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中身ギャルの異世界お嬢様 ~振り回されることに喜びを感じる俺は既に手遅れかもしれない~  作者: コシノクビレ


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第十五話 お嬢様の塩②

 翌朝、宿の部屋で目を覚ますと、お嬢様はすでに起きて窓際に立っていた。


 手には昨夜作った塩の入った小瓶。朝日に透かすように眺めている。


「おはようございます、お嬢様」

「あ、クラウ! おはよー!」


 お嬢様が振り返る。その表情は晴れやかだ。


「ねえ、今日さ、港の人たちに塩を使った料理を配りたいんだけど」

「……料理、ですか」

「うん! せっかく作った塩だし、みんなに味わってもらいたくて」


 俺は少し考えた。確かに、実際に使ってもらえば塩の価値が伝わるだろう。だが、この量では……。


「分かりました。では厨房を借りましょう」


 お嬢様の笑顔が眩しい。


 宿の女将に事情を話し少量の塩を分けると、大喜びで厨房を貸してくれた。


 お嬢様は慣れた手つきで米を研ぎ始める。


「……お嬢様、その料理は」

「おにぎり! 塩の味が一番わかりやすいでしょ?」


 間違いない。炊き立ての白米に塩を適量、想像しただけで涎が落ちる。


 お嬢様は手際よく炊き上がった米を握り、塩をまぶしていく。何かを想像しているのか、それとも元の世界を想像しているのか...その姿はどこか楽しそうだ。


 三十個ほどのおにぎりを作り上げ、お嬢様と俺は先日世話になった港湾地区へ向かった。


 朝の港は活気に満ちている。荷物を運ぶ労働者たち、船の準備をする船員たちや漁師たちで賑わう。


「みんなー! ちょっと集まってー!」


 ひと段落付き休憩へ向かう集団に向かいお嬢様が大声で呼びかけると、先日顔を合わせた労働者たちが次々と集まってきた。


「嬢ちゃん、どうした?」

「差し入れ持ってきたよー! 良かったらみんなで食べて!」

「お、握り飯か? ありがたくいただくぜ」


 お嬢様がおにぎりを配り始めると、労働者たちはお礼を言いながら口に運んだ。


 そして――。


「……な、なんだこれ? 味がする...」

「塩だ、ちゃんとした塩の味がするぞ!」

「朝からこんな贅沢したら罰が当たんぞ!?」


 港は歓声に包まれた。彼らにとって、塩の効いた食事自体贅沢品だ。普段は味気ない薄味の食事で腹を満たすのが精一杯なのだから。


「うめえ……なんだこりゃ...家で待ってる母ちゃんに持って帰ってやろう……」


 思い思いに喜ぶ動労者をお嬢様が真剣な表情で眺めている。きっと胸に刻み付け、塩の普及を改めて誓っているのだろう。


「これからこの味を当たり前にするから! みんなが毎日美味しいもの食べられるようにするから!」


 お嬢様の立ち居振る舞いや俺のお嬢様への対応から、労働者たちも何となくお嬢様が普通の冒険者ではない事を薄々気付いているのだろう。本来小娘の与太話と、軽く流しそうな内容を真剣な面持ちで聞いている。


 労働者たちから盛大な歓声を浴びるお嬢様だったが、どこか表情はすっきりしていないようだった。


 港を離れ、海岸沿いを歩く。


「……ダメ...これじゃ全然足りない」


 お嬢様の小さなつぶやきを聞きながら、俺は黙って隣を歩く。


「三十個のおにぎりに使った塩、小さじ一杯分くらい。でもあれを作るのに丸一日かかった。ポートランド全体の人たちに行き渡らせるには……」


 計算するまでもない。圧倒的に足りない。


「量産化には、もっと大規模な設備が必要ですね」


 俺が静かに告げると、お嬢様は力強く頷いた。


 そこへ、聞き慣れた声が響く。


「嬢ちゃん、おっかない顔してどうした?」


 振り返ると、ガルスが腕を組んで立っていた。


「ガルスさん……」

「昨日の塩、海水から作った塩って既に噂になってるぜ」


 お嬢様が頷きながら答える。


「でもまだまだ全然足りない。みんなが美味しいもの食べるのも、ガルスさんたちが保存で使うのも..」

「そんなことでそんな怖い顔してちゃぁ可愛い顔が台無しだぜ!」


 ガルスが豪快に笑った。


「だったら、良い奴を紹介してやる。知り合いに腕の良いドワーフの職人がいるんだ。きっと嬢ちゃんの悩みも解決してくれる」


 お嬢様の顔がぱっと明るくなる。


「本当!?」

「ああ。今夜、港町の居酒屋で会わせてやる。『潮風亭』って店だ。日が暮れたら来な」


 ガルスはそう言い残して去っていった。


 お嬢様が俺を見上げる。


「クラウ、これってチャンスだよね?」

「ええ。ドワーフの技術は王国随一です。期待して良いでしょう」


 お嬢様が再び笑顔を取り戻す。相変わらず切替が早い。


 ――そして、その夜。


 潮風亭は港町の中心部にある、古びた居酒屋だった。


 薄暗い店内には、荒くれた冒険者や漁師たちが酒を煽っている。


 テーブルで仲間と歓談していたガルスが我々に気付くとすぐに寄ってきて、静かにカウンターの隅を指差した。


「あそこだ」


 そこには、小柄で逞しい体格の男が静かに酒を嗜んでいた。


 ドワーフ特有の豊かな髭を蓄え、筋肉質の腕には無数の火傷の痕。職人であることが一目で分かる。


 男は塩漬けの魚を美味そうに口に頬張りエールを一気に煽っていた。あれは日中のうちにガルスが店の店主に預けて依頼していたものだろう。


「グリム、客だぜ」


 ガルスが声をかけると、男――グリムがこちらを向いた。


「...こいつらが?」

「ああ、海粋から塩を作った嬢ちゃんと...クラウスだ」


 グリムが興味深そうにお嬢様を見る。


「へえ、海水から塩をねえ……で、何の用だ?」

「もっと大量に塩を作りたいんです! 大きな鍋にぶわぁーって……」


 お嬢様が身を乗り出して必死に説明する。

 言葉よりも熱意が前面に出るお嬢様の説明をグリムは髭を撫でながら真剣に聞いてくれているが、恐らく話の半分も伝わっていないだろう。


「大量の海水を沸騰させ続ける設備と仕組みが必要なんです」

「そう、必要なの!! おっさんできる!?」


 大胆なお嬢様の言葉を俺が意訳し、お嬢様がそれを肯定する。


 初対面の人へのおっさん呼びは感心できないが、相手がイヤな顔一つしていないので問題ないのだろう。これもお嬢様の強味の一つだ。距離感がバグっている。


 お嬢様の問いに対し、グリムがニヤリと微笑む。


「こんな美味いもん食わされちゃあ断れる訳なかろう! ドワーフの技術を見せてやるわ!」


 グリムは懐からナプキンを取り出し、炭の棒で設計図を描き始めた。


「鉄製の大釜、直径三メートル……いや、五メートルあった方がいいか。厚みは……」


 その手際は見事なものだ。瞬く間に釜の設計図ができあがる。


「だが、海水をどうやって運ぶかが問題だな。人を雇えば人件費がかかる」


 俺が口を挟む。


「継続的に運用するには、人力では体力も予算も限界があります」

「わかってるじゃねえか坊主……そうなんだよなぁ」


 グリムが頭を掻きながら思考を巡らせる。


 と、そこでお嬢様が声を上げた。


「あ! 灯油ストーブみたいにポンプ使えばよくない?」

「……灯油ストーブ?」


 グリムが首を傾げる。


「あー大切なのはそこじゃなくて、高いところから低いところへ管を通せば、水は自動で流れるでしょ? 重力で」


 お嬢様が興奮気味に説明する。


「海水を溜めるところを海より低くして、海からポンプで釜まで繋げばずっと流し続けられるよ!...多分!! サイパ...ン?そう、サイパンの原理だ!!」


 ...惜しい。


 お嬢様の説明を聞きグリムの目が見開かれた。


「……ちょっと想像が出来ないが、それが実現できれば大部分の問題が解決するな...」


 ドワーフの職人が再び設計図に向かう。その手の動きは止まらない。


「高台に貯水槽を作って……配管はこうして……鍋に接続して……」


 興奮気味に設計図を描き続けるグリムを、お嬢様が満足気に見つめ無邪気に笑っている。


「できた! 大釜はワシが作る。配管も任せろ。鉄パイプを繋げて……ああ、接合部は溶接で……」


 職人の目が輝いている。


 だが、次の瞬間、グリムの表情が真剣なものに変わった。


「……だが」


 グリムが設計図を見つめたまま呟く。


「これだけの量の海水を沸騰させ続ける熱源……これだけはワシにもどうにもならん」


 その言葉に場の空気が変わる。結局いつも最後に残る問題は変わらない。継続性とコストだ。


「普通の焚き火じゃ燃料が膨大に必要だ。薪を買い続けるだけで破産する。かといって……」

「魔法使いを雇い続けるのもコストがかかりすぎます」


 俺が補足すると、グリムが頷いた。


「そうだ。継続的に使うには、維持費が馬鹿にならん」


 お嬢様が考え込む。


「じゃあ、月影の洞窟の魔光石みたいな……」

「魔光石は魔力を生み出しますが、熱を生み出すわけではありません」


 俺が静かに告げる。


 魔光石は魔力の供給源にはなるが、直接的な熱源としては使えない。魔法使いが火炎魔法を使うための魔力源にはなっても、それでは結局人を雇う必要がある。


「継続的に強力な熱を生み出せる何か……そんな都合の良いもん、そうそうあるかよ」


 沈黙が降りる。


 設計図までは順調だったが、肝心の熱源の目途が立たない。


 俺は静かにお嬢様に声を掛ける。


「今日は一旦引き上げましょう。明日、港町の魔法具店で情報収集してみます」


 グリムが申し訳なさそうに呟いた。


「すまねえな、嬢ちゃん。良い案が浮かんだら俺も連絡する」

「ありがと、髭のおっさん!」


 お嬢様が頭を下げ、俺たちは居酒屋を後にした。


 ――夜道を歩く。


 港町の夜は静かだ。波の音だけが響いている。


 お嬢様が夜空を見上げた。


「装置の設計図はできた。でも肝心の熱源が……」


 その声には、諦めきれない想いが滲んでいる。


「明日、港町の魔法具店で情報収集してみましょう。何か手がかりが見つかるかもしれません」


「うん……何か良い方法あるといいんだけど」


 お嬢様が小さく呟く。


 星空が美しい。満天の星が、暗い海を照らしている。


 俺は静かに歩き続けた。


 熱源の問題。それは確かに大きな壁だが、お嬢様はこれまでも幾つもの壁を乗り越えてきた。


 孤児院、医療補助制度、生活保護制度、街道整備……。


 どれも最初は不可能だと思われていたものでも、それでもお嬢様はけっして諦めなかった。


「まあ諦めなければなんとかなるっしょ!」

「.........」


 異世界でもギャルマインドは不変である。

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