最善と独居
「アーモンド先生、これは最善の提案だと思っていますが、もしも反論があるというのならばどうぞ」
教頭先生が口にする言葉は最低限で、かつ結果を早急に求めるものに思えた。
逆にアーモンド先生はというとその言葉をじっくりゆっくりと受け止め熟考しながら沈黙を貫いた後、ようやく口を開いた。
「教頭先生、この判断はまるで彼女が悪者の様な扱いだと感じます」
「ふむ、別に独居は悪い事じゃありません、むしろ一人部屋を満喫できるのは喜ばしい事だと思いますが」
「そうかもしれませんが、孤立するのは彼女にとって望ましくないと思います」
「一理あります、ですが先生、今の状況で彼女が魔女見習いたちの群れの中でうまく立ち回れると思いますか?」
「それは・・・・・・」
「まぁ、先生の気持ちもわからなくはありません、しかし、現時点ではこれが最善の策であると私は思います」
ただただ耳を澄ませているだけ、私にとってはここにいる先生二人が熱心に話し合っている様子だけが見て取れ、私には何をすることもできないのが少しだけ歯がゆかった。
かといって、何かを口にできるほどの言葉も見当たらず押し黙っていると、アーモンド先生は私の肩に手を置いてきた。
「私は彼女のサポートをするように校長先生から請け負っています、彼女が見習い魔女達とうまくやっていけるようにサポートします、それならどうですか?」
「ふーむ・・・・・・」
教頭先生は少し悩んだ様子を見せながら煙を吐いた。
「先生の気持ちはよくわかります。しかし、独居という選択が望ましいのは変わりありません。何よりアーモンド先生が思っているより事態は深刻です、禁忌とされる召喚魔法を入学したばかりの者が行使した。
この重大さは、いくらあなたが校長先生から彼女の事を頼まれていたとしても見逃すことはできない事なのですよ?」
教頭先生はとてつもない量の言葉を口にすると、真剣な顔つきでアーモンド先生を見つめた。いや、それは睨みつけるかのような鋭い眼光であり、私は思わず目をそらしてしまった。
「しかし、それではカイアさんがあまりにも可哀想です」
「アーモンド先生ぇ、あなたはただでさえ学内での評価も良くないのですから、あなたごときがカイアさんのサポートしたとしても、出来る事は限られているのは分かっていますよねぇ」
辛辣とも思える教頭先生の言葉にアーモンド先生は唇をかんで俯いてしまった。
その様子が何だかかわいそうになって来た私は教頭先生と闘う覚悟でにらみつけようとすると、まるで先手を取られたかのように教頭先生が私を見つめてきていた。
蛇に睨まれた蛙、その状況が今まさに起こっているような気がした。
口は動かず、ただただ教頭先生の目を見つめるだけ。けれど目だけでも私の意思が伝わればいい、そう思いながら見つめていると教頭先生はニコリと笑った。
「ホホホ、そう深刻になるのはよしなさい、私は中立の立場として現状を分析したまで。決して本心で言っているわけではありません、それくらいはアーモンド先生もわかってくれますよねぇ?」
教頭先生の言葉にアーモンド先生は小さく息をはいて、力の入っていた体を緩めた。そしてそれと同時に私の肩に置かれた手を下ろした。
「わかりました、その方がいいかもしれませんね」
「おぉ、物分かりが早くて助かりますよ先生、では、これにてこの問題は解決という訳です。さぁアーモンド先生、彼女を独居屋敷へとご案内してあげてください、彼女の荷物もすでに向こうに届けてありますので」
その言葉はまるで私が独居屋敷とやらに行くことがすでに決まっていたかのような口ぶりであり、教頭先生という存在の怖さをまざまざと見せつけられているような気がした。
「行きましょう、カイアさん」
アーモンド先生は立ち上がり、私も先生の後をついていくように部屋を出ようとしていると、背後から教頭先生が声を掛けてきた。
「あぁ、それから大角カイアさん」
「えっ、はい」
「心配しなくても我が校はあなたを歓迎していますし、これから向かう所もあなたにとって居心地の良い場所であることは間違いないですよ」
そういうと教頭先生はニヤリと笑った。
その笑顔はどこか優しげなものを感じる好印象のものであり、だからこそ教頭先生という人が良くわからなくなってしまった。入学早々ろくなことがないが、これもまた私という人間の運命なのかもしれない。
いや、こんな事今に始まったわけじゃないのだから今更ウジウジしていてもしょうがない。それに、入学は認められたのだから何も落ち込む必要はないのだろう。
けれど、この意味不明な現状だけは少し理解しておきたいのは間違いなかった。
そう思いながら、いつ話しかけようか迷っていると、いつの間にかアーモンド先生は部屋の入り口で待っており小さな声で「こっちですよ」とつぶやいていた。
本来住むはずだった部屋を出た私たちは、女子寮を抜けて学園の北の方角へと向かっていった。
そこは木々がうっそうと茂る場所で私とアーモンド先生はそこにあるわずかな小道を歩いていた。
そこは先ほどまでのにぎやかな印象から打って変わって、静かで落ち着いた空気が漂う場所、道中、随分と長い道のりだったことから学内でも相当離れた場所であることには間違いなさそうだった。
「もうすぐですよカイアさん」
「え、あ、はい」
アーモンド先生が話しかけてくれたこの瞬間に、今こそ疑問をぶつけるときだと思った私はつづけて喋った。
「あの先生」
「はい、なんですか?」
先生は軽く私の方を振り返りながら私の前を歩いていた。
「さっき教頭先生と話していた事なんですけど」
「そうですね、なんだか置いてけぼりにしてしまったかもしれませんね」
「いえ、それは構わないんですけど、つまり、私が禁忌を犯してしまったからこんなことになっているんですよね?」
「はい、先程も説明しましたがその通りです」
「じゃあ私が化け物みたいな扱いを受けたのはそのせいですか?」
「化け物扱いはともかく、今のところ目に見えない形ではありますが騒動の火種となっているのは、カイアさんが召喚魔法とされるものを発現させてしまったのが原因だと思います」
「そうなんですか」
「でも安心してください、校長先生の意向であなたはここでの在学が許されていますし、何より大角雄才さんの推薦ですからね、入学式でも校長先生が快く迎え入れてくれたのはご存じだと思います」
「はい、あの言葉で安心しました」
なんだかそういわれると、私はとても多くの人のお世話になっているという事を実感してしまう。いつかより良い形で恩返しができるだろうか、そう思えるほど今の状況は奇跡的なものだと思わざるを得なかった。
「ですが、ここでの生活はカイアさんにとって少し苦しいものになるかもしれません」
「え?」
そう言うと先生は立ち止って私の方を向いた。先生はどこか戸惑った様子を見せており、幾度か考え込む様子を見せながらおずおずと上目づかいで私を見つめてきた。
「魔法界は歴史や伝統を重んじる傾向があります、なので、その影響からあなたの同級生たちはあなたの事を良く思わないかもしれないという事です、これがさっき教頭先生と話した大まかな内容です」
「つまり、規律に厳しい魔法界では禁忌を犯した私は嫌われ者という訳ですか?」
「か、必ずしもそうとは限りませんが、その通りであるというのも否定はできません」
「そうなんですね」
「わが校はそういう規律には少し寛容ですし、大人達もそれなりの器量は持ち合わせていると思います。しかし子どもたち、つまり魔女見習いたちはまだまだ未熟です。それでですねつまりどういう事かと言うと・・・・・・」
アーモンド先生は私に気を遣っているかのような悲しそうな顔をしていた。
嫌われるなんて事で今更落ち込むなんてことはない、むしろ、こうして私の事を案じて気を遣ってくれる事が、いかにうれしい事かというのを私は知っている。
「大丈夫です先生、私は嫌われることはもちろん叱咤や陰口には耐性があります、それに、私はここにいられるだけでとても嬉しいんです。なのでそんな顔をしないでください」
私がそう言うと先生は少し表情を明るくした。すると、ポケットの中から先ほどもらった飴玉を何個か手渡してきた。
「私は絶対にカイアさんの味方です、何か困ったことがあったら私の研究室まで来てくださいね」
そういうと先生は私と握手してきた。それはもう情熱的で痛みすら感じるほどの握手だった。
こんな事されたのは初めてだ。
だから一瞬戸惑ってしまったが、思いのほか心地よく感じた私は、そのまましばらく先生と握手していた。
すると、ようやく気が済んだのか先生は私から離れた。しかし、先生はなぜか泣いており、ハンカチを取り出して涙を拭いていた。
「えっ、えぇっ、どうして泣いているんですか?」
「私にとってあなたの様な子が一番心配なんです、だからどうか一人で抱え込みすぎないようにしてください、決して私の様にはならないでほしいのです」
「先生?」
「突然変な事を言ってすみません、けれど私があなたの味方という事だけは忘れないでいて欲しいんです。校長先生は気まぐれでめったに姿を現しませんが、あなたの隣には校長先生がいて私もいるという事を忘れないでいて欲しいんです」
先生の言葉に少しだけ熱いものを感じた。それはいつの日か、私が思い出した人の心というものが反応しているようであり、先生の温かい言葉を私は素直に受け止めた。
「ありがとうございます先生、じゃあ何か困ったことがあったら先生のところに行ってもいいですか」
「もちろんですっ」
そういうと先生は涙ながらにそう応えると、再び先導し始めた。




