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中身ギャルの異世界お嬢様 ~振り回されることに喜びを感じる俺は既に手遅れかもしれない~  作者: コシノクビレ


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第十八話 お嬢様の塩⑤

 ポートランドの港は祝祭に包まれていた。


 通りという通りに露店が並び、塩をたっぷり使った焼き魚や煮込み料理が湯気を立てている。塩のきいたパンを頬張る子供たち、塩漬けの肉を片手に笑い合う冒険者たち、塩味の効いたスープを啜る老人たち。


 その全ての笑顔の中心に、お嬢様がいた。


「うおおおお! 姐さん最高だぜ!」

「塩だ! 本物の塩だ!」

「これで魚の保存ができる! 商売が広がるぞ!」


 港湾地区の労働者たちが次々とお嬢様に声をかけていく。お嬢様は一人一人に笑顔で応え、時折変なポーズまで取りながら盛り上げている。


 俺は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。


 数日前、お嬢様は完成した塩の第一号をポートランドを治める行政官に献上した。行政官は小瓶を手に取り、何度も何度も頷いてはお嬢様に深い感謝を伝えてきた。


「この町に、新しい時代が来る。いくら礼を言っても言い切れない」

「そんなんいいから町のみんなでパーッといこうよ! テンション上げてこ!!」


 お嬢様のある意味空気を読まないその言葉を合図に町全体が動き出した。


 港の作業員たちが屋台を組み立て、漁師たちが魚を持ち寄り、料理人たちが腕を振るう。冒険者ギルドの面々も駆けつけ、酒樽を転がしながら騒ぎ始めた。


 気がつけば、ポートランド全体が祝祭ムードに包まれていた。


 その様子を嬉しそうに眺める嬢様を見ていると、俺の心も満たされてゆく。




 時は少し遡り―—数日前の塩生成装置製作の作業場。


「グリム殿! この接合部の美しさ! 完璧な直角だ!」

「いやいやセリオス殿の魔法陣こそ! この流麗な魔力の流れ! 芸術だ!」

「いえいえ! 貴方の鉄工技術があってこそ!」

「いやいやいや! 貴方の魔法制御があってこそ!」

「「「………………」」」


 作業場の中央で、グリムとセリオスが褒め合戦を繰り広げていた。そのおっさん二人(片方は見た目若いけど)それを永遠と見せ続けられるお嬢様とガルスと俺。


「気 持 ち 悪 い に も の 程 が あ る わ w w」


 お嬢様が腹を抱えて笑っている。貴族令嬢にあるまじき姿だが、この町では冒険者として過ごしているので不問とする。旦那様にバレたら怒られるけど、俺が。


「……同意せざるを得ません」

「……今までの不仲は何だったんだ?」


 一通りいちゃつき終わったのか、二人の作業が加速する。


 グリムのハンマーが鉄を叩く音が規則正しく響いたと思えば、セリオスの指先から放たれる魔力が空中に複雑な紋様を描き吸い込まれていく。


 長年連れ添ったパートナーかのように、二人の連携に無駄が一切ない。


 巨大な釜が組み上がり、配管システムが接続され、魔法陣が刻まれていく。グリムが鉄板を曲げればセリオスが溶接の魔法を施し、セリオスが魔力回路を描けばグリムがそれを受け止める導管を作る。


 互いの技術を完全に理解し、補い合っている。


 凄まじい速度だった。


「……化け物か」


 ガルスが呟く。


「……異世界の職人さんパネェ」


 お嬢様も感心したように呟く。今この人”異世界”とか言った気がするけど聞かなかったことにする。


 そうして装置はとうとう完成を迎える。


 高さ三メートルを超える巨大な釜が、作業場の中央に鎮座している。複雑に入り組んだ配管が海へと伸び、釜の底部には幾重にも重なる魔法陣が刻まれていた。


「最後だ」


 そういうといセリオスがお嬢様に視線を向ける。


「魔光石を、ここに」


 セリオスが装置の心臓部を指差す。


 俺は懐から月影の洞窟で手に入れた魔光石を取り出しお嬢様に手渡す。


 セリオスに頼まれ新たに用意した魔光石だ。入手方法を伝えていなかったので、依頼された翌日に見せた際には偉く驚いていた。


 その魔光石を装置の中心にある窪みにお嬢様が嵌め込む。


 カチリ、と小さな音がした。


 五人で固唾を飲んで見守る。


 数秒の静寂———



 ゴゴゴゴゴ…



 重い音を響かせ装置がゆっくりと動き出す。


 配管を通して海水が自動で供給され、魔法陣が淡い青色に輝き始める。釜の底部から熱気が立ち上り、海水の表面が揺らぎ始めた。


「成功だ…!」


 グリムが拳を握りしめる。


「やった…やったぞ!」


 セリオスが両手を天に掲げる。


「すげえ…本当にできちまった…」


 ガルスが呆然と呟く。


 お嬢様が装置に近づき、沸騰し始めた海水を覗き込む。


「これでみんな、美味しいもの食べられるね」


 それから暫く皆で飽きもせず沸騰する海水を眺め続けた。その後しばらく、ドワーフとエルフの気持ち悪い称え合いが続いていた。


 


 そして現在―—祝祭の真っ只中である。


 塩生成の立役者がお嬢様であると噂を聞きつけた冒険者や港湾で知り合った人々、それに交じって初めて会う町民が、絶え間なくお嬢様の元を訪れ続けている。


「姐さん、ありがとうございます!」

「レティシア様、感謝の言葉もございません」

「嬢ちゃん、マジでヤベェよ!」


 冒険者、港の作業員、町民たち。身分も職業も年齢もバラバラな人々が、軽く礼を述べては歓談の輪に戻っていく。しばらくそれが続き、ようやく人の流れが途切れたタイミングで、ガルス、グリム、セリオスの三人がやってきた。


 三人の表情がいつもと違う。いつになく真面目な表情を浮かべている。


「レティシア様」


 ガルスが改まった口調で話しかける。


「いや、リオネール伯爵令嬢殿と申し上げるべきか」


 グリムとセリオスは無言でガルスの後ろに控える。


 あぁ、気づいていたのか。名乗ってはいないが別に隠してもいない。行政官への献上の際、お嬢様の身分は添えていたし。なので知られていたとしてもそんな不思議な事でもない。俺もお嬢様への対応を変えていないので尚更であろう。


「今回の御恩、なんと感謝を伝えればよいのか…我ら三人はいついかなる時も―—

「早く飲もw」


 お嬢様がいつもの口調で言い放つ。


「あたしはただのレティシアだよ。みんなと一緒に塩作って、みんなと一緒に喜んで、みんなと一緒に馬鹿やるだけのただの冒険者。それ以上でもそれ以下でもないから」


 三人が顔を見合わせ困ったような笑みを浮かべている。

 どうするべき対応に苦慮している三人に対し、俺は有無を言わさず盃を渡す。すかさずそれにお嬢様がエールを注いでいく。


「……相変わらずだな、嬢ちゃんは。こりゃ敵わんわ」

「まったくじゃ。嬢ちゃんは嬢ちゃんじゃからのう」

「レティシア殿は、本当に不思議な方だ」


 三人は諦め、お嬢様に促される盃を空けていく。


 そして祝祭は夜通し続いていく―—




 翌朝、俺とお嬢様は宿で数日ぶりにゆっくりとした朝を迎える。


 塩の生産装置は軌道に乗り、今後はガルスら三人を中心に町の人々がそれを管理していくことになるだろう。


「次はどこ行く?」


 お嬢様が窓の外を眺めながら尋ねる。


「まだ決めておりませんが…お嬢様のご希望は?」

「んー、どこでもいいけど、今回海見たから次は山にする?きのこ食べたい」

「…………」


 相変わらず考えているんだかいないんだか…それがお嬢様らしさではあるのだが。


コンコンー


「失礼します」


 聞き慣れてきた宿の主人の声がする。


「王都から急使が参りました。リオネール伯爵家宛ての書状です」


 王都からだと? 嫌な予感しかしない。


 お嬢様に許可を取ってから書状を受け取る。


 中身を確認すると、、、当たり前のように俺の予感は的中した。



―——



 一方、その頃王城では―—


「なんてことをしでかしてくれたんだあの二人は…!」


 レオン伯爵が頭を抱えていた。


 執務室の机の上には、ポートランドからの報告書が広げられている。


『レティシア様とクラウス殿が、ポートランドにて塩の大量生産に成功』


 改めて、レオン伯爵は額に手を当てる。


「商人ギルドが黙っているはずがない…塩の独占は彼らの重要な収入源だぞ…」

「ぶゎわっはっは、レオン、お前の娘とあの執事は本当に面白いな!」


 横でロートニア王が大爆笑している。


「笑い事ではありません、陛下! これは王国どころか、世界を巻き込む事態になりかねません! クラウスくんが一緒にいながらどうして……」

「わかっている。だが面白いものは面白い。そもそもそのクラウスくんとやらは”魔王殺し”と”音無し”の息子だろ? ある意味レティシアよりもトラブルメーカーかもしれないぞw」

「それはそうかもしれませんが……」


 ロートニア王が笑いを収め、真剣な表情になる。


「レオン、これから忙しくなるぞ。商人ギルドが間違いなく動き出す。そしてレティシア嬢とクラウス君を狙うかもしれん」

「それは…」

「だが安心しろ。私が許可を出した冒険だ。王国が全力で守る」


 ロートニア王が立ち上がり、窓の外を見る。


「レティシア嬢の行動は、いつも王国を良い方向へ導いてくれる。今回もきっとそうだ」

「陛下…」


 ロートニア王が振り返る。


「彼女が危険に晒されることは避けねばならん。すぐに護衛を―—」

「その必要はございません」


 レオン伯爵が遮る。


「クラウスがおります。あの少年がいる限り、レティシアに危害が及ぶことはあり得ません」

「そうか…お前がそこまで言うのであればそうなのだろう」

「ええ。娘を任せられるのは、あの少年だけです。あくまでも”執事”としてですが」


 レオン伯爵の表情に僅かな安堵が浮かぶ。


「しかし…商人ギルドの動きは読めません。最悪の場合、王国全体を巻き込んだ経済戦争になる可能性も…」

「その時はその時だ」


 ロートニア王が不敵に笑う。


「次代を担う若者たちの希望を守るためなら、我々はいくらでも盾になる。そうだろう、レオン?」

「………仰る通りです」


 二人の視線が、遥か彼方のポートランドへと向けられた。


 物語は、新たな局面へと進んでいく―—

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