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中身ギャルの異世界お嬢様 ~振り回されることに喜びを感じる俺は既に手遅れかもしれない~  作者: コシノクビレ


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第十六話 お嬢様の塩③

 翌朝――


 お嬢様と俺は港町の商店街を歩いていた。


 道の両脇に並ぶ店からは、魚の匂いと潮の香りが混ざり合った港町特有の空気が漂っている。行商人の声が響き、荷車を引く馬の蹄の音が町の活気を感じさせる。


「魔法具店……魔法具店……あ、あった!」


 お嬢様が指差した先に、古めかしい看板を掲げた小さな店があった。


 扉を開けると、カランカランと鐘の音が響く。


 店内は薄暗く、棚には様々な魔法具が並んでいる。光る石、用途不明の杖、奇妙な形をした瓶……どれも埃を被っている。


「いらっしゃい」


 奥から落ち着いた男性の声がした。


 カウンターの向こうから現れたのは、長い金髪と尖った耳を持つ若いエルフの男性だった。整った顔立ちに知的な雰囲気、見た目的には二十代前半といったところだが、エルフは見た目と実年齢が人間と全く違うので実際の所は想像も付かない。


「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」


 外行き用のお嬢様が遠慮がちに切り出す。


 エルフの男性が眼鏡の位置を直した。


「ああ、言ってみろ」

「えっと、大量の海水を継続的に沸騰させ続けられるような方法を考えているんですが...何も思い浮かばなくて」


 お嬢様が説明を始めると、エルフの目が輝いた。


「……魔法陣による永続的な加熱システム。沸騰させる装置に直接埋め込めば理論上は可能だ」


 その言葉に、お嬢様の表情がぱっと明るくなる。


「マジですか!?」

「ああ。魔力供給源さえあれば、魔法陣を組むことで継続的な熱生成が可能になる。もちろん、相応の設計と調整が必要だが……」


 エルフが興味深そうにお嬢様を見つめる。


「ところで、なぜそんなものが必要なんだ?」


 お嬢様が塩作りのことから始まりに関する一連を説明する。その熱量に少し呆気にとられていたが、お嬢様が話終わるとエルフは静かに頷いた。


「……うむ、非常に興味深い。協力しよう」


 即答だった。


「マジ!? ありがと!!」


 お嬢様が飛び跳ねんばかりに喜ぶ。先程から若干敬語が崩れてきているが心の距離が縮まっていると前向きに捉えよう。そもそも、行動を見ていると忘れそうになるがこう見えて貴族令嬢だし問題ない。


「私はセリオス。この店の店主だ。明日、実際の設備のある場所で詳しい話をしよう。場所は?」

「港の作業場で! 他の協力者も呼びます!」

「了解した。では明日会おう」


 セリオスが軽く手を上げる。今日はもう終わり、という事なのだろう。


 俺たちは翌日の待ち合わせの詳細を詰めてから、魔法具店を後にした。


 ――宿への帰り道。


 お嬢様は上機嫌で鼻歌を歌っている。


「これで全部揃ったね! ドワーフの技術とエルフの魔法! テンション爆上がりだわ」


 その無邪気な笑顔を見ながら、俺は一人内心で考えを巡らせる。


 ドワーフとエルフ。……両種族の関係は、決して良好ではなかったはずだが...。しかしここは多くの種族が行き交う港町だ。もしかしたら考えすぎかもしれない。


 お嬢様の笑顔を見て俺は口を閉ざした。大丈夫だ、きっと杞憂で終わるだろう。


 その夜、俺はグリムにも連絡を入れた。明日の打ち合わせについて、熱源問題を解決できる協力者が見つかったと。


 明日、いよいよいお嬢様の塩プロジェクトが本格的に動き出すはずだ。


 ――翌日、正午過ぎ。


 ガルスに案内された作業場に、お嬢様と俺、そしてドワーフのグリフが既に集まっていた。


 海風が吹き抜ける開けた場所で、木材と漁具が雑然と積まれている。作業台の上には、グリムが昨日完成させた設計図が広げられていた。


「いよいよこれで本格的に始められるな」


 グリムが豪快に笑う。その横でガルスも嬉しそうに頷いている。


「熱源問題さえ解決すれば、後は作るだけだ」


 お嬢様が時計を確認する。


「そろそろ来る頃だと思うんだけど……」


 その時、作業場の入口に人影が現れた。


 金髪のエルフ、セリオスだ。


「待たせてしまってすまない。魔法陣の設計図を持ってきた」


 セリオスが作業場に足を踏み入れた瞬間――。


 空気が凍りついた。


 グリムとセリオス、二人の視線が交差する。


 グリムの顔が見る見る険しくなった。


「……なんだ、エルフがいるのか」


 セリオスも眉をひそめる。


「……ドワーフだと? 冗談だろう」


 二人が同時に口を開いた。


「この話はなかったことに」


「「……」」


 沈黙。

 やっぱり駄目だった...。


 お嬢様が目を丸くしている。


「えぇぇぇ!? 昨日まで二人ともあんなに乗り気だったじゃん!? 何が駄目なの!?」


 その声が作業場に響いた。


 グリムが設計図を丸めながら答える。


「悪いな、嬢ちゃん。ドワーフはエルフとは仕事をしねえんだ。そこに理由なんかない」

「待って待って! なんで!?」

「昔からそうだからだ」


 セリオスも踵を返す。


「ドワーフと意見が合うとは驚きだ。我々エルはドワーフとの協力は不可能だ」

「だからちょっと待ってよ! 理由を教えてよ!」


 お嬢様が必死に引き止めようとするが、二人は頑として聞かない。


「嬢ちゃんには世話になった。だが、これだけは譲れねえ。これ以外に何か手伝って欲しいことがあれば遠慮なくいってくれ。今回の詫びだ、ある程度は融通を利かそう」

「私も残念だが、これは譲れない一線だ。レティシアとクラウスは何時でも店に遊びに来るが良い」


 グリムがセリオスがそう言ってそれぞれ別の方向に向かって歩き出すと、二人とも振り返ることなく去って行ってしまった。


 作業場に残されたのは、お嬢様、ガルス、そして俺だけ。


 虚しく波の音だけが響いている。


 お嬢様が呆然と呟いた。


「……なに...あれ? どういうこと?」


 ガルスが申し訳なさそうに肩をすくめる。


「ドワーフとエルフは昔から仲が悪いんだ。どっちも頑固で、プライドが高くて……すまん、先に伝えておくべきだった。俺のミスだ」

「とりまおっさんは絶対に悪くないよ!謝んないで」


 俺は静かに塩生成装置が出来る予定だった場所を見つめる。


 ドワーフの精密な設計と、エルフの魔法技術。両方が揃えば、完璧な塩作りの装置が完成するはずだった。


 だが、種族間の壁がそれを阻んでいる。


「でもあたしは諦めないよ、折角見つけた糸口だもん」


 お嬢様が顎に手を当てて考え込む。


「ええ、ではすぐ別の協力者を探しましょう」


 俺の提案をお嬢様はすぐ様否定する。


「いや、協力者はあの二人が良い。というかあの二人しかいないっしょ」

「で、ですがあそこまで明確に拒否されてしまっては...」

「絶対に大丈夫。二人とも、みんなに塩を普及したいって気持ちに一番賛同してくれたもん。それが種族の問題で断ったりしたら、きっと二人自身が後悔するよ」


 お嬢様の言葉には一遍の迷いもなかった。


 あれだけはっきりと拒絶された二人を説得する。しかもドワーフとエルフという、長い歴史の中で積み重ねられてきた種族間の溝を越えて。


 普通なら諦め別の方法を探すだろう。それが常識的な判断だ。


 でも、我がお嬢様は一度決めたことは決して諦めない。


「クラウ、あたしに考えがある」


 お嬢様が振り返る。きっと俺なんかでは考えも及ばない崇高な考えがあるに違いない。一生ついていきます!


「まず二人との関係を作る。腹を割って話して、本音を聞き出すの」

「……ぐ、具体的には?」

「宅飲み…じゃなくて宿飲み。飯食って酒飲んでウェーイって感じ」

「………」


 数秒前の自分を全力で殴りたい。


「やどのみ?」


 ガルスが首を傾げる。


「宿で一緒にお酒飲むってこと。グリムさんとセリオスさん、それぞれ別々に呼んで、まずは仲良くなることから始める」


 お嬢様が人差し指を立てる。


「人って、お酒入ると本音が出やすいじゃん? だから二人がなんでそこまでお互いを嫌ってるのか、本当の理由を聞き出す。理由がわかれば対策も立てられるっしょ」

「………」


 うむ、単純だけどそう言われると否定も出来ない。


 ガルスが豪快に笑った。


「がっはっはっ、嬢ちゃんはやっぱり面白いな! だがまぁ、悪くねえ作戦だ」

「でしょ? じゃあクラウ、すぐ二人誘いにいこ? 明日の夜、グリムさん。明後日の夜、セリオスさん。それでいこ」


 お嬢様が勝手に予定を組み始める。


 俺は深く息を吐いた。


「……承知しました」


 他に方法が思いつかない以上、お嬢様の作戦に乗るしかない。


 それに、もしかしたら――。


 このトラブルメーカーなら、本当に不可能を可能にしてしまうかもしれない。


 そんな予感があった。


 その日の夕方、お嬢様と俺はグリムとセリオスそれぞれ誘いにいった。


 内容は簡潔に、お嬢様が二人それぞれに「一緒にご飯食べながらお酒飲もう!」と。


 グリムからは「嬢ちゃんの誘いなら断れねえな。行くぜ」、セリオスも「レティシアとクラウスの誘いなら喜んでお邪魔しよう」、と二人とも快諾だった。


 舞台は整った。あとはお嬢様次第だろう。


 コミュニケーションモンスターがどうあの二人を懐柔するか非常に興味深い。

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