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中身ギャルの異世界お嬢様 ~振り回されることに喜びを感じる俺は既に手遅れかもしれない~  作者: コシノクビレ


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第十話 お嬢様、冒険者になる

 陛下がリオネール邸をお忍びで訪問されてから数ヶ月が経過した。


 リオネール邸の大会議室には発案者であるお嬢様と俺に加え、旦那様、奥様、そして王宮から派遣された経済顧問のグレゴール卿が座っている。


「レティシア様のご提案された物流国営化と関税制度ですが、段階的な導入が決定いたしました」


 グレゴール卿が報告書を広げる。


「素晴らしい進展だね」


 旦那様が満足げに頷く。


「関税制度については?」

「海運の要所であるポートランド港を最優先に、関税徴収所の設置を進めております。税率は当初レティシア様がご提案された三パーセントではなく、関係各所の現状を踏まえ段階的に引き上げる方針で――」


 グレゴール卿が淡々と説明を続ける。


 お嬢様は静かに報告を聞いているがその表情は微妙に曇っている。今まで見たことのない表情のため、正直お嬢様の考えが想像できない。


「生活必需品の価格統制につきましては、まず小麦から導入し、その後野菜、肉類へと対象を広げていきます。補填制度の財源確保のため、貴族への新たな課税も検討中です」

「僕は異論はない。進めてくれて構わないよ」


 旦那様が承認する。


「ありがとうございます。では、次回の会議までに詳細な工程表を作成いたします」


 グレゴール卿が一礼し退室、会議室に静寂が戻る。


「レティシア、素晴らしい成果じゃないか」


 旦那様が娘に笑いかける。


「うん……みんなが頑張ってくれてるおかげだね」


 お嬢様の笑顔には何故か以前のような輝きがない。


 奥様もそれに気付いているのか心配そうに娘を見つめるが何も言わない。奥様の考えがあるのだろう。


「では、私たちも失礼するよ。レティシア、何かあったらいつでも相談しておいで」

「……うん、ありがとうパパ、ママ...」


 旦那様と奥様が退室し、会議室にはお嬢様と俺だけが残る。


 お嬢様は窓の外を眺めたまま動かない。


「・・・・・」

「……クラウ」


 お嬢様がゆっくりとこちらへ振り返る。


「うち、何もできてないじゃん...」

「え?」

「理想を語っただけで、実際に形にしてるのは全部他の人たち。街道整備も、関税制度も、価格統制も――全部、経験のある人たちが決めて動かしてる」


 お嬢様が自嘲気味に笑う。


「リオネール領では、うちも一緒に動けた。孤児院作るときも、医療補助制度作るときも、生活保護始めるときも――全部、現場に行って、自分で確かめて、自分で考えて決めた」

「……」

「でも王国レベルになると、うちにできることって何もないんだよね。ただ"こうだったらいいな"って夢を語ってるだけ。王様とかグレゴール卿たちとか、経験ある人たちが実務を全部やってくれる。感謝されるのはうちなのに」


 お嬢様が俺を真っ直ぐ見つめる。


「これって、ズルくない?」


 ああ、やっぱりそこに行き当たったか。流石馬鹿正直なお嬢様だ。


 成果を上げれば満足する普通の貴族とは違う。自分の手で何かを成し遂げたいと願う、厄介なほど真っ直ぐな人だ。


「ズルい、ですか?」

「だってそうじゃん。うちはアイデア出しただけ。実際に苦労してるのはグレゴール卿たちなのに、評価されるのはうち。これって搾取してるのと変わらなくない?」

「お嬢様のアイデアがなければ、何も始まりませんでした」

「でもさ――」


「だったら実力を付ければいい。それに、お嬢様は実務経験がないだけです。経験を積めば、いくらでも成長できます」


 俺が淡々と告げると、お嬢様の瞳に光が戻る。


「……経験、かぁ」

「はい」

「ねぇ、クラウ」


 お嬢様が真剣な表情で口を開く。


「うち、冒険者になりたい」

「……は?」


 思わず聞き返す。その答えは想定外だ。


「冒険者ギルドに登録して各地を回りたい。色んな街を見て、色んな人と話して、色んな依頼を受ける。そうすれば経験も積めるし、世界のことももっと知れる」

「え?あ、いや、お嬢様、それは――」

「お金じゃ買えない仲間も作れるかもしれない。貴族の肩書きじゃなくて、一人の人間として信頼される関係」


 お嬢様の目が輝いている。あの、理想を語るときの目だ。もうこれは俺には止められない。


「それに、陛下が冒険者ギルドの議長なんでしょ? だったら後ろ盾もあるし、安全じゃん」

「……お嬢様、本気ですか」

「本気と書いてマジ」


 即答される。ああ、もう決めてるんだなこのお方は。


「分かりました。ですが条件があります」

「なーに?」

「必ず私が同行すること。それから、旦那様と奥様の許可を得ること」

「なんだそんなことか! ごめん、勝手にクラウはセットで考えていたわ笑 クラウがいないと不安だもん」


 お嬢様が無邪気に笑う。こちらの心臓に悪い発言を平然とする。


「では、旦那様にご相談しましょう」

「うん!」


 お嬢様が立ち上がり、意気揚々と会議室を出る。先程までの不安げな少女の姿はもうどこにも見当たらない。


 俺はその後ろ姿を見ながら深く息を吐く。


 またとんでもないことを言い出した。


 理想だけでは満足できず、自分の手で何かを成し遂げたいと願う。


 さて、旦那様がどう反応するか――嫌な予感しかしない。



―—―



「絶対に駄目だ!!!」


 旦那様の絶叫が執務室に響き渡る。


「なんでパパ!?」

「なんでも何も、危険すぎるだろう! 冒険者なんて命懸けの仕事だぞ!?」

「でもパパも昔、勇者パーティーで冒険してたじゃん!」

「それとこれとは話が別だ! お前はまだ若いし、戦闘経験も――」

「クラウがいるから大丈夫だよ!」


 お嬢様が俺を指差す。

 旦那様の視線が俺に突き刺さる。


「……クラウスくん」

「はい」

「君は、この無茶な提案に賛成なのか?」

「私はお嬢様の専属執事ですし、何より反対する理由がございません」

「何?」


 元勇者パーティー参い...怖い、怖すぎる。だけどここで俺が逃げる訳にはいかない。


「お嬢様は成長を望んでおられます。それを止める権利は、私にはございません」


 俺が淡々と告げると、旦那様が頭を抱える。


「君までそんなこと言うのか……」

「ただし、私が同行することを条件とさせていただきます。お嬢様に万が一のことがあれば、私の命に代えてでもお守りします」


 旦那様が机を叩く。


「そうは言ってもレティシアが危険な目に遭うかもしれないんだぞ!? モンスターに襲われたり、盗賊に狙われたり――」

「パパ、うちをいつまで子供扱いするの?」


 お嬢様が静かに、しかし毅然とした声で告げる。


「うちはもう17歳だよ。いつまでも温室で育てられる花じゃない。外の世界を知りたいし、自分の力で歩きたい...歩かなくちゃ!! 私の名前はレティシア・リオネール、誇り高きレオン・リオネールの娘...恥ずかしい生き方はできません」

「レティシア……」

「心配してくれる気持ちは売れ良い。でもね、うちにはやりたいことがあるんだ。王国のため、領民のため――そして自分自身のため」


 お嬢様が旦那様を真っ直ぐ見つめる。


「お願い、パパ...わたしを、貴方の娘を信じて!」


 旦那様が娘の瞳を見つめ返す。


 長い沈黙の後――


「……セシリア、君の意見は?」


 旦那様が奥様に視線を向ける。


 いつの間にか執務室に入っていた奥様が、穏やかに微笑む。


「レティシアの意志を尊重すべきだと思います。あなた」

「君までレティの味方をしたら僕に勝ち目なんてないじゃないか……」

「娘はもう、私たちの手を離れる時期に来ているのよ。それに、クラウスくんがいれば安心でしょう?」


 奥様が俺に視線を向ける。


「はい。必ずお守りいたします」

「……分かった」


 旦那様が深く溜息をつく。


「ただし条件がある」

「なに?」

「陛下に直接報告し、正式な許可を得ること。それから――」


 旦那様が俺を睨む。


「クラウスくん、娘の事をよろしく頼む」

「覚悟の上です」

「……よろしい」


 旦那様が立ち上がり、お嬢様に歩み寄る。


「レティシア、無茶はしたらダメだよ?」

「うん! ありがとうパパ!」


 お嬢様が旦那様に抱きつく。


 旦那様が目を潤ませながら娘を抱きしめる。普段なら瞬時に気持ち悪い表情になるところだが今回ばかりは父親の顔が崩れないようだ。流石民からの信頼厚い領主様だ、いざという時は頼りになる。


「……大きくなったね」

「もう、泣かないでよ」

「泣いてない。目にゴミが入っただけだ」


 微笑ましい光景だが――


 次の瞬間、旦那様の視線が俺に向く。


「……クラウスくん」

「はい」

「レティシアと二人きりで旅をするわけだが――」

「え?」

「夜は別々の部屋だぞ」


 前言撤回である。やはりただの娘ラブの親馬鹿だった。


「と、当然です」

「手を繋ぐのも駄目だ」

「承知しております」

「抱きつくのも――」


 旦那様の追求が激しくなり目が血走り始めた時ようやく静止が入る。


「もういい加減にしなさい、あなた」


 奥様が旦那様の後頭部を軽く叩く。


「レティシアを信じなさい。それに、クラウスくんは紳士でしょう? 別の言い方をすると”ヘタレ”だけど」

「……確かにクラウスくんがヘタレであることは否定できないけど...」

「では、話は決まりね。明日、王都へ報告に行ってきなさい」


 ”ヘタレ”はただの悪口だと主張したい。そもそも貴族令嬢である自分の娘とその執事に何を期待しているのか。


 旦那様が渋々頷きながら執務室を後にする。


「やった! これで冒険者になれるね!」

「……ええ、そうですね」


 俺が淡々と答えると、お嬢様が不満そうな顔をする。


「もっと喜んでよ」

「喜んでおります」

「全然そう見えないんだけど」


 お嬢様が可愛らしく頬を膨らませるが、俺はこれから始まる旅を想像し気を引き締める。お嬢様にとっても俺にとっても決して楽なものではないだろう。


 お嬢様の理想は美しい。だがその理想を守るためには、時に汚れ仕事も必要になる。


 俺がその全てを引き受ける。お嬢様は青臭いままでいい。

 その青臭さを守るのが俺の仕事だから。



―—―



 翌日、俺たちは王都へ向かった。


 前回訪れた謁見の魔ではなく、レオン伯爵がいるからか陛下は執務室で俺たちを迎え入れ、お嬢様の申し出を聞く。


「冒険者になりたい、か」

「はい。色んな場所を見て、色んな経験を積みたいんです」

「うむ、何事も経験が必要だな。許可しよう」


 拍子抜けするほど即答だった。


「た、ただし!」


 旦那様が慌てて口を挟む。


「陛下、冒険者ギルドの議長として、レティシアの安全を――」

「分かっているよ、レオン。俺が直接ギルドマスターに指示を出す。高難度の依頼は受けさせないし、危険な地域への立ち入りも制限する」

「ええ!? それじゃ意味ないじゃん!」


 お嬢様が抗議する。


「意味はあるさ。君はまだ駆け出しなんだから、基礎から学ぶべきだ」

「う……」

「それに、クラウスくんがいるとはいえ、無茶は禁物だよ」


 陛下が穏やかに微笑む。


「徐々に難易度を上げていけばいい。焦る必要はないんだ。それを受け入れることが俺からの最低限の条件だ」

「……分かりました」


 お嬢様が渋々頷く。


「では、正式に冒険者ギルドへの登録を認める。頑張ってきなさい」

「ありがとうございます、陛下!」


 お嬢様が一礼する。こうして、お嬢様の冒険者デビューが決まった。



 リオネール邸に戻ると、家族総出で見送りの準備が始まった。

 マリアが旅の荷物を整え、バルド師匠が武器の手入れを手伝い、エルド先生が魔法道具を用意する。


 フロラとフィオナは泣きながらお嬢様に抱きついている。


「お姉ちゃん、行かないで……」

「すぐ帰ってくるからね」

「嘘……絶対寂しくなる……」

「大丈夫だよ。手紙書くから」


 お嬢様が双子の頭を撫でる。


 続いて親父が俺の肩を叩く。


「息子よ、お嬢様をしっかり守れ」

「はい」

「それと――」

「……はい?」

「風邪をひくなよ」

「……肝に銘じます」


 母が俺を抱きしめる。


「クラウ、無理はしないでね」

「ご心配なく」

「それから――」


 母が俺の耳元で囁く。


「お嬢様と、仲良くね」

「……母上、誤解を招く発言は控えてください」

「誤解じゃないでしょう?」


 母がニヤリと笑う。


 俺は無言で母から離れる。


 そして――馬車に乗り込む時が来た。


 お嬢様が家族一人一人に別れの挨拶をする。


 旦那様は最後まで渋い顔をしていたが、最終的には娘を抱きしめた。


「……気をつけてな」

「うん。パパも元気でね」

「ああ……」


 旦那様が娘を離す。


 奥様が微笑みながらお嬢様にハンカチを手渡す。


「困ったことがあったら、いつでも帰っておいで」

「ありがとう、ママ」


 お嬢様が馬車に乗り込む。


「皆さま、念の為お伝えしておきますが、当面の間冒険者としての活動はルミナス王国内のみで考えております。まるで今生の別れのような雰囲気ですが、割と頻繁に帰ってくる予定です。別れの挨拶は程ほどで宜しいかと...」


 俺の言葉にその場にいる全員が視線を外し聞こえていない振りをする。みんなお嬢様好き過ぎだろ...。


 お嬢様に続き俺も馬車に乗り込む。といっても俺は御者台で手綱を握る訳だが。


 お嬢様が窓から手を振り、家族が応える。


 リオネール邸が少しずつ遠ざかっていく。


 馬車が街道を進む、整備されたばかりの美しい街道を。


 お嬢様が車内で地図を広げている音が聞こえる。


「最初はどこに行こうかな~」

「お嬢様の好きなように」

「じゃあ、港町のポートランドにしよ! 海、見たいし!」

「承知いたしました」


 俺が手綱を引き、馬車の進路を変える。


 さて――


 どんな冒険が待っているのやら。


 このお方のことだから、きっとまた何か厄介事に首を突っ込むに違いない。


 それでも構わない。


 お嬢様の理想を守る。


 それが、俺の生きる意味だから。


 馬車は街道を進み続ける。


 新たな物語の始まりへと――。

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