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禁忌を犯せし魔女見習いは、愛しの王子と幸せになりたい。  作者: しゃこじろー


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よみがえる一月前の記憶

 ~1か月前~

 

 開かれたトランクには、生活するのに最低限のものが敷き詰められていた。


 トランクに入っているモノは、すべて私が物心ついた頃から愛用している品々ばかりだ。


 私の世話をしてくれた内の一人は「モノは大切にしなさい」と、言っていた。時には話しかけるくらいの気持ちで人生を共に歩むつもりで接するようにと。


 だから、私はできる限りモノを大切に扱うことを心がけている。その結果がこれだ。

 それに、新しく便利なものも良いが不便な位が人間にはちょうど良いような気がしてならない。


 そんな事を思っているうちに刻限が迫ってきており、私はトランクを持ち上げて自室の扉を開けた。

 ふと、振り返るとそこにはベッドとデスクが置かれているだけの、なんとも寂しい空間があった。それは、今日までお世話になったとても思い出深い部屋だ。


 この部屋だけが私の唯一の癒しの空間であり、私が私でいられた空間。それが今となっては生活感のない寂しい場所となり果てた。


「長い間お世話になりました、本当にありがとうございました」


 そんなことを呟き、深々と頭を下げた後に扉をゆっくりとしめた。


 ガチャンという音がどこか切なく、金属製のドアノブがいつもより冷たく感じられた。もう行かなくてはならない、そう心に言い聞かせてドアノブを離した。


 私は今日この家を出る、自分が思い描く夢を叶えるために。


 自室があった別館を出て整備された石畳を道なりに歩いていると、広大な土地の主である「大角家」の邸宅が見えてきた。


 ここを所有するのは稀代の魔術師であり、魔法界にその名を知らぬ者はいないといわれる大角雄才(おおつのゆうさい)様だ。

 

 両親がいない捨て子の私を拾ってくださり、最低限の生活と役割を与えてくださった恩人。

 この方がいなければ私は今頃どこでどうなっていたかもわからなかっただろう。


 しかし、だからと言って私が雄才様とお会いする事は少なく、会話もほとんどない。それでも私の一番の恩人であることには変わりなく、この大きな邸宅は大切な場所である事に間違いはない。


 そんな事を思いながら改めて邸宅を眺めてみると、それはそれは立派で大きなものだった。

 あの邸宅で働くだけではなく、優雅に紅茶やお菓子をたしなんでみたかったものだ。


 しかし、私のようなものにそんな巡り合わせがあるはずがなく、ただ心を押し殺しながらあそこに住む方々の言われた事をこなした。


 おそらく、この場所もこれで見納めになるのだろう。


 そう思いながら再び道なり進み大きな門へとたどり着いたところで、そこに見覚えのある二人が立っていることに気付いた。


 その姿を見て、私は急ぎ足でその二人の元へと向かった。門のそばにいたのは幼い頃からお世話になった二人だった。


 一人は義母である大角鹿乃瑚おおつの かのこおばさまと、その夫で義父のはじめおじさまだ。


 深々と頭を下げると、「フンッ」という音が聞こえてきた。


 この鼻から抜け出る鹿乃瑚おばさんの聞きなれた鳴き声も、今日が聞き納めだと思うと多少はすっきりする様な気がした。


「一体、何を思ってこの家を出るつもりなのかはわかりませんが、覚悟はできているのでしょうね?」

「はい、できています」


 私は頭を深く下げながらそう答えた。


「魔女になるだなんてバカげたことを、お前のような出来損ないがそんなものになれると本気で思っているのですか?」

「思っておりません」


「では、なぜその様な世迷言を、そもそもあなたの様な素性の知れぬ子どもがっ」

「幸せについて知りたいのです」


 鹿乃瑚おばさんの嫌味が続く前に勇気を振り絞ってそう答えた。


 すると、その場の空気が一気に変わったような気がした。私はすぐに顔をあげてみると、そこには鹿乃湖おばさまが顔を引きつらせていた。


「なんてことをっ、まるでここにいた事が不幸だったかのような口ぶりをっ」

「い、いえ、そういうわけではありません」


「ふざけるなっ、誰が今日までお前の面倒を見てきていたと思っているのですかっ、お前はその恩をあだで返すつもりか」

「そ、そういうつもりで言ったわけではありません、言葉が足りず誤解を招いてしまった事を謝罪します、本当にすみません」


 鹿乃瑚おばさまは息を荒げ、今にも私につかみかかってきそうな勢いで私を睨みつけていた。あぁ、何度この目を見てきただろう。私を憎み、呪い殺そうとしてくるかの様なあの目。


「お前という奴は、お前みたいな奴をどうして私がっ」


 その言葉も何度も聞いてきた。


 幾度となく私の目の前で、はたまた私がおばさまの前にいない時にでもだ。すると、荒ぶるおばさまの隣にいた肇おじさまが彼女の肩に手を置いた。


「もう、いいだろう鹿乃瑚」


 その一言に、いまだ興奮冷めやらぬ様子のおばさまは肩の手を振り払った。


「いいえ、この子はまるで今日までが不幸せだったかのような事を言っているのですよっ。私たちがどれほどの思いで・・・・・・うぅっ」


 鹿乃瑚おばさまは涙ぐみながら体を震わせていた。


 そして鋭い目つきで私をにらみつけてきた。しかし、肇おじさまは終始優しい様子で私と鹿乃瑚おばさまを見つめてくると、彼はおばさまに寄り添った。


「鹿乃瑚、この子もまた決して望まぬ運命を辿らざるを得なかったんだ。勿論、君もその運命という気まぐれに翻弄されてきた。彼女の気持ちだって多少は分かってあげられないかい?」

「ですが、ですがっ」


 悔しそうな様子の鹿乃瑚おばさまは肇おじさまに体を預け、肩に顔をうずめた。すると、肇おじさまは鹿乃湖おばさまの頭を軽く撫でた。


「ここに来て約13年がたとうとしていたかな、ようやく彼女は自分から一つの選択をしたんだ。それは、彼女の人生でとても重要で必要不可欠な判断である事に違いないのだろう。だから彼女の快く見送ってあげなければならない」


 鹿乃瑚おばさまは肇おじさまに抱き着いて泣きわめき始めた。その様子もまた、私は何度も見てきた。

 鹿乃瑚おばさまから受けた辛い思い出も多い、でもその分どんな理由かはわからないが、鹿乃瑚おばさまが悲しんでいる姿もたくさん見てきた。


 だからこそ、互いにどんな理由があったとしても私が13歳を迎える年になるまでお世話になったことを、真摯に伝えなければならない。


「本当に、お世話になりました」


 そういうと、肇おじさまが小さく何度かうなづいたが、鹿乃瑚おばさまは何も反応することなく泣いていた。それを見届けた私はお世話になった家を後にした。

 人生のほとんどを捧げてきたこの場所に別れを告げる。確かにいい思い出などはなく、辛い思い出ばかりが詰まった場所だ。

 しかし、いざ出ていくとなると私の心には少しばかりの寂しさがあふれてきた。


 旅立つその日にホームシックとはどうしたものだろう。


 いや、それほどまでにこの家での生活は私に多大なる影響を与えてくれたという事だ。

 それだけに私の足取りは重く、そして決意したはずの離郷が本当に正しい選択だったのかと私を苛んできた。


 頭の中で走馬灯のようによみがえるこれまでの日々、それらは決してお世辞にも素晴らしい日々とは言えないものばかりだった。

 けれど、だからと言って消したい過去という事にはならない。それらすべてが私を形成するものであり私自身であることは間違いない。


 だから、その数ある中で私が思う幸せの記憶。その輝かしいものを大きく育てさらに輝かせるための選択をする事にしたのだ。


 迷わなくてもいい、もう幸せになるための一歩を踏み出したのだ。


 それがどれほど長い道のりになるのかはわからない、けれど私は決めた。あまりに無謀な行為だが私はそれを望んだ。


 そう、すべては「幸せの魔法」を知るために。

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