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中身ギャルの異世界お嬢様 ~振り回されることに喜びを感じる俺は既に手遅れかもしれない~  作者: コシノクビレ


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14/20

第十四話 お嬢様の塩

 翌朝―—



 クァークァークァー

 ザザァ...ザザァ...


 俺とお嬢様は大きな鍋と木製のバケツを抱えて海岸に立っていた。朝日が海面を橙色に染め、波が静かに寄せては返す。


 お嬢様が腰に手を当て、気合いを入れるように大きく息を吸った。


「よーし、やってみよぉ!!」


 その声は妙に明るい。まるで遠足にでも来たかのような。

 これから始まる未知の体験、ましてやそれが上手く行けば人々のためになる行為を心底楽しみにしているようだ。


 俺は内心で溜息をついた。この人は本当にこれから何をしようとしているのか分かっているのだろうか。この世界では非常に高価な調味料として扱われる”塩”、それを大量生産しようとしているのだ。


 現在塩を独占している商人ギルドを敵に回す可能性が非常に高い、それにも関わらずこんなにも楽し気に...。


 だが、それがお嬢様らしいとも言える。


 複雑な政治的思惑など関係ない。ただ、人々が美味しいものを食べられるように。それだけを考えているのだろう。俺にはそれを止めることな出来る訳がない。


「クラウ、海水汲みにいこう!!」

「...承知しました」


 お嬢様と俺はバケツを手に海へと向かった。波打ち際で海水をすくい、鍋の横に置く。お嬢様が持ってきた火打ち石で焚き火を起こし、その上に鍋を置いた。


「えーっと、とりあえず海水を入れて……」


 お嬢様がバケツから鍋に海水を注ぐ。透明な液体が鍋の中で揺れた。


「で、煮詰めるっと」


 炎が鍋の底を舐める。


 その時、背後から声がかかった。


「お嬢ちゃん、何やってんだ?」


 振り返ると、初老の男が立っていた。日焼けした肌に深い皺。漁師特有の逞しい体つきをしている。


「塩作ってる!」


 お嬢様が何の躊躇もなく答える。漁師は予想だにしなかった返答に目を丸くしていた。


「は? 塩をつくる? え?」

「そうだよ。海水煮詰めたら塩になるって昔TVで見たんだ」

「……なんじゃそりゃ...意味が分からんぞ」


 漁師が興味津々といった様子で近づいてくる。


「俺はガルスってんだ。この辺で漁をやっている」

「あたしはレティシア! こっちはクラウ」


 お嬢様が気軽に自己紹介する。ガルスと名乗った漁師は、興味深そうに海水の入った鍋を覗き込んだ。


「面白そうだな。手伝ってもいいか?」

「マジ!? ありがとう!」


 お嬢様が満面の笑みを浮かべる。


 俺は静かにガルスを観察した。彼の目には純粋な興味が宿っておりお嬢様の突拍子もない行動を面白がっているようだ。


 まあ、問題はないだろう。身のこなしからして仮に悪意があったとしてもすぐに制圧できるはずだ。


 俺は焚き火に薪を追加しながら作業を続ける。


 鍋の中の海水がゆっくりと温まっていくのを見ながらガルスが話しかけてくる。


「この国は塩が高くてなぁ。魚を塩漬けにできねえんだ」

「塩漬け?」


 お嬢様が首を傾げる。


「ああ。塩漬けにすれば長期保存ができる。そうすりゃ遠くの町にもこの町自慢の海産物を沢山運べるんだがな」


 ガルスの声には諦めが混じっていた。


「でも塩がないから……」

「獲れたてを近場で売るしかねえ。売れ残りゃ腐らせるだけだ」


 お嬢様が真剣な表情で頷く。


「それって、めっちゃもったいなくない?」

「商売広げたくても、塩がなきゃどうにもならねえんだよ」


 ガルスの言葉に、俺は内心で頷いた。


 塩不足の問題は、単に味が薄いというだけではない。食料の保存ができないということは、物流そのものが成り立たないということだ。商人ギルドが塩を独占している限り、庶民は不利な立場に置かれ続ける。


 お嬢様がじっと鍋を見つめている。


 その横顔には、強い決意が浮かんでいた。


 そして――。


「……あれ?」


 お嬢様が鼻を鳴らした。


「なんか、焦げ臭くない?」


 俺が鍋を覗き込むと、底が真っ黒に焦げ付いている。


「お嬢様、火が強すぎたのか黒い物体が焦げ付いています」

「よーし大成功! 強火は焦げるという事が判明したよー」


 お嬢様が笑って次の海水を組みに行くのを見てガルスが豪快に笑った。


「おおそりゃ大発見だ! 成功に近付いたな!!」

「うん!!」


 ガルスの言葉にお嬢様は嬉しそうに足を早める。俺は焦げた鍋を海水で洗い、再び焚き火にかけた。今度は火加減を弱めにする。


 鍋の中の海水が再びゆっくりと沸騰し始める。


 お嬢様が真剣な眼差しで鍋を見つめている。その姿は、まるで何か神聖な儀式を執り行っているかのようだ。


 時間が経つにつれ、水面に何かが浮いてきた。


「あ、灰汁だ。取らなきゃ」


 お嬢様が木のスプーンで丁寧にすくい取る。なんで料理をした事もないはずの貴族の令嬢が、灰汁の存在を知っているのか...気にしたら負けだろう。


 さらに時間が経過し水分が蒸発していく。鍋の底に、うっすらと白い結晶のようなものが見え始めた。


「クラウ、見て! これ、塩じゃない!?」


 お嬢様が興奮した様子で指差す。


 確かに、塩のように見えなくもない。色は汚いが。


 お嬢様がスプーンで結晶をすくい、恐る恐る舐めてみた。


 次の瞬間。


「うぇっ! 苦!!」


 お嬢様が顔を歪める。


「塩っぽいけど、めっちゃ苦い……」


 ガルスも試しに舐めてみて、同じように顔を顰めた。


「うーん、塩...なのか? ……どちらにせよこれじゃあ使えねえな」


 お嬢様がすぐに次の海水を汲みに動く。


「う~ん……火加減、灰汁、他に何か忘れてないかな...?」


 その姿を見て、俺は少し考えた。


 海水には塩化ナトリウム以外にも、様々なミネラルが含まれている。それが苦味の原因だろうか。純度を高める必要がある。


「...お嬢様」


 俺は静かに口を開いた。


「海水を追加してみてはいかがでしょうか」

「え? 煮詰めているのにまた海水入れるの?」


 お嬢様が不思議そうに首を傾げる。


「はい、沸騰して水分が蒸発して濃くなった塩水に、新しい海水を加え再び煮詰める。それを繰り返せば純度が上がっていくかと...」


 ガルスが腕を組んで頷いた。


「少しでも可能性があるんなら全部試したらどうだ? 海水は無限に近くあるんだしな」

「わかった! もう一回やってみよぉ!!」


 お嬢様が再び気合いを入れる。


 昔からこの人は諦めるということを知らない。何度失敗しても、また立ち上がる。それがお嬢様の強さだ。


 俺は静かに焚き火の火力を調整した。


 三回目、四回目、五回目、焦げ付かせたり苦かったり、時には結晶が全くできなかったりを繰り返す。


 それでもお嬢様は諦めなかった。


「もう一回!」


 その度に、そう言って立ち上がる。ガルスさんも辛抱強く付き合ってくれた。彼もまたお嬢様の熱意に打たれたのだろう。諦めるそぶりすら感じさせない。


「嬢ちゃん、根性あるなあ」

「だって、これができたらみんな助かるじゃん」


 お嬢様が笑う。その笑顔には、一点の曇りもない。


 俺は静かにお嬢様を見つめた。この人は、本当に強い。力が強いとか、魔法が使えるとか、そういう意味ではない。


 心が強いのだ。


 人々の幸せを願い、そのために行動する。失敗しても諦めない。


 その姿勢こそが、お嬢様の本当の強さだ。


 そして俺は、その強さを守りたいと思う。


 お嬢様が純粋なままでいられるように。理想を追い続けられるように。


 それが、俺の生きる意味だ。


 六回目。


 七回目。


 そして――。


 夕陽が海を赤く染める頃。


 鍋の底に、白い結晶が現れた。


 小さじ一杯分程度。わずかな量だが、見た感じは確かに塩だ。


 ガルスが恐る恐る舐めてみる。


 その顔が、驚愕に染まった。


「……塩だ。本物の塩だ!」


 お嬢様が飛び上がって喜ぶ。


「やった! できた!」


 その笑顔は、夕陽よりも眩しかった。


 ガルスが豪快に笑う。


「嬢ちゃん、これがあれば……」

「うん。みんなが美味しいものいっぱい食べられるようになる!!」


 お嬢様が満面の笑みで海を見つめる。


 ガルスが感動したように呟いた。


「こりゃぁとんでもねえことになるぞ……」


 俺は静かに二人の様子を眺めた。


 小さじ一杯の塩。


 たったそれだけだが、その意味は計り知れない。


 これは、商人ギルドの独占を崩す第一歩だ。


 そして、人々の生活を豊かにする可能性を秘めている。


 お嬢様は、また一つ、世界を変えようとしている。


 その背中を見ながら、俺は改めて思った。


 やはり、お嬢様は何でもやってのける。


 不可能を可能にする。


 それがレティシア・リオネールという存在だ。


 俺は静かに微笑んだ。


 この人の理想を守ること。


 それが、俺の使命だ。

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