第十九話 動き出した商人ギルド
王都に到着したのは、急使を受け取ってから三日後のことだった。
整備されはじめた街道のおかげで、以前なら一週間はかかる道のりが半分以下の時間で済む。これもお嬢様が起こした変革の一つである。まだまだ文字通り道半ばだが、半年もせずルミナス王国全土に広がるだろう。
今回お嬢様と俺は、謁見の間ではなく陛下の執務室へと案内された。案内の方にくれぐれも失礼のないように、と今回も釘を刺される。
扉を開けると、陛下に加え旦那様も待ち構えていた。
その旦那様の表情がピキピキと音を立てそうなほど引き攣っている。そんな怖い顔で睨むのはやめてもらいたい。
「…レティシア、クラウスくん。早速、塩の件、詳しく聞かせてもらおうか」
旦那様の声が低い。笑顔のはずなのに目が全然笑っていません。。
「はーい」
お嬢様の軽すぎる返答と旦那様の低いテンションとの対比が更にお嬢様の軽さを際立たせる。
「…では私から説明させていただきます」
俺が一歩前に出ようとすると、お嬢様が俺の袖を引っ張った。
「クラウがやると堅苦しくなるから、あたしが説明する」
「お嬢様、ここは王の執務室です。言葉遣いを―――」
「パパとロトさんだから大丈夫でしょ?」
ロトさん―このお嬢様、一国の王をロトさん呼ばわりした。
旦那様の表情がさらに引き攣る。
「ぶゎっはっは! 構わん構わん!! レティシア嬢、むしろその方が話しやすい!」
陛下が豪快に笑うが、旦那様の額には青筋が浮かんでいる。そしてお嬢様に向けられない怒りを俺に目線で向けて来る。
「陛下……娘が無礼を……」
「気にするな、レオン。なんならレオンもお前の屋敷の時の口調にしてもらいたいくらいだが。まぁ、それより早く聞かせてくれ。ドワーフとエルフが協力したというのは本当か!?」
「そうなのちょっと聞いて下さいよ!」
お嬢様が目を輝かせる。
「グリムっていうドワーフの職人さんと、セリオスっていうエルフの魔法使いさんが、最初は超険悪だったんですけど―――」
お嬢様が身振り手振りを交えて説明を始める。
海水を煮詰める方法。大釜の設計。魔法陣による永続的な加熱システム。そして何より、数百年続いたドワーフとエルフの確執を、たった数日で解消したこと。
「で、二人が仲良くなったら一気に話が進んで、三日で装置が完成しちゃいました」
「素晴らしい!」
陛下が机を叩き腹を抱えて爆笑している。
「レティシア嬢、君は本当に面白い! 種族間の確執を解消するなど、並の人間にできることではない!」
「いやー、それほどでも」
お嬢様が照れくさそうに頭を掻き、旦那様の表情はもはや般若の域に達している。
「…レティシア」
「はい? どうしたのパパ?」
「お前は一体……いや、クラウスくん」
旦那様の視線が俺に向けられた。
「君が付いていながら、なぜこのような……」
「申し訳ございません」
俺は頭を下げずとりあえず言葉のみ謝罪する。お嬢様を制御できないことなど旦那様が一番わかっていることだろう。まぁどちらにしてもお嬢様を止めるつもりなど微塵もないが。
「しかしお嬢様の意志は固く、また塩の普及は確かに”民のため”になると判断いたしました」
「”民のため”、か……」
旦那様が深い溜息をつく。
「君たちは、商人ギルドがどれほど恐ろしい組織か、わかっているのか?」
「ちょっと怖い商人さんたちの集まり? みたいな? ウケるw」
ウケない。
お嬢様の返答が軽すぎる。
旦那様が崩れ落ちそうになるのを、陛下が肩を支える。
「レオン、落ち着け」
「陛下……私の娘は……」
「間違いなく素晴らしい娘さんだ。少し無謀すぎるとは思うが」
陛下が笑顔を収め、表情を改めた。
「レティシア嬢、クラウス。商人ギルドについて正確な情報を伝えておく」
執務室の空気が一変、普段の適当な感じは影を潜め一国の王としての顔を覗かせている。
「商人ギルドは四大陸すべてに支部を持つ、世界規模の組織だ。その影響力は一国の王すら凌ぐこともある。つまり建国間もないルミナス王国より世界に与える影響は大きい」
「マジか…」
陛下が真剣な表情で頷く。
「塩の独占は、彼らの重要な収入源の一つ。それが崩れたとなれば……」
「…激おこ」
陛下の言葉を旦那様が続ける。
「既に情報が入っている。商人ギルド本部がルミナス王国への圧力を検討し始めた、と…」
「圧力って、具体的には?」
お嬢様が首を傾げる。
「交渉による譲歩の要求。あるいは経済封鎖。最悪の場合は――――」
「…実力行使」
陛下が静かに告げた。
「闇ギルドに金を積んで、君たちを襲わせる可能性もある」
執務室が静まり返る。
お嬢様の表情から、ようやく軽さが消え下を向く。
「……そっか。うち、とんでもないことしちゃったんだね」
「レティシア……」
旦那様がお嬢様に歩み寄ろうとするが、その前にお嬢様が顔を上げた。
その瞳には一切の迷いがない。
「でも、悪いことしてる訳じゃない」
「え?」
「塩を作って、みんなが美味しいご飯食べられるようにした。それって悪いこと?」
「いや、それは……」
お嬢様は旦那様の目を見据え、堂々と宣言する。
「だったら譲るつもりはない。私の名はレティシア・リオネール、誇り高きレオン・リオネールの娘。貴族としての務めを決して放棄しない」
お嬢様の声に力がこもり、執務室が再び静まり返る。
陛下が静かに微笑んだ。旦那様は
「……よく言ったレティシア、君の言うことは完全に正しい」
陛下が立ち上がる。
「だが、相手は世界規模の組織だ。決して軽く見てはいけない」
「はい、承知しました」
空気を読んだお嬢様が敬語で対応する。
「だから…だからこそ! みんなの力を借してください」
「レティシア……」
旦那様がお嬢様の肩に手を置いた。
「これは遊びではない。本当に危険が伴う。お前の身に何かあれば、私は……」
「パパ」
お嬢様が父の手に、自分の手を重ねる。
「大丈夫。みんなのためにやったことだもん、絶対に後悔しない」
「だが……」
「それに」
お嬢様が悪戯っぽく俺を見る。
「クラウがいるもん」
俺はその場で、今度は深く一礼した。
「お嬢様を必ずお守りします」
「クラウスくん……」
旦那様の表情が複雑に歪む。安堵と、何か別の感情が混ざり合っている。
「頼もしい執事だな。若い頃のアーロンにそっくりだ」
「………」
そういって陛下が静かに笑う。
…若い頃の親父を知っているのか。今度親父と話す機会があれば聞いてみよう。………もしかしたら一生聞かないかも。
「では、最悪の事態に備えて準備を進めていこう」
「陛下、具体的には?」
旦那様が尋ねる。
「まず、塩の生産体制を王国として正式に承認する。ポートランドの装置を国有化し、関係者を保護する」
「なるほど……」
「次に、商人ギルドとの交渉窓口を設置する。いきなり敵対するのは得策ではない。双方納得できる折衷案があるのであればそれに越したことはない」
陛下が執務机の地図に手を置く。
「そして万が一に備え、レティシア嬢とクラウス君の護衛体制を強化する」
「護衛は不要です」
俺が即座に答える。
「お嬢様を守るのは、私の役目です」
「クラウス君、君の実力は聞き及んでいる。だが相手は組織だ。一人で対応するには限界がある」
「それでも――――」
「クラウ」
お嬢様が俺の袖を引く。
「陛下の言う通りだよ。みんなの力を借りるって、さっき言ったでしょ?」
「……わかりました」
俺は頭を下げる。そう言われてしまったら納得せざるを得ない。
「ぶゎっはっは!良い執事を持ったな、レオン!」
「はい……本当に……」
旦那様が遠い目をする。
「あ、そうだ」
お嬢様が突然手を叩いた。
「ロトさん、塩の技術って他の国にも広めていいですか?」
執務室の空気が凍りついた。
「レティシア嬢……今、何と?」
「だって、ルミナス王国だけで独占したら、うちたち商人ギルドと同じになっちゃうじゃないですか」
「それは……そうだが……」
陛下が額に手を当てる。
「君は本当に……面白すぎるな……」
「レティシア!」
旦那様が叫んだ。
「お前は一体何を考えて――――いや、何も考えてないのか!?」
「考えてますよ、パパ。みんなが幸せになる方法を」
お嬢様がにっこり笑う。
旦那様が再び崩れ落ちそうになる。
「陛下……私の娘は……」
「素晴らしい。我々もきっと若い頃はこれくらい無茶苦茶だったんだろう」
陛下が静かに告げた。
「レティシア嬢の言う通りだ。技術を独占すれば、我々も商人ギルドと同じ穴の狢になる」
陛下がお嬢様と俺を交互に見る。
「だが、無償で広めるのは得策ではない。技術提供の対価として各国との友好関係を強化する。それが巡り巡って王国の利益にもなるだろう」
「さすがロトさん!」
お嬢様が目を輝かせる。
「では早速、各国への使節団を――――」
「待て待て待て」
旦那様が両手を上げた。
「まず商人ギルドとの問題を片付けてからだ。順序というものがある」
「あ、そっか」
お嬢様があっさり頷く。
それを見届けて俺は静かに溜息をついた。
またお嬢様が世界を変えようとしている。そしてその度に、俺の仕事が増えていく。
「では、当面の方針はこれで良いか?」
陛下が全員を見渡す。
「はい」
「異論ございません」
旦那様と俺が答える。
「オッケー!」
お嬢様が元気よく親指を立てるのを見て陛下が笑い、更にそれを見て旦那様が頭を抱える。
……さて、また忙しくなる。




