができない。流石百戦錬磨の商人というところだろう。
しかし、そんな百戦錬磨の商人に対し、我らがお嬢様は微塵も怯まなかった。
「敵対するつもりはありません」
お嬢様がエドウィンを真っ直ぐ見る。
「ただ、正しいと思うことをしているだけです」
「正しい……」
「はい。全ての民が、味のする美味しいものを食べられる国にしたい。ただそれだけです。」
お嬢様の声に、一切の迷いがない。
「商人ギルドは、個人の当たり前の幸せを否定する、そんなケツの穴の小さな集団なのでしょうか?」
”ケツの穴”はいただけない。あとで苦言を呈さなくてはならない。
しかしエドウィンは何も反論できず俯いたままだった。
俺はその横顔を観察する。
焦燥、諦念——そして、何か別の感情、むしろ喜び…?
……エドウィンの目には、明確な葛藤が浮かんでいる。
商人ギルドの人間として、塩の独占を守らなければならない。
だが同時に、お嬢様の言葉に——その真っ直ぐな理想に、何かを感じている。
「……わかりました」
エドウィンが立ち上がる。
「本日は、ありがとうございました。今日の所はここまでにしましょう…」
彼の声は、妙に疲れていた。
お嬢様も席を立ち部屋を出る。
入口まで見送りに来るエドウィンがの表情は、元の無表情に戻っていて何を考えているのかわからないが、お嬢様の発言を聞き何か彼の中で葛藤を抱えているのだろう。
「……レティシア様、クラウス様」
エドウィンが呟くように告げた。
「どうか、くれぐれもお気を付けて下さい。商人ギルドは……」
彼が言葉を飲み込む。
「…いや、何でもありません。私はまだ諦めた訳ではありません…また近いうちに…」
そして深く一礼して、踵を返した。
扉が閉まる。
お嬢様が俺を見上げた。
「なんか、悪い人じゃなさそうだったね。”当たり前の幸せ”って言ったとき、なんか嬉しそうだった気がする」
「……ええ」
やはりお嬢様は見逃さなかったか。俺は振り返り、エドウィンが見送っていた辺りを眺める。
「だからこそ、嫌な予感がします」
「どういうこと?」
「あの人は、商人ギルドの人間として動かなければならない。ですが、本心では別のことを考えている」
俺がお嬢様の肩に手を置く。
「板挟みになった人間は、時として予想外の行動を取ります。お嬢様、しばらくは警戒を緩めないでください。とはいっても私が絶対に守りますが」
「うん、わかった! 頼りにしてるよ!!うちの執事様w」
お嬢様がそう言って笑いながら俺の背中を叩く。痛い。
「………………」
俺たちが宿へ戻る道を歩き始めると、背後から誰かの視線を感じる。
……流石に早い。尾行か。
ここから商人ギルドの動きが活発化していくことになるだろうが、俺のやることは変わらない。
お嬢様のため、それだけである。




